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徹底して「権利」という言葉を忌避する自民党横浜市議団「こども・子育て基本条例」素案――その意図は?

 Facebookでは3月13日付の投稿で取り上げたのですが、自民党横浜市議団(よこはま自民党)が「こども・子育て基本条例」素案を発表して市民からの意見を募集しています(~4月14日)。次のページをご参照ください。

-よこはま自民党:(仮称)横浜市こども・子育て基本条例 素案に関する市民の皆様からのご意見を募集いたします
https://jiminyokohama.gr.jp/(仮称)横浜市こども・子育て基本条例素案に関/

 毎日新聞も3月13日配信記事で次のように報じました。

こども基本条例提案へ 自民横浜市議団 意見表明や施策反映 /神奈川
 自民党横浜市議団は12日、市議会に議員提案する「こども・子育て基本条例」案を発表した。子どもに関する施策をまとめた「こども計画」策定を市に義務付ける。他会派にも同調を求めた上で、5月16日開会の第2回定例会で制定を目指す。
(中略)
 自民市議団のプロジェクトチームは「条例制定で(子どもに関する)施策の動きが加速する」と条例化の意義を強調した。自民市議団ホームページなどで4月14日までパブリックコメントを実施する。(後略)

 一見するとよい取り組みのように思えますが、この条例素案には驚くべき特徴があります。子どもの「権利」について一言も触れていない――というより、明らかに意図的に「権利」への言及を避けている――ことです。

 条例素案の構成は次のとおりです。

前文
第1条(目的)
第2条(定義)
第3条(基本理念)
第4条(こどもの意見の尊重等)
第5条(市の責務)
第6条(市民及び事業者の役割)
第7条(育ち学ぶ施設の関係者の役割)
第8条(こども計画等の策定)
第9条(子育て支援)
第10条(こどもの養育)
第11条(広報及び啓発)
第12条(体制の整備)
第13条(財政上の措置)
第14条(市会への報告等)
第15条(主権者教育)

 とりあえず、基本理念と「こどもの意見の尊重等」に関する条文案を見ておきましょう。

(基本理念)
第3条 全てのおとなは、こども基本法(令和4年法律第77号)の精神にのっとり、こどもがその個性と能力を十分に発揮でき、社会を構成する一員として、その年齢及び発達の程度に応じて意見が尊重される環境を整備することが、誰もが未来への希望が持てる活力ある社会を構築するための基盤であるという認識の下、相互に協力してこどもを育む社会の形成に取り組むものとする。

(こどもの意見の尊重等)
第4条 全てのこどもについては、心身の状況、置かれている環境等にかかわらず、その年齢及び発達の程度に応じて、その意見が尊重され、その最善の利益が考慮されるとともに、意見を表明する機会及び多様な社会活動に参画する機会が確保されるものとする。

 その他の条文案を見ても、この条例素案の眼目は、子ども・若者(「心身の発達の過程にある者)に対して意見表明、選択および多様な社会活動への参画の機会を保障しようとするところにあることがうかがえます。▽育ち学ぶ施設の関係者に対し、「こどもが社会を構成する一員であることを認識し、その年齢及び発達の程度に応じて、その意見及び提案を実現するために必要な環境の整備に努める」よう求めていること(第7条)、▽市長に対し、「こども・子育てに関する施策へのこどもの意見の反映の状況等」に関する市会への報告および公表を義務づけていること(第14条)なども、注目できる点ではあります。

 問題は、このような施策が権利の視点に裏打ちされていないこと、さらに言えば権利の視点をあえて排除しようとする姿勢が透けて見えることです。

 第3条を見ればわかるように、条例素案では、こども基本法への言及はあっても国連・子どもの権利条約には触れられていません。それどころか、前述のとおり、条例素案全体を通じて子どもの「権利」への言及は徹底して避けられています。「全てのこどもが、心身の状況、置かれている環境等にかかわらず、それぞれの幸せを実感できる社会を実現するためには……」という前文の文言はこども基本法第1条の目的規定を念頭に置いたものと思われますが、同条にある「その〔こどもの〕権利の擁護が図られ」という言葉はカットされています

 ついでながら、こども基本法第1条では子どもが「将来にわたって幸福な生活を送ることができる社会」の実現が目指されているのに対し、自民党横浜市議団の条例素案では「それぞれの幸せを実感できる社会」という言葉が用いられており、施策の対象が主観的ウェルビーイングに限定されているように見えるのも気になるところです。

 条例素案が「権利」という言葉をいかに意図的に忌避しようとしているかについては、たとえば広報・啓発に関する次の規定を見るとわかりやすいでしょう(太字は引用者=平野)。

(広報及び啓発)
第11条 市は、こどもに対し、その年齢及び発達の程度に応じて、自らが社会を構成する一員であること等について広報及び啓発に努めるものとする。
2 市は、こどもの最善の利益が考慮されること等について市民、事業者及び育ち学ぶ施設の関係者の理解を深めるため、広報及び啓発に努めるものとする。

 こども大綱(2023年12月22日閣議決定)は、こども施策に関する基本的な方針の最初に「こども・若者を権利の主体として認識し、その 多様な 人格・個性を尊重し、権利を保障し、こども・若者の今とこれからの最善の利益を図る」ことを掲げるとともに、「ライフステージを通した重要事項」の筆頭に「こども・若者が権利の主体であることの社会全体での共有等」を挙げて次のように述べています。

(1)こども・若者が権利の主体であることの社会全体での共有等
 全てのこども・若者に対して、こども基本法の趣旨や内容について理解を深めるための情報提供や啓発を行うとともに、こどもの権利条約の認知度を把握しつつその趣旨や内容についての普及啓発に民間団体等と連携して取り組むことにより、自らが権利の主体であることを広く周知する。こどもの教育、養育の場において こどもが自らの権利について学び、自らを守る方法や、困難を抱える時に助けを求め、回復する方法を学べるよう、こどもの権利に関する理解促進や人権教育を推進する。
 ……こどもの権利侵害を許さないという意識を社会に浸透させるとともに、困難を抱えながらもSOSを発信できていないこども・若者にアウトリーチするため、こども・若者やこども・若者に関わり得る全てのおとなを対象に、人権に対する理解を深め人権尊重の意識を高める人権啓発活動を推進する。
 保護者や教職員、幼児教育・保育や青少年教育に携わる者などこどもや若者の健やかな育ちや子育て当事者の支援に携わるおとなへの情報提供や研修等を推進し、また、広く社会に対して も、こども基本法やこどもの権利条約の趣旨や内容について広く情報発信を行うことにより、こども・若者が権利の主体であることを広く社会全体に周知する。(後略)

 ところが、自民党横浜市議団による条例素案では、子ども・若者に対しては主に「自らが社会を構成する一員であること等」について、市民その他の大人に対しては主に「こどもの最善の利益が考慮されること等」について広報・啓発に努めるというのです。こども大綱にはるかに及ばないどころか、こども大綱に逆行するするような書き方です(そもそも、子どもの権利を踏まえることなく子どもの最善の利益を考慮することなどできません)。

 さらに、主権者教育についての条文案(第15条)には、「市は、こどもの年齢及び発達の程度に応じて、市政及び二元代表制における市会の役割等に対するこどもの理解と関心を深める主権者教育を推進するものとする」と書かれています。これも、主権者教育の内容をずいぶん狭く捉えた条文案だという印象を受けます。ちなみにこども大綱では、
「こども・若者が社会の中で自立し、他者と連携・協働しながら、社会を生き抜き、地域の課題解決を社会の構成員として主体的に担う力を発達の程度等に応じて身に付けることができるよう、主権者教育を推進する」
 と書かれています(p.28)。

 条例素案では、こども大綱を勘案して策定されるべき市町村こども計画(こども基本法第10条第2項)およびその他の子ども・子育て施策は「この条例を踏まえて策定する」ものとされています(第8条)。広報・啓発に関する条文案(第11条)を含め、子どもの「権利」という言葉および考え方を徹底的に忌避しようとするこの条例素案を見ると、その狙いはこども基本法およびこども大綱の積極的実施を阻害しようとするところにあるのではないかという疑念がわいてきます。

 神奈川県には、子どもの権利に関する全国初の総合条例として前掲毎日新聞の記事でも紹介されている川崎市子どもの権利に関する条例(2001年施行)のほか、相模原市子どもの権利条例(2015年施行)や横須賀市子どもの権利を守る条例(2022年施行)があります(子どもの権利条約総合研究所〈子どもの権利に関する総合条例一覧〉〔PDF〕参照)。

 このようななか、しかもこども基本法が施行された後に、子どもの「権利」をあえて無視するかのような「こども・子育て基本条例」を横浜市が制定するというのでは、子ども・若者に対する横浜市会の誠実さが疑われることになるでしょう。条例素案については、子どもたちの意見も聴きながら根本的に考え直す必要があると思います。

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