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保育所・幼稚園等における「不適切な保育」――台湾での法改正の動向と日本の課題

 静岡県裾野市の認可保育園で起きた保育士による園児虐待事件などを受け、厚生労働省は12月7日付で事務連絡「保育所等における虐待等に関する対応について」PDF)を発出しました。

 そこでは、児童福祉施設の設備及び運営に関する基準第9条の2において「児童福祉施設の職員は、入所中の児童に対し、〔児童福祉〕法第33条の10各号に掲げる〔虐待〕行為その他当該児童の心身に有害な影響を与える行為をしてはならない」と規定されていることなどを確認したうえで、保育所等における虐待の発生防止の徹底、虐待が疑われる事案が発生した場合の適切な対応などがあらためて促されています(なお、文部科学省も12月8日付で事務連絡「幼稚園及び特別支援学校幼稚部における不適切な保育に関する対応について」PDF〕を発出しました)。

 就学前施設における子どもの不適切な取り扱いは台湾でも問題になっており、今年に入り、このような行為への対応を強化するための法改正が行なわれました。改正の概要についてはFacebookの投稿(2022年3月11日)で紹介していますので、採録しておきます。

【台湾、就学前施設での暴力等に対する対応を強化する法改正案を決定】
 台湾の行政院は、保育施設や幼児教育施設における子どもの不適切な取扱いへの対応を強化する、幼児教育・ケア法(幼兒教育及照顧法)および就学前教育・保育職員服務条例(教保服務人員條例)の改正案を承認しました(3月3日)。

★ Focus Taiwan: Cabinet approves stiffer penalties for abuse at care centers, preschools
https://focustaiwan.tw/society/202203040027

 法改正案では次のような措置が予定されています。
● 子どもに対して体罰、セクシュアルハラスメント、いじめ、不適切なしつけを行なったと認定された就学前施設の経営者または職員への罰則(罰金)の強化。罰金額の上限を50万台湾元から60万台湾元に引き上げる(日本円で約200万円→245万円)。
● 処罰対象とされた職員は、事案の深刻さに応じ、復職を1~4年間停止され、または子どものケアに関わる仕事に就くことを生涯禁じられる。
● 子ども・親の権利に影響を及ぼす規則に違反した施設への罰金を10倍に引き上げ、6万~30万台湾元(約25万~120万円)とする。これには、定員超過、職員配置基準違反、保育料・授業料返還要件の違反、無資格職員の雇用などが含まれる。

 今回の改正案は、就学前施設での虐待事件が社会的に注目され、罰則強化を求める署名が5千筆以上寄せられたことなどを踏まえてとりまとめられたものです。具体的改正内容は行政院の発表(中文)も参照。
 就学前施設での子どもの人権侵害については日本でも問題になっており、子どもに対する性暴力(「わいせつ行為」)を行なった保育士の資格管理を厳格化する児童福祉法改正も予定されていますが、より包括的な対応が求められます。もちろん罰則を強化すればよいというものではなく、台湾でも、子どもの人権侵害が起きにくい環境整備をあわせて進めていくことが必要でしょう。

 以上の改正案はいずれも立法院で可決され、6月29日に公布されています。それぞれ英語版も作成されていますので、条文の具体的規定内容はそちらをご参照ください。

幼兒教育及照顧法中文英語版):とくに第30条ならびに第23条以下(停職・解雇等)および第50条以下(罰則)
教保服務人員條例中文英語版):とくに第33条ならびに第13条(停職・解雇等)および第40条以下(罰則)

 台湾ではさらに、性犯罪等で有罪判決を受けた教職員への対応を厳格化する「教育人員任用條例」中文英語版)の一部改正案も、7月21日に閣議決定されました。これについてもFacebookへの投稿(2022年7月23日)を採録しておきます。なお、こちらはまだ立法院で可決されていないようです。

★ Focus Taiwan: Taiwan moving to ban employment of convicted public school educators
https://focustaiwan.tw/politics/202207220010

 台湾政府(行政院)が、保育施設や幼児教育施設における子どもの不適切な取扱いへの対応を強化する目的で関連法の改正案を承認したこと(2022年3月3日)について以前Facebookで紹介しましたが、さらに、性犯罪等で有罪判決を受けた教職員への対応を厳格化する「教育人員任用條例」の一部改正案もこのほど承認され、立法院(議会)に提出されることが決定されました(7月21日)。
 記事によれば、公立学校の教職員が性犯罪、汚職、生徒に重大な身体的・精神的苦痛を与えるいじめまたは内憂外患関連の犯罪で有罪とされた場合、関連当局の承認を得る必要もなく学校によって直接解雇されるとともに、公立学校で雇用される資格を恒久的に失うことになります。性犯罪が疑われる事案を故意に通報せず、同様の事案の再発を招いてしまった場合にも同様です。
 また、セクシュアルハラスメント、いじめ、または体罰の使用により生徒に精神的・身体的苦痛を与える行為を行なったと認定された教職員は、1~4年の再任用禁止処分の対象となります。
 これらの規定の適用対象は、すべての公立学校の校長、教員、職員およびスポーツコーチ、社会教育機関の専任職員、各級教育行政機関に属する学術研究機関の研究員です。
 詳しくは行政院の発表(中文)をご参照ください。性犯罪以外の犯罪や人権侵害にも厳しく対処しようとしている点は、日本でも今後検討していく必要があると思われます。

 日本では、▽2008年12月の児童福祉法改正で導入された「被措置児童等虐待の防止等」に関する一連の規定(第7節・第33条の10~17;通告義務、通告した施設職員等の保護を含む)の適用対象から保育所を除外したこと、▽学校教育法にはいまだにこのような規定が設けられていないこと*など、何か起きるたびに場当たり的な法改正を重ねてきている点に、根本的な問題があるように思われます。

* この点については、学校教育法を改正して「教員等による虐待の禁止」条項を設けるよう文部科学省に求めた、NPO法人 千葉こどもサポートネット「学校教育法の一部改正を求める意見書」(2020年12月23日提出、全文PDF要約版PDF)も参照。「虐待(学校におけるものも含む)」等の被害を受けた子どもを対象とする通報・苦情申立て・付託のための機構の設置を求めた国連・子どもの権利委員会の勧告(2019年総括所見、パラ24(a))も踏まえ、通告義務などについても規定することが必要です。

 今後、子どもに対する暴力関連の法令を整理統合することの検討も含め、子どもが生活したり学んだり遊んだりする施設等で起きる、あらゆる形態の身体的・精神的・心理的・性的暴力に対して統合的に対応するための方策を整備していくことが求められます。

 緊急に対応すべき課題としては、保育園を考える親の会「保育施設における不適切保育の防止に関する緊急要望」も参照。そこでは次の8項目が要望されています。

(1)関係者の啓発を行ってください
(2)内部告発や保護者の訴えを受ける窓口を設置してください
(3)自治体・事業者・施設長の責務を明確化してください
(4)調査・事後検証の手順を示してください
(5)保護者には正確な事実を伝えてください
(6)子どもの心の状態を確認し、必要なサポートを提供してください
(7)保育士資格剥奪と再取得の禁止措置を定めてください
(8)保育士に適格で意欲的な人材が集まるよう制度を改善してください

 関連して、現在「学校部活動及び新たな地域クラブ活動の在り方等に関する総合的なガイドライン(案)」に関するパブリックコメントが実施されています。子どもに対する暴言・暴力などについてもある程度言及されていますが、十分なものではありませんので、とりいそぎ「子どもの権利」と「子どもに対する身体的・精神的・性的暴力」の観点から次のような意見を提出しておきました(Facebookでは紹介済み)。12月16日(金)が意見の提出期限ですので、参考にしていただければと思います。

1)ガイドライン案では「子どもの権利」についてまったく言及がありませんが、子どもに直接関連するガイドラインである以上、関連の施策は子ども(児童)の権利条約およびこども基本法を踏まえて推進していかなければならない旨、「前文」および「本ガイドライン策定の趣旨等」で明示するべきです。運動部活動や地域スポーツクラブとの関連では、ユニセフ「子どもの権利とスポーツの原則」も踏まえることが求められます。
2)指導者に関しても、条約・こども基本法・「子どもの権利とスポーツの原則」の理念および内容を十分に承知していることの必要性を強調するべきです。
3)暴言・暴力、体罰、行き過ぎた指導、ハラスメントなどの根絶の必要性がガイドライン案のいくつかの箇所で強調されているのは評価できますが、これらの許されない行為の内容が必ずしも明確ではありません。別添「運動部活動での指導のガイドライン」には〈〔5〕肉体的、精神的な負荷や厳しい指導と体罰等の許されない指導とをしっかり区別しましょう〉(8~11ページ)という項目が設けられており、ガイドラインにおいても独立の項を設けてもう少し詳細に記述することが必要です。その際、これらの行為が子どもの人権侵害であることも強調することが求められます。
4)ガイドライン案には性暴力に関する具体的言及がありません。別添「運動部活動での指導のガイドライン」では「セクシャルハラスメントと判断される発言や行為を行う」ことが「許されない指導と考えられるものの例」に含まれていますが、不十分です。ガイドラインで「教育職員等による児童生徒性暴力等の防止等に関する法律」(令和3年法律第57号)に明示的に言及し、このような性暴力がいかなる場合にも許されないことを強調するべきです。
5)子どもの権利条約およびこども基本法の規定を踏まえ、本ガイドライン案についても、子ども向けのわかりやすい資料を作成したうえで子ども向けのパブリックコメントを実施することが求められます。

 最後に付言しておきますが、今回、当該認可園の園長が職員に口止めを図っていたなどとして裾野市長による刑事告発(犯人隠避容疑)が行なわれたことにも注目しています。島沢優子著『スポーツ毒親――暴力・性虐待になぜわが子を差し出すのか』(文藝春秋・2022年)でも報告されていますが、スポーツクラブで暴力事件が起きたときなど、保護者が加害者を守ろうとしておたがいに口止めを図ろうとする例もあります。状況によってはこのような行為に犯人隠避罪などが適用される可能性もあることを周知していけば、こういうことも少なくなるかもしれません。

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