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国連・女性差別撤廃委員会、元「慰安婦」への対応をめぐってフィリピン政府の条約違反を認定

 国連・女性差別撤廃委員会は、元「慰安婦」がいまもなお受けている差別や苦痛への対応が不十分であるとして、個人通報制度に基づきフィリピンの女性差別撤廃条約違反を認定しました(CEDAW/C/84/D/155/2020、見解採択日:2月17日)。

1)Inquirer: PH failed to aid World War II 'comfort women' - UN body
https://newsinfo.inquirer.net/1740233/ph-failed-to-aid-world-war-ii-comfort-women-un-body#ixzz7vR3ITofZ

2)OHCHR: Philippines failed to redress continuous discrimination and suffering of sexual slavery victims perpetrated by Imperial Japanese Army, UN committee finds
https://www.ohchr.org/en/press-releases/2023/03/philippines-failed-redress-continuous-discrimination-and-suffering-sexual

 申立人は、性奴隷制サバイバー支援団体「マラヤ・ローラス」(Malaya Lolas、“自由な祖母たち”)のメンバーで、1944年末に「慰安婦」とされたフィリピン国籍の女性24人です。申立人らは、被害を受けて以降、身体的傷害、心的外傷後ストレス、恒久的な生殖能力損傷、コミュニティ・婚姻・労働における社会的関係の阻害をはじめとする長期的な身体的・心理的・社会的・経済的影響に苦しんできました。

 申立人らは、日本政府に対する損害賠償請求権を支持することをはじめとする対応をとるようフィリピン政府に求めてきましたが、政府は、1956年に日本との平和条約および賠償協定が発効したことなどを挙げて日本に賠償を求める立場にはないという姿勢を維持する一方、元「慰安婦」の被害回復のための措置をとってきませんでした。申立人らは、このような政府の対応は女性差別撤廃条約違反であるとして、2019年11月に委員会に通報を行なったものです。

 委員会は、フィリピンが日本に対する賠償請求権を放棄したことに留意しつつ、これは継続的差別の事案であるとして、本案審査を行ないました。そして、▽フィリピン女性委員会が、制度化された戦時性奴隷制の問題、それが被害者・サバイバーに対してもたらす影響または保護に関わる被害者・サバイバーのニーズに取り組んでこなかったこと、▽ほとんどが男性である退役軍人は政府から特別で敬意のある扱い(教育手当、保健手当、老齢・障害・死亡年金など)を受けていることなども踏まえ、フィリピンが条約第1条(女性差別の定義)および第2条(b)(c)(すべての女性差別を禁止するために適当な立法その他の措置をとる義務/差別からの効果的な保護を確保する義務)に違反したと認定したものです。

 委員会は、国連・拷問禁止委員会の見解も参照して次のように述べています(決定書パラ9.4;脚注省略)。

9.4 この文脈において、拷問禁止委員会は、締約国には拷問被害者に対して手続的にも実質的にも救済を提供する義務があることを想起している。締約国は、手続的義務を果たすために法律を制定しかつ苦情申立て機構を設置するとともに、これらの機構および機関が実効性を備え、かつすべての被害者にとってアクセス可能であることを確保しなければならない。拷問の影響は継続的性質を有することから、出訴期限は、それを理由として被害者が救済、賠償・補償およびリハビリテーションを奪われることになるため、適用されるべきではない。女性差別撤廃委員会は、被害回復、賠償・補償およびリハビリテーションを含む救済が、各事案の事情を常に念頭に置きながら、被害者がこうむったすべての危害を対象とし、かつ侵害が再発しないことを保障するための措置を含むべきであると考える。

 こうした認識のもと、委員会は、▽「申立人らが受けたジェンダーに基づく暴力行為の著しい苛酷さ」、▽「継続的に差別されず、かつ被害回復、賠償・補償およびリハビリテーションを受ける申立人らの権利」、そして▽「申立人らの権利を可能なかぎり全面的に執行する可能性がまったく存在しないこと」に鑑みて条約の上記条文の違反を認定し(パラ9.5)、フィリピン政府に対して次の措置をとるよう勧告しました(パラ11)。

(a)申立人らについて
-申立人らがフィリピン政府から全面的な被害回復を受けられるようにすること。これには、申立人らがこれまで受けてきた継続的差別についての承認および救済、公式な謝罪ならびに物質的・道徳的損害賠償のほか、原状回復、リハビリテーションおよび満足(申立人らの尊厳および名誉の回復を含む)が含まれ、また申立人らが受けた身体的・心理的・物質的損害および申立人らの権利の侵害の重大性にふさわしい金銭的賠償が含まれる。

(b)一般的措置
 (i)性暴力を含む戦争犯罪の被害者に対してあらゆる形態の救済を提供する実効的かつ全国的な被害回復制度を設置するとともに、退役軍人である男性および戦時性奴隷制サバイバーである女性が、受ける資格のある認定、社会的給付およびその他の支援措置に平等にアクセスできるようにすること。
 (ii)当局が、戦時性暴力・性奴隷制のサバイバーを含む民間人戦争被害者の救済に関連する法律および政策から制限的・差別的規定を削除するようにすること。
 (iii)戦争犯罪(とくに制度化された戦時性奴隷制)の被害者である女性の尊厳、価値および人身の自由の回復を確保する目的で、これらの女性に賠償・補償その他の形態の被害回復措置を提供するための、国の認可に基づく基金を設置すること。
 (iv)申立人らが送られた「慰安所」(バハイ・ナ・プラ、「赤い家」)跡地を保全するための記念施設を造るか、戦時性奴隷制の被害者/サバイバーに対して加えられた苦痛を記念し、正義のためのその闘いを称えるための他の空間を設けること。
 (v)戦時性奴隷制の被害者/サバイバーであるフィリピン人女性が受けた人権侵害の歴史の繊細な理解のためには記憶がきわめて重要であることから、人権増進の重要性を強調し、かつ再発を防止する目的で、すべての学術機関(中等大学教育を含む)のカリキュラムにおいてこれらの女性の歴史を主流化すること。

 委員会のマリオン・ベセル(Marion Bethel)委員は、OHCHRのリリースで次のようにコメントしています。

「これは、これまでフィリピンで沈黙させられ、無視され、忘れられ、歴史から消し去られてきた被害者にとって、勝利の象徴的瞬間です。委員会の見解は、被害者の尊厳、不可侵性、名声、名誉を回復する道を開くものです」
「本件が明らかにするのは、戦争や紛争状況における女性と女児への性暴力を過小評価したり無視したりすることが、実際には新たな形態のとてつもない女性の権利侵害だということです。委員会の決定が、亡くなった方であれ存命の方であれ、すべての被害者にとって人間の尊厳の回復に役立つことを望みます」

 これらの勧告に対してフィリピン政府がどのような対応をとるかは、現時点では不明です。今回の決定は、もちろん日本を名宛人とするものではありませんし、日本との協議や交渉が促されているわけでもありませんが、こうした見解を女性差別撤廃委員会が表明したことは日本としても真剣に受けとめる必要があるでしょう。

【追記】(2023年5月26日)
 ヒューライツ大阪 (一般財団法人アジア・太平洋人権情報センター)のFacebookポストによれば、マルコスJr大統領は、5月13日、マラヤ・ローラスの要請に適切に対処する施策を検討するよう政府関係機関に指示したと述べたとのことです。Philippine News Agency: PBBM orders gov't agencies to address concerns of 'comfort women' 参照。

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