カクテル屋

最終バスに乗りそびれた夜。8年ぶりにその店に入った。男前のマスターが変わらず、ひき締まった顔つきで、暖かく、迎えてくれた。しかし、女子一人でバーにはいるのは少し勇気がいる。けれど、マスターは、私のことを覚えてくれていた。あの頃と全く変わらないまなざし。そのもてなしの流儀ともいえる、プロの仕事ぶりに、毎回本当に、心うたれていたのだった。

26才の時に独立して、お店を立ち上げたと。それから30年。変わらず、貫いてきた想いとはどんなものだろう。店内に少し気持ちのよい緊張感があって、小さめのBGMが心地よく流れていた。

独立して3年はとにかくなんでもやってみるといいと、マスター。ちょっとしたライブがお店の角で開かれていたことを、思い出し聞いてみた。今はやらないと。今はいろいろなことがそぎ落とされて、シンプルにシンプルに。

また来たくなる想いが生まれる場所。ふらっと立ち寄れる、大人の寄り道。まるで止まり木の様に、その店は変わらずにそこに、佇んでいた。

深夜バスに間に合う様に、早めにお会計を済ませ、お店をあとにした。振り返ると、マスターが深々と頭を下げて、見送ってくれた。学生の多いこの町だけれど、この店には、ゆっくりと優しい時間が流れていた。

マスター。また来ますね。今度も、きっと最終バスに乗りそびれるにちがいないから。



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