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フランス与党、「シェアレンティング」抑制を目的とする法案を議会に提出

子どもに「忘れられる権利」の保障を――韓国「子ども・青少年個人情報保護基本計画」〉(2022年7月26日)で、韓国では次のような方針が打ち出されたことを紹介しました。

 親への依存度が高い子ども時代の特性を考慮し、親を対象とする教育も拡大していく。とくに、親がSNSなどに子どもの写真や動画を投稿する「シェアレンティング」によって子どもの個人情報が侵害されたり犯罪リスクにさらされたりする可能性について周知し、警戒心を高めるとともに、子どもの年齢に応じた教育方法などもあわせて知らせていく。

「シェアレンティング」については欧米諸国でも問題視する声が高まっていますが、フランスでは、このような行為を抑制するための法案が国民議会に提出された(1月19日)とのことです。

★Figaro:親による子の写真のSNS投稿に罰則を! 仏で法案提出。
https://madamefigaro.jp/society-business/230221-sharenting.html

フランスで、ブリュノ・ステュデール議員が旗振り役となって、与党の議員たちが1月19日に国民議会に法案を提出した。「児童の肖像権を保護」し、みだりに子どもの写真を公表する親に罰則を与えるのが目的だ。(後略)

 提案理由を含む法案はこちらに掲載されています。

 もっとも、今回提出された法案は親の権威(親権)の行使に関わる民法の改正を提案するものなので、Figaroの記事にある「罰則」という表現はミスリーディングです。不適切な「シェアレンティング」による親権委譲(剥奪)の可能性についても規定されていますが、提案理由でも、
「本法は、抑圧的または制裁的法律ではなく、何よりも教育的法律であることを意図したものです」
 として、親権委譲は最後の手段であることが強調されています。

 以下、提案理由の末尾に掲げられている各条の趣旨と、その趣旨を達成するための具体的改正内容について紹介します。なお、フランスでは「私生活」(vie privée)が「プライバシー」とほぼ同義で用いられています。

■ 第1条:親の権威の定義に私生活の概念を導入する。
 ⇒ 民法第371条の1(2)に太字部分を追加する。
「親の権威は、子の人格およびとくに私生活を適正に尊重しながら、子をその安全、健康および道徳において保護し、その教育を確保しかつその発達を可能にする目的で、子の成年または未成年解放まで父母に委ねられる」

■ 第2条:未成年子の肖像権の行使は双方の親によって共同で行なわれる旨を定める。
 ⇒ 民法第372条の1として次の規定を設ける。(注:民法第372条は親の権威の行使に関する一般的原則を定めたもの)
「第372条の1 両親は、第9条に掲げられた私生活に対する権利を尊重しながら、未成年子の肖像権を共同で行使する」

■ 第3条:未成年子の肖像権の行使に関して両親に意見の不一致がある場合に裁判官がとりうる措置を明らかにする。
 ⇒ 民法第373条の2の6(3)の後に次の項を加える。
「裁判官はまた、子の肖像権に関連する非日常的行為(actes non-usuels)の行使に関して両親に意見の不一致がある場合、一方の親に対し、他方の親の許可を得ることなくいかなるコンテンツも公開しまたは頒布しないよう命ずることができる。このような措置は、緊急性がある場合、略式手続により命ずることができる」

■ 第4条:子の肖像権の行使に関して両親の利益が子の利益と相反する場合に親の権威を強制的に委譲させる道を開く。
 ⇒ 民法第377条(2)に太字部分を加える。
「明らかな無関心があるとき、または両親が親の権威の一部もしくは全部を行使できないとき、親の一方が他方の親に対する犯罪であって当該他方の親を死亡に至らしめた犯罪で訴追されもしくは刑を言い渡されたときもしくは両親による子の肖像の頒布が子の尊厳もしくは道徳的不可侵性に重大な影響を及ぼすときは、当該の子またはいずれかの家族構成員を委託された個人、施設または児童社会扶助機関は、裁判官に対し、親の権威の行使を全面的または部分的に委譲させることを目的とする申立てを行なうこともできる」

 正直、このような法改正が必要か、あるいはもっとも優先されるべき対応なのかについては疑問があります。不適切な「シェアレンティング」が「子の尊厳もしくは道徳的不可侵性に重大な影響を及ぼす」場合には、児童ポルノや児童虐待に関する現行法を適切に解釈することによって介入が可能ではないかと思われるからです。

 また、民法第371条の1には「両親は、子の年齢および成熟度にしたがい、子に関わる決定に子を参加させる」という規定(第4項)もありますが、子どもの意見や同意の問題については十分に目配りされていないように思われる点も、気になります(提案理由では、ティーンエイジャーの10人に4人が「親は自分のことをインターネットでさらしすぎ」と感じているという調査結果への言及があります)。

 むしろ、▽ソーシャルメディア企業と連携しながら啓発措置を強化すること、▽とくに、子どもに関する画像や情報の投稿については子どもと話し合って同意を得るのが基本であるという意識を社会に浸透させること、▽子ども自身による異議申立てを容易にするしくみやツールを促進することなどの取り組みを進めていくのが有効ではないかと考えます。

 もっとも、今回の法案が可決されれば、このような取り組みもあわせて進められていくことになるのでしょう。法改正が必要かどうかはともかくとして、啓発や異議申立てのしくみの整備は日本でも求められると思います。

【追記1】(3月7日)
 法案は、3月6日に国民議会(下院)で可決されました。元老院(上院)でも可決されれば、成立します。

The Locale France: France's parliament votes on law to protect childrens' images online
https://www.thelocal.fr/20230307/frances-parliament-votes-on-law-to-protect-childrens-images-online/

【追記2】(3月15日)
 米国での議論を取り上げた記事があったので紹介しておきます。

-Gigazine:インフルエンサーの親によって自分の生活が「コンテンツ化」されてしまった子どもの苦しみとは?
https://gigazine.net/news/20230315-influencer-parents-children-made-content/

【追記3】(2023年6月12日)
 上院(元老院)は、5月10日、下院で可決された法案を大幅に修正した法案を採択しました(これまでの審議の経過はこちらを参照)。その内容は次のとおりです。

■第1条
 ⇒ 民法第371条の1(2)に「およびとくにその〔子の〕私生活」という文言を加える。(下院の法案と同趣旨)

■第2条 ⇒ 削除

■第3条
-I(新規):民法民法第377条の2に次の項を設ける。
「子どもの私生活に関連するコンテンツを公衆に対して頒布する行為は、各々の親の同意に服するものとする。」
-II ⇒ (下院の提案を)削除

■第4条 ⇒ 削除

■第5条(新規)
 ⇒ データ処理、ファイルおよび自由に関する1978年1月6日の法律第78-17号第21条IV項を次のように修正する(太字部分を追加)。
「本法第1条に掲げられた権利および自由の重大かつ即時的侵害(または未成年者の場合にはこれらと同じ権利および自由の侵害)が生じたときは、〔情報処理および自由に関する国家〕委員会の委員長は、略式手続により、管轄裁判所に対し、これらの権利および自由を保護するために必要ないずれかの措置を、必要なときは罰則を付して命ずるよう、要請することもできる。」

 下院で可決された法案の多くの要素、とくに▽両親に意見の不一致がある場合の裁判所の関与(第3条)や▽親の権威(親権)の強制的委譲に関するものが削除されるとともに、シェアレンティングに関わる子どもの権利侵害については「情報処理および自由に関する国家委員会」の対応に委ねる旨の規定を新設することが提案されています。

 審議の過程でどのような議論があったかは確認していませんが、本文で述べておいたように、下院で可決された法案はその必要性・妥当性について疑問を感じさせるものであったため、上院でも同様の疑念を持つ議員が少なくなかったのかもしれません。

 6月1日に開催された両院合同委員会でも協議がまとまらず、下院であらためて審議が行なわれるようですが、どのような形で決着するのかはいまのところわかりません。

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