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アルゼンチン、国連人権条約機関の勧告も踏まえ、移住者の退去強制を容易にしていた政令を廃止

 アルゼンチンは、3月4日、適正手続を経ることなく移住者を迅速に追放することを可能にしていた政令70/2017を廃止しました。同政令は、家族統合に対する権利、子どもの最善の利益の原則、ノンルフールマン原則(迫害、拷問その他の重大な人権侵害が行なわれる可能性の高い領域に外国人を送還することの禁止)などの侵害・違反であるとして、国連人権条約機関から強く批判されていたものです。

 移住労働者権利委員会、子どもの権利委員会および拷問禁止委員会は、3月24日に発表されたプレスリリースで、アルゼンチン政府の決定を歓迎・称賛しました。

★ OHCHR: Argentina: UN committees welcome decision to repeal deportation decree
https://www.ohchr.org/EN/NewsEvents/Pages/DisplayNews.aspx?NewsID=26942&LangID=E

 2017年1月に採択された「必要性および緊急性に関する政令70/2017」は、▽移民手続を遵守せずにアルゼンチンに入国した移住者および▽何らかの犯罪歴のある移住者(有罪判決が確定していない者を含む)について、全件収容(mandatory detention)と略式退去強制手続を導入したものです。退去強制決定に対して不服申立てを行なえる期間も3日(休日を除く)に短縮され、異議申立てを行なうための無償の法的援助へのアクセスも非常に限定されました。

 この政令について、たとえば国連・子どもの権利委員会は次のような懸念表明と勧告を行なっていました(2018年の総括所見)。

移住の状況にある子ども
39.委員会は、「必要性および緊急性に関する政令第70/2017号」が、憲法違反であると見なされているにもかかわらず引き続き適用されており、かつ、家族の統合および移住者である子どもの最善の利益に悪影響を及ぼす可能性があることを懸念する。委員会は、締約国に対し、移住に関連する事案において、自己の最善の利益を第一次的に考慮される子どもの権利が擁護され、かつ家族の統合が保全されることを確保する目的で、政令第70/2017号を廃止するよう促す。


 今回のプレスリリースでは次のように指摘されています。

「同政令は、適正手続の原則、司法にアクセスする権利および移住者の防御権を侵害するものでした。家族の絆や子どもの最善の利益はほとんど、あるいはまったく考慮していませんでした。被退去強制者が送還先の国で拷問に直面する潜在的リスクについてアルゼンチンが検討する、十分な時間もありませんでした」

 移住労働者委員会のもとに寄せられた情報によると、2017年に同政令が採択されてからというもの退去強制件数は倍増し、少なくとも125件について、家族の統合に対する権利を侵害する可能性があるとして不服申立てが行なわれたとのことです。そのほとんどは、母親もしくは祖母が幼い子どもから引き離される事案、または(母親の退去強制により)祖母が孫の世話をしなければならなくなる事案でした。シングルマザーが被退去強制者だった事案は32件で、多くはドメスティックバイオレンスの被害者だったといいます。

 政令70/2017に代わって3月4日に発布された政令138/2021では、旧政令を廃止する根拠の一環として、3つの国連人権条約機関から行なわれた勧告が引用されているとのことです。

 今回の決定を受けて、今回のプレスリリースでは次のように評価されています。

「アルゼンチン政府による政令の廃止は正しい対応であり、私たちはその決定を歓迎します。これは、移住者およびその家族に生じるさらなる被害を防止する手段というだけではなく、自国の人権法上の義務に合致するように同国の移住政策を再調整する手段でもあるのです」

 一方で、次のような要請を行なうことも忘れてはいません。

「私たちは、アルゼンチンが、家族の統合の原則に違反して追放された人々の事案を再検討して、離れ離れになった家族が再統合できるよう、追放命令および入国禁止命令を撤回することを希望します」

 アルゼンチン政府は昨年も、個人通報制度に基づく国連・子どもの権利委員会の要請を受けて、3児の母親の送還を中止する決定を下していました(昨年9月1日付の投稿を参照)。

 人権条約機関の勧告を誠実に受けとめて対応しようとする姿勢は、日本政府もおおいに見習う必要があります。

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