大量のハンカチ

まだ、渋谷の東横線がホームに何本も乗り入れていた、あの頃。私は渋谷から帰宅するため、電車に乗り込んだ。その時、目の前に立っていた中年の男性が、突然現れた若者に殴られた。流血。若者はすぐいなくなり、中年男性はすごい形相ですぐさま追いかける。ドラマの一駒の様な一瞬の事件。

しばらくすると中年男性が鼻を押さえながら戻ってきた。逃げられたのだ。事の成り行きを知っている乗客である私たちは何故か目撃者として彼を見守る。彼の鼻は血でまみれ見かねた乗客の一人がハンカチを差し出した。その瞬間に次々とハンカチが彼の目の前に差し出された。大量のハンカチ。

何があったのか。何故殴られたのか。しかし、彼は今、弱っている。殴られたショックと鼻の痛み。彼は私の横に力なく座った。私はというと鼻血が止まる方法を彼に教えていた。乗客は彼を見守り、傷ついた人を助けるという、何故かわからない連帯感が生まれていた。

捨てたものじゃない。都会もね。

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