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『冬虫夏草』と『野鳩』のスープ・・・善家繁が織り成す中国料理の世界。

 或る日、東京より可成のグルメ通が熊本にやってくると言う。そこで、「四川料理 桃花源の個室にて会食をしたいが、全体メニューのコーディネートを願えないか?」と打診があった。

 四川料理 桃花源(熊本ホテルキャッスル)では、国内最後と言われる『満漢全席』を主催した筆者なので、ドン♪とお任せあれである。しかし、要人ともなれば、意表を突くようなものを模索し、同ホテルと入念な打ち合わせが必要となる。

 今回は、その要人の方との会食メニューの中でサーブされた、善家繁作(前熊本ホテルキャッスル総料理長兼常務取締役、二代目桃花源料理長)の『冬虫夏草と野鳩のスープ』をご紹介したい。

 写真下のように、絢爛豪華な器がテーブルに運ばれてきた。ギャルソンが静かに蓋を開けると、一体の『野鳩』の姿と何やら虫のようなものがトッピングされている。勿論、筆者は知っているが、要人の方はそのスープの中を覗いて、少々、引き気味であったことを思い出す。

 このスープに使用されているのは、世界に二百種と言われる『冬虫夏草』の中でも、最高級とされる『チベット産コウモリ蛾の冬虫夏草』であり、中国などでは漢方薬としても重宝されている。

 現在は、この最高級のものは殆ど入手不可となっているが、お値段のほどは、数本買っても数万円は下らない。多分、1キロあたり百数十万円するのではなかろうか。シラスウナギが高騰した頃の値段と同じくらいである。

 要人の方は、何ともグロテスクな『野鳩』よりも、その上に添えられた『冬虫夏草』が気になっているに違いない。勿論、これはスープのみを楽しみ、『鳩肉』や『冬虫夏草』を食べるのが目的ではない。

 しかし、後学のために『冬虫夏草』の食感と味を確かめることになり、テーブルにつく一人一人へ『冬虫夏草』を小皿に取って配ったのである。個室内が、水を打ったように静かになった。

 食感はコリコリしてて無味。虫の形をしているが、これは『菌』なので、虫とは全く異なり、細い牛蒡を食している感じと良く似ている。隣で食している要人の方を見ると、箸で『冬虫夏草』を挟んだままであった。

 多分、虫が苦手だろうと思いつつ、「どうぞ、一口!」と勧めると、口の手前数センチのところまで箸先が近づくが、やはり、ご無理のようだ。結局、要人の方の試食は何度かトライしつつも、断念することに。

 これも一つのグルメ通には話題となる、世にも不思議なレアな料理である。筆者は以前から数えれば三度目の『冬虫夏草』のスープであったが、この器に入ったものは、通常価格は当時5万円以上。よって、一人前1万円以上のスープとなる訳だ。お味のほどは、帝国ホテルの伝統的なコンソメスープにも勝るとも劣らぬ美味さである。

 何はともあれ、善家繁氏のサプライズは、毎回驚きもあり、楽しくもあり、記憶に刻まれるものばかりである。『日本中国料理協会』の技術顧問を務めるほどの正統派凄腕料理人であったが、勿体ない話だが、昨年の6月末で現役を退かれてしまった。

 最後に、要人の方の感想は、「全てが素晴らしくレアな料理に感服致しました!」との喜びの弁であったので、コーディネート成功である。全てに善家繁氏のお陰だが、長年にわたる互いの信頼関係の賜物であると言える。

 因みに、これを機会に要人の方とは『グルメ友達』となり、コロナ禍前までは、月に一度は、東京、熊本で『二人グルメ会』を催すようになった。有り難いことである。勿論、『大人の割り勘』にて!(時にはジャンケンで勝ったり負けたり)

冬虫夏草と野鳩
善家繁氏(右)と筆者
四川料理 桃花源の個室にて

▼熊本ホテルキャッスル 四川料理 桃花源

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