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子どもの権利アプローチを学校でどう推進していくか:ウェールズ子どもコミッショナーの指針

 ウェールズ(英国)では、昨年制定された「2021年カリキュラムおよび評価(ウェールズ)法」第64条により、国連・子どもの権利条約と国連・障害者権利条約に関する教育関係者の意識啓発(知識および理解の促進)を図ることが、校長をはじめとする管理職や地方当局等に対して義務づけられました(子どもの権利に関する意識啓発計画で校長等の意識を高めることが位置づけられているのも、これが背景にあるのだと思われます)。

 また第63条では、校長をはじめとする教育関係者は子ども・若者のメンタルヘルスおよび情緒的ウェルビーイングに配慮しなければならないと規定されています。

 これらの規定も踏まえ、ウェールズ子どもコミッショナーは、教育現場に子どもの権利アプローチを根づかせるための指針「ザ・ライト・ウェイ:ウェールズの教育に対する子どもの人権アプローチ」The Right Way: A Children's Human Rights Approach to Education in Wales)を作成しました(2022年3月)。

 この指針では、教育関係者が国内法に基づいて負う義務および2つの条約について概観した後、「子どもの権利アプローチ」の5つの原則を教育現場でどのように適用するべきか、ケーススタディも交えて詳しく解説されています。

「子どもの権利アプローチ」の5つの原則
1.子どもの権利を根づかせる(Embedding children's rights)
2.平等と差別禁止(Equality and Non-discrimination)
3.子どものエンパワーメント(Empowering children)
4.参加(Participation)
5.説明責任(Accountability)

 子どもコミッショナーの若者助言委員会(Young People's Advisory Panel)から示された具体例も掲載されているので(p.9)、訳出しておきます。

権利が根づいているとわかるのは、こんなとき。
● 学校評議会が意思決定の不可欠な部分を担う存在として関与している。
● スタッフと生徒がおたがいを尊重している。
● 学びが私たちの権利とリンクしている。

平等で差別がないとわかるのは、こんなとき。
● 差別されていると感じたら行くことができる、安全な場所がある。
● 信仰実践を行なう場があり、給食でハラルフードを利用できる。
● 学校がいじめについて誠実な対応をとる。

エンパワーされているとわかるのは、こんなとき。
● 学校で自分たちの権利について掘り下げ、話し合う機会がある。

参加できるとわかるのは、こんなとき。
● 私たち全員が、意見を言う権利を経験している。
● 学校が、私たち全員に、意見を言う機会について知らせてくれる。

現場が説明責任を果たしているとわかるのは、こんなとき。
● 私たちの意見がどのように考慮されたか、先生が教えてくれる。
● 学校が私たちのフィードバックをどのように活用しているかについてのeメールが毎月届く。
● いじめや差別のような問題を提起したときにどういう対応がとられるか、わかっている。

 参考資料として次の一般的意見が挙げられていますが(p.24)、いずれも日本語訳がありますので、ご参照ください。

-障害者権利委員会 :一般的意見4号(インクルーシブ教育を受ける権利、2016年)
-子どもの権利委員会:一般的意見9号(障害のある子どもの権利、2006年)
-子どもの権利委員会:一般的意見5号(子どもの権利条約の実施に関する一般的措置、2003年)

 指針が掲載されているページでは、2021年カリキュラムおよび評価(ウェールズ)法第2条に掲げられた4つの目的に関わって両条約でどのような権利が保障されているかを示した資料(Human Rights in the Curriculum for Wales、PDF)も提供されています。

2021年カリキュラムおよび評価(ウェールズ)法に掲げられた4つの目的
-児童生徒・子どもが、生涯を通じて学ぶ姿勢を身につけた、意欲的で有能な学習者として成長できるようにすること。
-児童生徒・子どもが、生活と仕事で十分な役割を果たす姿勢を身につけた、進取の気性に富む創造的な貢献者として成長できるようにすること。
-児童生徒・子どもが、倫理的で見識があるウェールズ市民および世界市民として成長できるようにすること。
-児童生徒・子どもが、社会の大切な構成員として生きがいのある生活を送る姿勢を身につけた、健康的で自信のある個人として成長できるようにすること。

 自己評価ツール(PDF)も用意されており、至れり尽くせりです。

「こども基本法案」が可決され、「こども家庭庁」が設置されても、子どもの権利を教育現場にどのように根づかせていくかは引き続き大きな課題として残りますが、ウェールズ子どもコミッショナーのこのような取り組みはおおいに参考になると思います。

 また、インクルーシブ教育の推進はいまの学校のあり方を大きく問い直すことにもつながるものであり、子どもの権利条約と障害者権利条約を学校現場で統合的に推進していくというウェールズのアプローチも、検討に値するものと言えるでしょう(女性差別撤廃条約や人種差別撤廃条約など、その他の人権条約もあわせて学校現場に浸透させていくことが必要ですが)。

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