見出し画像

欧州人権裁判所、子どもの予防接種の義務づけは欧州人権条約違反ではないと判断

 欧州人権裁判所(大法廷)は、2021年4月8日、6人の親がチェコ共和国を相手どって提起した事件(Vavřička and Others v. the Czech Republic)の判決で、子どもの予防接種を親に義務づけることは欧州人権条約に違反しないと初めて判断しました。

★ POLITICO: European court rules compulsory childhood vaccination doesn't violate human rights
https://www.politico.eu/article/childhood-vaccine-human-rights-europe-convention-czech-republic/

 欧州人権裁判所のプレスリリースによれば、事案および判決の概要は次のとおりです(Q&A〔PDF〕および判決全文も公開されています)。

 チェコ共和国では、9つの小児期疾患(ジフテリア、破傷風、百日咳、ヒブ感染症、ポリオ、B型肝炎、はしか、おたふくかぜ、風疹)に対する予防接種が義務づけられています(特定の健康指標を示している子どもについては肺炎球菌感染症も対象)。合理的な理由もなく子どもに予防接種を受けさせない親に対しては罰金が科される場合があり、また未接種の子どもは幼稚園への入園を拒否されることがあります(健康上の理由で予防接種ができない子どもについては例外が認められます)。

 申立人の1人は子どもに予防接種を受けさせなかったという理由で罰金を科され、他の5人は同じ理由で子どもの入園を拒否されました。申立人らはこれを不服とし、このような義務づけは欧州人権条約第8条に違反するなどと主張して欧州人権裁判所に事件を提起したものです。

 裁判所は、次のような理由(要旨)で、チェコ共和国における子どもの予防接種の義務づけは条約第8条(私生活を尊重される権利)に違反しないと認定しました(16対1)。

● 子どもの予防接種に関するチェコ共和国の方針は、健康および他者の権利を保護するという正当な目的を追求するものである。予防接種は、接種を受ける者も、医学的理由から接種を受けることができず集団免疫に頼るしかない者も、いずれも保護することにつながる。また、本件のような文脈においては被申立国に広い裁量(「評価の余地」 margin of appreciation)を認めることが適当である。

● チェコ共和国の予防接種義務は関連の医療当局からも強く支持されている。このような義務づけは、対象疾患から個人および公衆衛生を保護し、子どもの予防接種率が低下傾向に陥らないようにする急迫した社会的必要への、国家当局による回答とも考えられる。

● 子どもに関わるすべての決定では、子どもの最善の利益が何よりも重要である。予防接種との関連では、すべての子どもが、予防接種を通じ、または集団免疫によって、深刻な疾患から守られることを目的としなければならない。したがって、チェコ共和国の保健政策は、その対象である子どもたちの最善の利益に合致したものである。

● 9つの小児期疾患に対する予防接種は、特定の子どもを対象とする肺炎球菌感染症の予防接種と同様に、学界によって有効かつ安全と考えられている。ごくまれに――政府によれば、毎年予防接種を受ける子ども10万人のうち5~6人の割合で――深刻な健康被害が生じることがあり、このような被害を可能なかぎり防止するための対応(禁忌の有無の確認、使用されているワクチンの安全性モニタリングなど)は必要であるが、この点に関してチェコの制度が不十分であったと考える理由はない。

● 比例性の観点から検討すると、申立人の1人に対して科された罰金は、具体的事情に照らせば過度なものではなかった。子どもが幼稚園に入園できなかったことは人格発達の重要な機会を失ったことにつながったものの、入園拒否は懲罰的措置ではなく予防的措置であり、また義務教育である小学校に入学する前の限られた期間のことにすぎない(予防接種を受けたか否かが小学校への入学に影響することはない)。したがって、予防接種の義務づけのためにチェコがとった措置は、正当な目的に対して合理的な比例関係にあったと判断できる。

● 子どもの予防接種を義務としていない欧州諸国もあるが、問題は、チェコにおいてもそのような対応をとりえたのではないかということではなく、この分野で広く認められる「評価の余地」をチェコが踏み越えたか否かということであり、この点、チェコがとってきた措置は「民主的社会において必要」なものであると判断できる。

 なお、判決で参照されている資料によれば、オーストリア、キプロス、デンマーク、エストニア、フィンランド、ドイツ、アイルランド、リトアニア、ルクセンブルク、オランダ、ノルウェー、ポルトガル、スペイン、スウェーデンおよび英国では、子どもの予防接種は義務化されていないとのことです。今回の判決は、予防接種による健康被害等の可能性について適切な対処がなされている、義務違反に対する制裁が過度なものではないなどの条件が満たされれば、効果が立証されている予防接種を義務づけることも欧州人権条約違反にはならないとの判断を示したものと理解できます。

noteやホームページでの翻訳は、ほぼすべてボランティアでやっています。有用だと感じていただけたら、お気持ちで結構ですのでサポートしていただけると、嬉しく思います。