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日本学術会議の会員任命拒否問題と国際人権法における「学問の自由」

 日本学術会議から会員候補として推薦された研究者105人のうち6人が菅義偉首相によって任命を拒否されたことが、学問の自由および独立を侵害するものであるなどとして大きな波紋を呼んでいます。任命拒否の撤回を求めるネット署名への賛同者はすでに12万人を超えました。

 署名の趣旨説明でも述べられているように、また行政法の専門家などからも多くの指摘がなされているように、今回の任命拒否は違法の疑いがきわめて強く、政府から独立した機関に対する恣意的介入であって許されないと考えます。板垣雄三・東大名誉教授(歴史学)が朝日新聞のインタビューで指摘するように、日本の対外イメージをさらに貶めることにもつながりかねません。

 ――人文社会科学系の人たちばかり拒否された。
 ……特徴的ですね。かつて自民党には学術会議廃止論を言う方はいましたが、会員の選任に手を突っ込む首相は皆無でした。政治が学術を支配しようとすれば学術は滅ぶ、というのが世界の常識。表立ってそんなことをしたら世界中から軽蔑される。独裁者の国のアカデミーでも、別の口実でやってきたものです。
 ――今回、首相は「法に基づいて適切に対応した」と言っている。
 「日本はそういう国だったのか」と各国のアカデミーは驚いているでしょう。日本に真の学術はないと首相自ら表明したような結果を生んでしまう。どんな国でも「我が国の学術は独立している」と名誉にかけて言うのが普通です。内向きに平気でこういうことをやっていると、日本はどんどん落ち目になる。
 ――国際的にも注目されるでしょうか。
 そうなります。米国ではいまプリンストン大やコロンビア大の研究者らが「民主主義を擁護するために科学者は立ち上がるべきだ」と声をあげ、有力学者たちが署名しています。日本学術会議の問題は強い関心で眺められているでしょう。
(朝日新聞〈学術会議人事、世界で驚き 元会員「日本の名誉失する」〉10月6日配信)

 このようなことがまかり通るなら、“そもそも日本に独立の公的機関というものが存在し得るのか”という疑問を国際的に抱かれることにもつながるでしょう。日本政府には独立機関の自律性を尊重する意思がなく、尊重する素振りさえ示す気がないということが白日のもとにさらされれば、さまざまな方面に悪影響が及ぶ可能性があります。

国際人権法における学問の自由

 ヒューマンライツ・ナウの声明〈日本学術会議の会員任命拒否は国際人権法違反であり許されない〉でも指摘されているとおり、国連・社会権規約委員会は、学問の自由および高等教育機関の自治を、規約第13条に基づく権利(教育に対する権利)を保障するために不可欠な要素のひとつと位置づけています一般的意見13号、パラ38~49)。

 ユネスコ(国連教育科学文化機関)が1997年に採択した高等教育教員の地位に関する勧告でも、高等教育機関の自律性の重要性が強調されています(とくにパラ17~21)。

 これらの見解は、日本学術会議のような学術機関に対しても当然適用されると言えるでしょう。もちろんこれらの機関にも公的な説明責任が課されますが、だからと言って時の政権による恣意的な介入が許されるわけではありません。

 また、Facebookでとりいそぎ紹介しておきましたが、意見および表現の自由に対する権利の促進および保護に関する国連特別報告者を7月末まで務めたデビッド・ケイ氏*は、今次国連総会(第75会期)に「学問の自由」に焦点を当てた報告書を提出しました(A/75/261、2020年7月28日付)。

* 8月1日からは、かつてアムネスティ・インターナショナルの事務総長も務めたアイリーン・カーン(Irene Khan)氏が意見および表現の自由に対する権利の促進および保護に関する特別報告者を務めています。

 同報告書では、法的枠組みに関する章のなかに〈B.組織的保護および自律〉(Institutional protection and autonomy)という節が設けられており(pp.6-7)、たとえば次のような指摘が行なわれています。

9.学問の自由は、伝統的な国家主体による個人の人権の保護だけに関わるものではない。これらの研究の自由を保障するための組織的保護――それ自体が人権基準に根ざした自律および自治(autonomy and self-governance)――も関わってくる。国家は、情報および考えを求め、受けかつ伝えるための、自由の行使を可能にする全般的環境(a general enabling environment)をつくりだす積極的義務を負う。組織的保護および自律は、自由の行使を可能にするこのような環境の一部をなすものである。

 また、学問の自由に対する制限は (a) 法律適合性(legality)、(b) 正当性(legitimacy)、(c) 必要性および比例性(necessity and proportionality)の基準を満たすものでなければならないことを確認したうえで、
〈学術機関の幹部・教員の選出、任命および解雇への外部による介入は、けっきょくのところ、しばしば学問的でも〔自由権規約〕第10条を踏まえたものでもない理由に基づく、学問の自由に対する制限を構成する〉(パラ39)
 とも指摘しています。

 そして、各国に対して次のような勧告を行なっています。

56.学問の自由に対する国家のアプローチは、民主的社会、個人の自由、人類の進歩および問題解決にとっての、学問的研究、学界および学術関係者の決定的重要性に根ざしたものであるべきである。各国は、学術機関および学界構成者に対する攻撃を行なわないようにし、かつ第三者による攻撃から学術機関および学界構成者を保護する――攻撃から遮断する――ことによって、このような著しい重要性を認めるようにするべきである。このことは、少なくとも次のことを意味する。
(中略)
(e) 大学、研究所および学界を構成するその他の機関の組織的自律を確保すること。……


 菅政権は、このような見解も踏まえ、いまからでも任命拒否を撤回するべきです。

 ちなみに、今回の問題とは関係ありませんが、日本について報告書で次のように書かれていることも紹介しておきます。

49.特定の研究テーマに対する制限は、「図書館へのアクセスの制限、特定のテーマの刊行および当該テーマに関する研究への制限、知的財産上の制限ならびに研究者が国際的に協働する能力への制限」をともなう場合がある。……日本では、歴史的出来事、とくに第2次世界大戦への日本の参加および「慰安婦」問題との関連で、当局が学校教科書の作成に影響力を振るってきた。その影響は、女性の強制連行はなかったという政府の反対意見を示す注釈を挿入することから、「慰安婦」への言及を削除することまで、さまざまである。……

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