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世界の憲法と子どもの権利

 今日(5月3日)は憲法記念日ということで、日本経済新聞に次のような記事が掲載されていました。

★日本経済新聞:世界の憲法、子どもの権利やクオータ制 項目多様に 日本国憲法施行77年(2024年5月3日配信)
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA266D80W4A420C2000000/

東大のケネス・盛・マッケルウェイン教授(比較政治学)が、米国の法学者や政治学者らの研究グループ「比較憲法プロジェクト」のデータベースを基に分析した。

2014年に憲法改正で子どもの権利を打ち出したのがノルウェーだ。これまでも国内法で権利を保障してきたが、子どもの主張が聞き入れられる権利や子どもの最善の利益など具体的に憲法に位置づけた。

20年時点で「子どもの権利」を憲法に明記した国は48.3%で、政府による子どもや孤児への財政的支援を書き込んだ国の割合も5割を超える。日本は子ども政策の司令塔となる「こども家庭庁」が23年4月に発足し「こどもまんなか社会」の実現をめざす。

 記事で言及されているノルウェー憲法(2014年)の該当条文は次のような規定です(追記:朝田千恵(2019)「ノルウェーにおける『子どもの権利』の法的扱い : 子どもの権利条約の国内法化と憲法改正」IDUN23号も参照)。

第104条
 子どもは、その人間の尊厳を尊重される権利を有する。子どもは、自己に関わる問題について意見を聴かれる権利を有し、その意見は子どもの年齢および発達にしたがって正当に重視されるものとする。
 子どもに影響を与える行動および決定については、子どもの最善の利益が基本的考慮事項とされる。
 子どもは、その人格的不可侵性を保護される権利を有する。国の機関は、子どもの発達を促進する条件を整備するものとする。これには、子どもに対し、なるべく子ども自身の家庭において、必要な経済的保障、社会保障および医療保障が提供されるようにすることを含む。

 子どもの権利について定めた各国の憲法条項についてはFacebookやnoteでもちょこちょこ取り上げてきたので、この機会にまとめて紹介しておきます(だからといって日本でも憲法改正が必要だ/望ましいという話ではまったくありませんので、念のため)。

 たとえばアイルランドでは、2012年の国民投票で承認された第31次憲法改正により、次のような規定が新設されました(2017年2月17日のFacebookポストで紹介;アイルランド憲法の全文および改正の歴史はこちらのページを参照)。

(子ども)
第42a条

1 国は、すべての子どもの自然なかつ法律で取り消すことのできない権利を承認しおよび確認し、ならびに、実際上可能なかぎり、法律によってこれらの権利を保護しおよび擁護する。
2(1)親が、その婚姻上の地位にかかわらず、いずれかの子ども安全または福祉に有害な影響が生じる可能性が高いほどに子どもに対する義務を果たさない例外的な場合には、国は、共通善の守護者として、法律が定める均衡のとれた手段により、ただし子どもの自然なかつ法律で取り消すことのできない権利を常に正当に顧慮しながら、親の代わりとなるよう努める。
(2)親が法律で定める期間を越えて子どもに対する義務を果たさない場合または子どもの最善の利益の観点から要求される場合における子どもの養子縁組については、法律により定める。
3 養子縁組のための子どもの任意的措置および子どもの養子縁組については、法律により定める。
4(1)(i)国が、共通善の守護者として、子どもの安全および福祉に有害な影響が生じることを防止するために提起するすべての手続、または(ii)子どもの養子縁組、後見もしくは監護または子どもへのアクセスに関わるすべての手続の解決に際しては、子どもの最善の利益が最高の考慮事項とされる旨、法律により定める。
(2)前号に掲げたすべての手続において、自己の意見を形成する力のある子どもについてその意見が確認され、かつその年齢および成熟度を顧慮しながら当該意見が正当に重視されることを実行可能なかぎり確保する旨、法律により定める。

 時期的に早いものとしては、ポーランド憲法(1997年)の次のような規定があります。

第72条
1 ポーランド共和国は、子どもの権利の保護を確保する。すべての者は、公的権限を有する機関(organs of public authority)に対し、暴力、虐待、搾取および子どもの道徳観念を損なう行動から子どもを守るよう要求する権利を有する。
2 親のケアを奪われた子どもは、公的機関が提供するケアおよび援助を受ける権利を有する。
3 公的権限を有する機関および子どもについて責任を負う者は、子どもの権利を確定するに際し、子どもの意見を考慮し、かつ可能なかぎり当該意見を優先させるものとする。
4 子どもの権利コミッショナー(オンブズマン)の権限および任命手続は法律で定める。

 オーストリア子どもの権利に関する憲法律(2011年)については、以前にnoteで紹介しました。

 ドイツで連立与党が子どもの権利保障のための基本法改正で合意したこと(2021年)もnoteでお知らせしましたが、その後は動きがないようです(たとえば National Coalition Germany が2023年に発表した報告書 Interim report: On the child rights situation in Germany 参照)。

 なお、欧州諸国の憲法で子どものさまざまな権利がどのように位置づけられているかについては、欧州評議会のベニス委員会(法を通じた民主主義のための欧州委員会)が2014年に報告書をまとめています(European Commission for Democracy through Law (Venice Commission). Report on the Protection of Children's Rights - International Standards and Domestic Constitutions [PDF])。それによると、憲法に子どもへの言及がまったくないのはフランス・ノルウェー・英国の3か国のみでした(パラ82;報告書の刊行後にノルウェーで前述の憲法改正が行なわれたので、現在ではフランスと、そもそも成文憲法がない英国のみということになります)。他方、国連・子どもの権利条約12条(意見を聴かれる子どもの権利)に掲げられた原則を憲法に反映させた国はまだそれほど多くなく(パラ101)、子どもの最善の利益の原則を明文で定めている国はアイルランドとセルビアの2か国だけ(パラ102;これにノルウェーが加わったことになります)とのことです。

 ヨーロッパ以外の国に目を向けると、2010年に制定されたケニア憲法第53条に次のような規定が置かれています。

第53条
(1)すべての子どもは、次の権利を有する。
 (a)出生時からの名前および国籍に対する権利。
 (b)無償の義務的基礎教育に対する権利。
 (c)基礎的栄養、住居および保健ケアに対する権利。
 (d)虐待、ネグレクト、有害な文化的慣行、あらゆる形態の暴力、非人道的な取扱いおよび処罰ならびに有害なまたは搾取的な労働か ら保護される権利。
 (e)親によるケアおよび保護に対する権利(婚姻しているか否かに関わらず子どもを扶養する母および父の平等の責任を含む)。
 (f)最後の手段としてでなければ身柄を拘束されず、かつ身柄を拘束されるときは次の条件を満たされる権利。
  (i)拘束が最も短い適当な期間で行なわれること。
  (ii)成人から分離され、かつ子どもの性別および年齢を考慮した環境で身柄を拘束されること。
(2)子どもに関わるすべての事柄において、子どもの最善の利益が至高の重要性を有する。

 南アフリカ憲法(2016年)でも、似た内容の規定が第28条に置かれています。

 最後に2015年のネパール憲法の関連条文の訳を掲載しておきます。これも「保護」に関わる規定が中心ですが、3項で「子ども参加」の権利が挙げられている点は注目されます。

第39条 子どもの権利
1 子ども1人ひとりは、姓をともなうアイデンティティに対する権利および出生登録に対する権利を有する。
2 すべての子どもは、家族および国による教育、保健ケア、適切な養育、スポーツ、レクリエーションおよび全般的な人格発達に対する権利を有する。
3 すべての子どもは、人格形成的な子どもの発達に対する権利および子ども参加の権利を有する。
4 いかなる子どもも、工場、鉱山または他のいかなる危険な労働においても雇用されない。
5 いかなる子どもも、児童婚、違法な人身取引もしくは誘拐の対象または人質とされない。
6 いかなる子どもも、宗教的または文化的慣習を名目として、軍隊、警察または武装集団において徴募されもしくはいかなる形でも使用されず、ネグレクトもしくは不道徳な使用または身体的、精神的もしくは性的虐待の対象とされず、または他のいかなる手段による搾取も受けない。
7 いかなる子どもも、家庭、学校または他のいかなる場所もしくは状況においても、身体的、精神的または他のいかなる形態の拷問も受けない。
8 すべての子どもは、子どもにやさしい司法に対する権利を有する。
9 よるべのない子ども、孤児、身体的機能障害のある子ども、紛争被害者である子どもおよび脆弱な状況に置かれている子どもは、国による特別な保護および便宜を受ける権利を有する。
10 第4項、第5項、第6項および第7項に違反するいかなる行為も法律により処罰され、かつ、当該行為の被害を受けた子どもは、法律の定めるところにより加害者による賠償を受ける権利を有する。

 なお、日本経済新聞の前掲記事には「世界のおよそ8割の憲法で20年時点、環境権への言及があった」とも書かれていました。この点については、ちょうど最近(4月22日)、国連人権専門家による概説が発表されましたので、Facebookポストを採録しておきます。

★ UN expert publishes User Guide on right to healthy and sustainable environment
https://www.ohchr.org/en/press-releases/2024/04/un-expert-publishes-user-guide-right-healthy-and-sustainable-environment
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 アースデイ の4月22日、国連人権専門家が、健康的かつ持続可能な環境に対する権利についての「ユーザーガイド」を発表しました。↓からPDFをダウンロードできます。
https://www.ohchr.org/sites/default/files/documents/issues/environment/srenvironment/activities/2024-04-22-stm-earth-day-sr-env.pdf

 執筆したのは、清浄、健康的かつ持続可能な環境に対する人権に関する国連特別報告者を務めるデビッド・R・ボイド(David R. Boyd)氏です。憲法・法律・地域条約を通じて健康的な環境に対する権利が法的に承認されている国が国連加盟国の8割を超えている事実(193か国中161か国)および国際的・地域的人権機構の取り組みなどを踏まえ、
「健康的な環境に対する権利はますます慣習国際法の一部だと捉えられるようになっている」(p.8)
 との認識を示しています。そのうえで、各国はこの権利を尊重・保護・充足するためにどのような義務を負うか、変化を加速させるためにこの権利をどのように活用できるかについて、詳しく述べています。

「とくに気候変動に焦点を当てた子どもの権利と環境」に関する国連・子どもの権利委員会の一般的意見26号(2023年)ももちろん参照されていますので、日本語訳をご活用ください。

 noteのマガジン(子どもの権利と環境)も参照。

noteやホームページでの翻訳は、ほぼすべてボランティアでやっています。有用だと感じていただけたら、お気持ちで結構ですのでサポートしていただけると、嬉しく思います。