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赤い服の女

2020年11月のある日
ちかみつは肥後橋アワーズルームにいた

その日
アワーズルームでは
怪談王関西予選が開催されていて
控室には錚々たる出演者が所狭しと座っていた

ちかみつインスタ13

怪談素人のちかみつが
奇跡的にその場に居合わせたのは
怪談らしい話でなかったにも関わらず
動画予選で“いいね”を押してくださった
視聴者の皆さまのおかげであった

くじ引きの順番で
一人また一人と話をしては控室に戻ってくる
静かな控室に登壇者の声が響く

出演者の一人であるSさんが控え室に帰ってきた
何やら様子がおかしい
「あ!いかん!肩になにかおるかも!」

「怪談話をするといつもこんな風になるんや」
とSさんを急激に不快感が襲い始めた!
そのとき一人の女性がSさんに話しかけた

ちかみつの右隣には
真っ黒な僧侶の衣に身を包んだ
住職の資格を持つ女性が座っていた

肩に不快感を抱えたSさんに
その女性は話しかけ
座ったままお祓いを始めた

その場に居合わせた皆が
緊迫した面持ちでその成り行きを見守っている

黒い衣装の女性は
密教の行者のように手で印を組みながら
Sさんのお祓いを完了した
「もう大丈夫ですよ!」

ちかみつインスタ13 (1)

すぐにその効果はみられた
Sさんの体感は落ち着き
肩の違和感も取り除かれた様子だ

一部始終を横で見ていたちかみつは内心驚いた
黒い衣装の女性が
しっかりとしたお祓いの力を持ち
除霊の技術を確立していることに!

まもなく順番は回り
ちかみつの出番となった
タイトルは「赤い服の女」

ちかみつの家に
幽霊が訪問するのは日常茶飯事
年月をかけて時々何度か現れる幽霊の中に
全身赤のワンピースに身を包んだ女性がいる

それは何年も前のこと
夜明けのまどろみの中
はじめて「赤い服の女」が現れた

ちかみつインスタ13 (2)

彼女は廊下に立ち
薄っすらと笑みを浮かべこちらを見ていた
しかし特に何をするわけでもなく消えていく…

その後も何度か訪れている気配もあったが
気にかけることもなくなった
いったい誰だったのだろう?
という浅い印象しかなかった

そして再びそのときが来た!

ちかみつはステージ上にいた
Sさんのように幽霊の話をすると
霊を呼ぶケースは少なくない

そんなことはすっかり忘れ
時折現れる「赤い服の女」について話し始めた

怪談話が繰り広げられる
アワーズルームは
ちかみつミーティングの空気感とはまた感じが違う
参加者はその感触に覚えがあるかもしれない

「赤い服の女」
それはある休日の朝
いつもよりゆっくり寝ていたちかみつが気づくと
真上に彼女がまたがっていた
今回はいつになく近い!

そして
右手でちかみつの胸のあたりを右方向に引っ搔いた!
「今!何をした?」
全く意味がわからない
突然の出現
息をつく間のないその展開

彼女が久しぶりに現れたそんな話をステージで披露していた
まさにその瞬間!
それは虚空を切り裂き突然現れた

怪談話でおどろおどろしくなっている空気感に
一気に冷ややかさが混ざり始めた
それは足元からだんだんと冷え込むような体感

怪談話とはまた違う違和感があった
ハッと気づくと
ちかみつの斜め左前のステージ上には
当の本人である「赤い服の女」が姿を現していたのである

ちかみつインスタ13 (3)

そしてぎょろりと会場を見渡し始めた

ちかみつは感じた
これは大丈夫な状況なのだろうか?
アワーズルームのステージ上には
すでに「赤い服の女」の霊がいる!

これはきっと緊急事態であるのだろう!
聴衆の皆も無防備に違いない
会場の誰も気づいていないのかな?
控え室には黒い衣装の女性がいる
どうか助けてほしいな!
でもまだ気づいていないみたいだ

怪談話の途中だったが
そこに霊が現れてしまったことをちかみつは話し始めた

想定外の話の展開にもう会場はついてきていない
静かな無音のどよめきと共に困惑感が極まった

そんな雰囲気の中
赤い服の女に名前を尋ねた
彼女は「きりみ」と答えた

「きりみさんと言うのですね!」
この女の霊とちかみつとの会話は成り立ったのだろうか?
良い霊なのだろうか!

安堵したそのとき
女の霊は突然叫んだ
「切り身にしてやる!」
そのまま女の霊は会場の中に飛び込んで姿を消した
まもなくして
ちかみつの終了時間がきてしまった

「会場の方に女性の霊が入っていってしまったので
皆さま気をつけてくださいね!
霊はそっちに行ってしまいましたよ!」と言うと
ちかみつは控室に戻った

少し会場が心配である
誰かに被害はないだろうか
次から次へと怪談話は繰り広げられていく
皆それに夢中で赤い服の女のことは忘れかけていた

そして怪談王関西予選は無事に幕を閉じ
お客さまも帰られた片付けの時間となった頃
黒い衣装の女性がちかみつに問いかけた

「赤い服の女はどこに行ったの?」

ちかみつもそのことは気になっており
後片付けには集中せず赤い女を探した

会場にまだ並べられている椅子に向かい空間識別スキャン!

ステージから見て
左から3番目 前から6番目の椅子
そこに座っていた人と一緒に
赤い服の女はすでに退出してしまっている

ちかみつは呼びかけた
「みなさま!ここに座っていた人を誰か知りませんか?」

すると近くにいたSさんが振り返った
「そこにはF夫妻の奥さんがいたで!ちょっと連絡してみるわ!」

Sさんは速やかに携帯電話を取り出した
「もしもし今どこ?近くにいてる?あんな、帰ってこれる?
そう!アワーズルームや!はよきて!」

携帯電話を切ったSさん
「すぐ引き返してくるで!」

Sさんの的確な実務連絡
情報伝達の正確性に感謝しつつ
一方で黒い衣装の女性は
Sさんのその言葉に目線で静かに返事をした
表情には何かの覚悟が滲んでいる

そしてアワールルームのドアがゆっくりと開いた!

そこには落ち着いた気品ある女性が立っている

Sさんはポケットから再度携帯電話を取り出した
今から始まる光景を動画記録に確実に残すつもりのようだ!

黒い衣装の女性がF夫人を会場真ん中の椅子に座らせた

シンデレラエクスプレスのW氏 竹内氏 オオトリーヌ氏も
その様子を見守っている
いったい何が始まるのだろう…

F夫人の正面に向かって
15度ほど斜めに立った黒い衣装の女性は
自分の両手をゆっくりと近づけ印を組んだ
これは密教のスタイルに違いない!
オンバサラサンザンサクソワカ!
ソバサンマイネギタリンオカワリソワカ!

そして黒い衣装の女性は言った
「赤い服の女性がいる!
長い髪は縮れたソバージュのようで服は上下とも赤い!
この者をF夫人から離さなければ!」

そう言うと
黒い衣装の女性はちかみつを振り返った

その目線に観察を続けていたちかみつは
小声で女性に囁いた

「キャプテン!ヨーラップ!
( Captain! You're up! )
あなたの出番がきました!」

少なくともこの流れをもって 
ちかみつは
黒い衣装の女性をキャプテン(主)として
自分は指示を仰ぎ(従)
従う連携の準備があることを表明した

そう
いつの時代も
共に戦う仲間との連携は大切な要素

即座に
容赦ない真剣な真言が
アワーズルームの客席中央あたりに響き渡った!
「オンバサラソワカニサンザンサクソワカ!
オンバサラキノサキカニカイキンナノニマダタベレテナイソワカ!」

ちかみつインスタ13 (4)

明瞭な真言の呪言とともに
巨大な赤いハサミのような
プラズマのツメが空間に現れ
赤い服の女を切り掠(かす)めた
「あ!これで赤い女性は外れたかも…」
黒い衣装の女性は余裕の雰囲気で
任務が終了したことを仄(ほの)めかした

ちかみつは即座に無表情で考えた!
一瞬すぎる!分析急げ!慌てるな!
外れた?それは術が外れた?
頭がついていかない!
あるいは赤い服の女性がF夫人から外れた?

どちらにせよ
この女性はどうやら呪術師のようである
ちかみつは再び内心びっくりしていた
退魔の技を目の前で確認できる機会は
これまでも滅多になかったからである

キャプテンはちかみつに囁いた
「もう大丈夫だと思うわ!」

ちかみつは促されてスキャンした
F夫人の周りには呪怨の気配がすでにない
「あ!本当だ!さすがキャプテン!」

ちかみつは安堵に胸をなでおろしながらも
生来の悲観的な性格のため
一応最悪の事態も気にしていた
これで終わったのだろうか?
一応確認しておかないといけない

「スキャン!空間識別!」
観察し続けていたちかみつは
突如身震いするような寒気を感じて
小声でキャプテンに囁いた
「ト…トイレに凄い違和感が!キャプテン!」

ちかみつは再び
黒い衣装の女性をキャプテン(主)として
自分は指示を仰ぎ(従)
従う連携の準備があることを再表明した

そう!たとえ戦場がトイレでも
文句を言わず
共に戦う仲間との連携は大切な要素

一部始終の様子を見ていたSさんが
獲物を狙うハンターのように息を殺し
スマホを構え
テキパキと録画し始めた
さすがSさん!身のこなしが素早い!

トイレの引き戸を開け
中へ押し入るように入ったキャプテンは
さらに奥のドアを開いてみた
大きなキャプテンの声がアワーズルーム中に響き渡った!

「ここにいる!こっちをものすごく睨んでるわ!」
緊迫感のこもる声がアワーズルーム中に響いた

ちかみつは
今回はキャプテンが振り返るよりも先に囁いてみた
「キャプテンの出番です!
怖くてぼく…やっぱり無理!」

「また私がやってしまっていいのかしら?
かなり怖い顔してるんだけど…女の霊!」
そう答えるキャプテンの顔に前回の余裕はもうなかった
キャプテンは腰をゆっくり落としながら
右足をわずかに引いて印を構えた

即座に再び
キャプテンの荘厳かつストイックな真言が
客観的にはトイレに向かって放たれた
「リョウイキテンカイボタモチユウリョウ」
「ノウボウボタナンスコシオナカモヘッテキテマスヨソワカ」

繰り出される術は
そのときの呪術師のコンディションに左右されてしまう
閃光と共に
プラズマの牡丹餅(ぼたもち)がトイレの天井から
無数の霰(あられ)となって赤い女に降り注いだ!

もう心配することはないだろう
赤い女の身体に次々と穴が開いていく
「キャプテン!本当にお疲れさまでした!
たいへんお世話になりました。
全部ぼくが悪かったんです。本当にごめんなさい…」

謝るちかみつにキャプテンは優しく答えた
「いえ!いいのよ。こんなことはお互いさまだから!」

役目を終えてトイレから出てきているはずの
キャプテンがなぜかその場にいなかった

「キャプテン!お片付けの時間ですよ。現実に戻りましょう。」
キャプテンを探すと
先程の位置から移動することなく
そのままじっとトイレの方を凝視しながら立ち尽くしていた!

「こっちを滅茶苦茶睨んでる!
これはね~!はい、選手交代ね!あとは頼みます!」
黒い風の塊が転がり出るように
キャプテンはそそくさとトイレから出てきた

「牡丹餅は甘いけど
奈良のコロモチは塩味で美味しい」
ちかみつは一瞬そう考えたが
はっと我に返ると即座に念じた
「ジュツシキテンカイ ハジケルスイセンベンジョ」

すると
赤い服の女の現在地が
はるか四国の田舎に位置する鬱蒼たる竹藪となった
か細い潺(せせらぎ)もある

ちかみつインスタ14 (1)

「もう赤い人いないかな!確認しないと!」
ちかみつがそう言うと
キャプテンはずいぶん軽い足取りで再びトイレの奥のドアを開いた

緊迫感のこもる大きな叫び声がアワーズルーム中に響いた
「別の霊が…下にうつむいているわ!
赤い服じゃない霊がいる」

つまり当初
赤い服の女が隠れたトイレには
すでに別の霊がいたことになる!
そこへ赤い服の女が入り
重なっていたのであった!

アワーズルームの管理人であるオオトリーヌ氏の声が響き渡った!
「え~皆さん!忘れ物はないですか?
たいへんお疲れさまでした!本日もありがとうございました
お気をつけてお帰りくださいね」

キャプテンはことの次第をオオトリーヌ氏に伝えた
「実はまだ…トイレに霊が居てはります!」

オオトリーヌ氏は苦笑いを浮かべ
「いやいや そんなん言うたらあきません!
それって営業妨害になりますやん!(笑)
来るわ~!来るわ~!と言うてもう一年経ちますけどね
トイレに霊がいらっしゃる!?ははは!」

間髪入れずにオオトリーヌ氏は続けた
「そんな新しい心霊スポットが誕生してしまうわけですか!
それって有り難くも何ともありませんで!
いや~この展開は
ここを新しい震源地にしようというあなたの陰謀ですか!?
あなた!『となりの陰謀ちゃん』チャンネル登録してます~?!
帰ったら登録してくださいね~!」

オオトリーヌ氏の軽快なトークに酔いしれながら
アワーズルームを後にしたキャプテンとちかみつは爽快に歩き
肥後橋の交差点で別れを告げた
「それではキャプテンお元気で!」
「ちかみつさん
またお会いできたら良いですね!」

ちかみつはあとからふと気づいた…
そういえばトイレに始めからいた霊…
陰謀キングことオオトリーヌ氏の喋りにより
そのまま忘れ去られてしまっている!

ここから事態の展開は組み変わることになる
おそらくお客さま自らが立ち向かい
追体験できるアトラクションの流れとなった!

しかし恐れることは何もない!
オオトリーヌ氏が優しい眼差しで
あなたのトイレ休憩を見守っている!
また会場には沢山の仲間もいる
アワーズルームのトイレに堂々と入ろう!
「大丈夫!
背筋の凍る時間はほんの3分だけだよ」って


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