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国連・子どもの権利委員会、体罰事件について十分な調査を行なわなかったとしてジョージアの条約違反を認定

 先日の投稿に続き、通報手続に関する子どもの権利条約の選択議定書に基づいて行なわれた通報について、国連・子どもの権利委員会が条約違反を認定した例を紹介します。公立幼稚園で行なわれたとされる体罰に関して迅速かつ実効的な調査を行なわなかったことを理由に、ジョージアが条約19条上の義務に違反したと判断された事案です(CRC/C/90/D/84/2019、2022年6月1日付)。

 申立人は、事件(2017年1月24日)当時3歳半だった男の子です。公立幼稚園の閉園時間に母親が申立人を迎えに行ったところ、朝預けたときにはなかった傷が顔にできていました。本人に尋ねてみたところ、その日の課題だったお絵描きがうまくできなかったので幼稚園の先生から頬を平手で叩かれ、両耳を引っ張られたと言います。

 母親は警察に事件を報告するとともに、社会サービス庁などの関連機関に対しても見解と対応を求めましたが、納得のいく反応は得られませんでした。申立人の弁護士が事件から1年半後にようやく内務省の事件記録を閲覧したところ、必要な行政措置はとられていないことがわかり、また申立人は刑事手続に影響を及ぼせる立場にもないことから、委員会に対して申立てを行なったものです(2018年11月19日付)。

 本件においてはまず、通報を受理する前提として国内救済手続が尽くされたかどうかが問題になりますが、委員会は、刑事手続の実効性に関して疑念があることなどを理由に、条約19条との関連で本件を受理可能と認めました(申立人は他に条約2条(差別の禁止)および12条(子どもの意見の尊重)も援用していましたが、これについては受理不能とされました)。そのうえで本案審理を行ない、次のように判断しています(要旨、決定パラ7.4-7.8)。

● 申立人は、登園時には顔に傷などなかったにもかかわらず、母親が迎えに行ったときには両方の耳たぶ、右頬および左下顎骨のあたりに青あざができていた。申立人によれば、これは幼稚園教諭から叩かれ、耳を引っ張られたことの結果であるという。この点に関する申立人の説明は詳細で一貫している。また、当該教諭が自分の孫にしばしば体罰を加えていたという、別の園児の祖母による証言も傍証となる。教諭側は申立人のアレルギーの可能性を主張したが、これを裏づける証拠はまったくない。
● 申立人と締約国が証拠に平等にアクセスできるわけではないこと、また関連情報にアクセスできるのは締約国のみである場合が多いことを考慮すれば、立証の負担を通報の申立人にのみ負わせることはできない。「提出されたすべての資料に基づき、かつ締約国当局が別段の説明を行なわなかったことに照らし、委員会は、申立人が受けた取扱いは条約第19条で定義されている子どもに対する暴力の一形態であったと考える」。申立人(3歳半)の特別な脆弱性、申立人に対する教諭の立場、公共サービスとしての幼稚園の役割を考慮し、委員会は、公立幼稚園のケアを受けている間に申立人が負った傷について締約国は妥当な説明をしておらず、したがって締約国は条約19条(1項)に基づき申立人の負傷について責任を負うと認定する。
● 条約19条(2項)の手続的側面に関して、子どもに対する暴力の事案については適切な専門家による迅速かつ実効的な調査が行なわれなければならない。これは結果の義務(an obligation of result)ではなく手段の義務(an obligation of means)である。当局は、事案に関わる証拠を確保するために利用可能な合理的措置をとらなければならない。本件では、父親と心理学者の立会いのもと、専門捜査官による申立人の事情聴取は行なわれたものの、その後の裁判手続で使用する可能性に備えて事情聴取の録画が行なわれたかどうか、また真実を話すことの重要性について子どもに指示が与えられたかどうかについて、締約国は明らかにしていない。さらに、警察による捜査は遅滞なく開始されたおのの、関係者の聴取には非常に時間がかかり、事件発生から5年を経てもなお、重要な進展がないまま捜査が継続中である。最終的な捜査結果がどうなるか等にかかわらず、委員会は、このような捜査のあり方は迅速性および実効性の基準を満たしていないと考える。
● 以上のことに照らし、委員会は、ジョージアの国内当局はデューディリジェンス(相当の注意・配慮)を果たさず、体罰とされる事案について迅速かつ実効的な調査を行なわなかったことにより、条約19条に基づく義務に違反したと結論づける。

 委員会はこのようにジョージアによる条約違反を認定し、申立人に対して効果的な被害回復措置を提供するとともに、「とくに体罰の事件が迅速かつ実効的に調査されることを確保する」ことにより、将来同様の侵害が起こらないようにするために必要な措置をとるよう促しました(決定パラ9)。

 条約19条2項では、子どもの不当な取扱いの事案の「発見、報告、付託、調査、処置及び事後措置」を含む対応が締約国に義務づけられていますが、少なくとも子どもの不当な取扱いが行なわれたと疑うに足る合理的根拠がある場合、迅速かつ実効的な調査を怠ることはそれ自体で条約違反を構成する可能性があるという、注目すべき判断と言えるでしょう。19条2項の解釈については、委員会の一般的意見13号(あらゆる形態の暴力からの自由に対する子どもの権利、2011年)の、とくにパラ51~57を参照。

 また、個人通報制度に基づく委員会のその他の決定については、筆者のサイトの〈国連・子どもの権利委員会 個人通報 決定一覧〉参照。


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