欧州人権裁判所、同性間の関係を描いたおとぎ話の「有害」認定(リトアニア)は欧州人権条約違反と判示
欧州人権条約(日本語訳PDF)に基づいて設置されている欧州人権裁判所(ストラスブール)は、2023年1月23日、同性婚を扱った子ども向けの作品に「14歳未満の子どもにとって有害である」旨の警告を表示させたことは条約10条(表現の自由)を侵害するものであるとして、リトアニアの条約違反を認定しました。
欧州人権裁判所書記局によるプレスリリース(PDF)より、事案の概要をまとめた部分を訳出しておきます(太字は原文ママ)。判決全文などはこちらから参照できます。
本件の申立人は、オープンリー・レズビアンであった児童文学作家、ネリンガ・ダングヴィデ・マカテ(Neringa Dangvydė Macatė)氏です(2020年に亡くなったため、母親が手続を承継)。2013年にリトアニア教育科学大学から出版した9~10歳向けの作品集『琥珀色の心』(Gintarinė širdis)に、同性間の関係や結婚に関する話が含まれていた(6話中2話)ことが問題とされ、一時頒布が停止される事態に至りました。
事案の経緯は次のとおりです。
● 同書が「倒錯を奨励している」という苦情を受けた文化省が、ジャーナリスト倫理調査官(Inspectorate of Journalistic Ethics)に対し、同書が子どもにとって有害となる可能性があるかどうかの評価を要請。同時期、リトアニア議会の議員8名が、同書は「同性の者同士の結婚は歓迎すべき現象であるという考え方を子どもたちに植えつけようとしている」という、家族団体から表明されたという懸念を出版元である大学に伝達。
● ジャーナリスト倫理調査官は、同書について、公的情報の悪影響からの未成年者の保護に関する法律(未成年者保護法)4条2項(16)に抵触すると認定。同規定によれば、「家族の価値に対する侮蔑(contempt)を表明する」情報や「憲法または民法に掲げられたものとは異なる婚姻概念および家族の創設を奨励する」情報は、いかなるものであれ未成年者に悪影響を与えると判断される。調査官は、14歳未満の子どもにとって有害となる可能性がある旨の警告表示を同書に付すよう勧告した。
● 版元である大学は2014年3月に同書の頒布を停止し、1年後、調査官勧告にしたがって警告表示を付したうえで頒布を再開した。
● 著者は、同性間の関係の描写はいかなる年齢の子どもにとっても有害と考えることはできないとして版元である大学を提訴したものの、2019年に請求棄却が確定した。とくにビリニュス地方裁判所は、同書に含まれる一部のくだりはあまりにも性的に露骨であると認定したほか、同書における新しい家族モデルの描き方は、申立人自身が自分とは異なる価値観を持つ人々を差別しようとしているのではないかという疑念を抱かせるものであるとも述べた。
そこで著者が欧州人権裁判所に提訴したところ、裁判所は上記判決要旨のように判断し、リトアニアの条約違反を認定したものです。
判決では、申立人の著書に対する措置が「同性間の関係を本質的に異性間の関係と同等のものとして記述する情報に子どもがアクセスすることの制限を意図するものであった」と認定したうえで、そのような目的の正当性を否定していますが、その論拠は次のとおりです。
● 単に同性愛について言及すること、またはセクシュアルマイノリティの社会的地位について開かれた公的議論を行なうことが子どもたちに悪影響を及ぼすという科学的エビデンスは存在しない。
● 相当数の欧州評議会加盟国(リトアニアを含む)の法律で、学校カリキュラムに同性間の関係に関する教育を含めることが明示的に定められているか、教育において多様性の尊重および性的指向に基づく差別の禁止を確保することについての規定が設けられている。
● 子供が同性間の関係に関する情報にアクセスすることを――その情報が性的指向以外のいかなる根拠〔平野注/たとえば「性的に露骨」であることなど〕によっても子どもにとって不適切または有害とは考えられない場合に――制限するのは、当局が、一部の態様の関係・家族が他の態様の関係・家族よりも好ましいと考えていること、異性間の関係のほうが同性間の関係よりも社会的に受け入れられやすく価値があると見なしていることの表れであり、したがってスティグマの継続を助長するものである。
● したがって、このような制限は、その適用範囲および効果がいかに限定的であるとしても、民主的社会に固有の平等、多元主義および寛容の概念と両立しない。
欧州人権裁判所は、このような判断結果を踏まえ、申立人の母親に対して損害賠償金12,000ユーロおよび訴訟費用等5,000ユーロを支払うよう、リトアニアに命じました。
セクシュアルマイノリティについて取り上げた書籍を学校図書館等から排除しようとする「禁書」の動きは米国でも広がっており、バイデン大統領は6月8日に声明を発表して「LGBTQI+の米国人を、その権利を脅かす禁書から守る」ことを含む新たな対策を打ち出しました(ロイター〈バイデン氏、性的少数者への差別を改めて批判 新たな対応策打ち出す〉2023年6月9日配信;Current Awareness Portal〈米・バイデン政権、LGBTQI+コミュニティを守るための新たな行動を発表:禁書問題に関する対応も〉同)。
警告表示を要求するだけでも欧州人権条約で保障された表現の自由を侵害する場合があるという欧州人権裁判所の判断は、こうした問題について考えていくうえで示唆に富むものだと思います。日本でも、青少年健全育成条例などに基づく「有害図書」認定の基準のひとつに「同性間の性行為」を挙げている道府県が36にのぼると報じられており(中日新聞〈性的マイノリティーに差別的? 有害図書指定巡り専門家指摘 石川県は「誤解招く」と修正検討〉2023年5月2日配信)、速やかな見直しが求められます。
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