のり巻きとお味噌汁

出勤の朝。バスで駅に着いたら、娘が不安そうに駅前に、佇んでいた。私が近づくと泣き崩れて、立っているのがやっとだった。

タクシーを見つけ、すぐに彼女を連れて自宅に戻った。車内では声を出して泣いていた。私はただ彼女の肩を抱いて、そっと腕をさする。泣く事は、回復への助走であることを、私は知っていた。

家に着き、まずはお風呂をいれ、小さなキャンドルに火を灯した。暖かいお湯が彼女を優しく包むだろうと。

次は食事の準備。あり合わせで、のり巻きとほうれん草の胡麻和えを手早く作る。お豆腐があったので、合わせ味噌に、小葱をちらし、ほっこりとした暖かいお味噌汁を作った。

長いお風呂からあがった彼女は、随分とやせた身体に、私の部屋着を滑らせ、いっそう小さく見えた。

のり巻きとお味噌汁。あまり食欲はなさそうだったが、お風呂が幾分、彼女を和らげたのか、少しずつ笑顔が戻ってくるのが、伝わってくる。彼女の心が揉みほぐされて行く様だった。

庭には優しい日が射していた。彼女は出窓に、子猫の様に身体をちじめて、ちょこんと膝を抱え、日向ぼっこをしていた。あまりに可愛くて、私が思わず笑った。彼女もつられて笑っていた。

それから、私達は、小さな庭に椅子を置き、彼女の好きなコーヒーを傾けながら、ぼそぼそと話した。野鳥の声とゆっくりとした時間が私たちを包んでくれていた。

漫画家の彼女は、締め切りに追われて走り続け、たまにこうして、私にSOSを送ってくるのだった。

今、娘達が帰ってくる場所があることの大切さを想った。過去に余裕がなく、彼女達を抱きしめることができなかった分、時間が私を、本当に大切なものへと導いてくれていた、

人に認められる前に、身近な大切な人を大事にする。そんなシンプルなことが仕事に没頭していた、あの頃の私から抜け落ちていた。

少しずつ笑顔を取り戻していく彼女を見ていると、自分の中の母性の不思議な力に気づく。私もまた、母親であること。彼女達の力になれる喜びが、残されていることに。







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