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カタカムナ第40首

カムナガラ トヨウケヒメヌ イカヅチヒビキ マノネカタカムナ イハサクネサク イハツツヲ マリツラネ ミカヒハヤビヌ タケイカツチ タケフツノムスビ

ここは、電気素量と正孔というところなのですが、正孔は原子核と同じで、女性が正孔と言われていますが、現実に見た人は両方とも居ないのですね。原子核が無かったら、絶対こういう動きはしないとここに中心となる物体があるんだという判定の元に原子核という名前を付けているのですが、未だどの学者も物体として見たことがないのが原子核。それと同じように正孔も見ていない。だけどそれはあるはず。無かったら今の電気の動きがおかしい。電気の動きとか計算して、色々なものを計算して正孔があるとして計算しなければ正解にならない。だから必ずあるはずですが、まだ今の物理学では見えていません。それが原子核、正孔です。


カムナガラ
潜象カムの関わりの悟りですが、

トヨウケヒメヌ
あらゆるものは統合重合によって四相を持ち、界面で変化性、方向性を持って、根源の芽を秘め持つが、潜象です。

イカヅチヒビキ
イカツの電気粒子の持続は、ヒビキという空気中にある音の波動となり、

マノネカタカムナ
現象に変遷する根本の原因は、カタカムナのチカラです。

イハサクネサク
イハは最初の生命粒子のイであり、ハは正反に突っ張っている姿であり、サはそこに差があり、そこに根本の根っこがあります。裂かれて分かれて、違うものになっていくからです。生命粒子の正反はそれぞれに一個ずつ六方界から来るのですよ。電気素量と正反の動きの素量について述べていますを

マリツラネ
マとはマリのもう一つ小さい、ヒが生命のスタート、その次がアマ始元量。これは物体を作る根源のチカラの一番小さい粒子です。ウの界面を出てくるところの瞬間です。アマハヤミのスピードなので誰も見ることができない。だからカムナガラと念を押しています。イとヒは両方重なったものですから非常に分けにくい。マリは粒子、クニよりももう一回り大きくなったらマリですが、どちらも粒子と訳しています。ツラネは連なるの連ねです。マリが連なって、その根っこにある、そこに隠されているチカラなのです。

ミカヒハヤビヌ
生命の実体のチカラの根源が正反の極限まで進行する根源は、潜象のチカラであり、現象ではありません。

タケイカツチ
独立的に変化発生して、(イカツは、電気粒子のことです。)イカツとなって持続します。

タケフツノムスビ
そのことを独立的に変化発生して、二つがそれぞれ変遷して根源がヒから進行する六方体となって、立方体として本当のクニよりももっと大きい形として完全に単細胞でなく、それぞれの進んでいく方向を決めて物体となって自分の進んでいく方向を分かっていて増殖していくとき、タケフツノムスビと言います。

天野成美先生は、その他ここで大切なお話をなさいました。

とても遠回りかも知れませんが、潜象を感受するのはとても難しいのですが、大地を裸足で歩くとか、木に抱きつくとか、星を眺めるとか、もし分からないことがあれば、自然の中に戻れというのがカタカムナです。なぜなら自然はマノスベシ。自然は与えられたもの、自然の中に、自然の方に寄り添って生きることが大事。
人はサヌキ脳が多くなりすぎた。欲望、知識によって。詰め込み学習が最もアワ脳を減らし、感じるということを忘れ、考える方に頭がいく。そうすればするほど直感が必要無くなってくる。一番大きな問題が食糧があることです。カタカムナ人は空気や潜象界からエネルギーを取ることができましたので、かなり食事の分量が少なかったと思います。だけど、これだけ物が余ってくると、食糧を探す心配がゼロとなる。そうするとその能力が退化していきます。人間が人間として生きていくためには、美の探求とか、命を作ることは人間にしかできない。これが人間脳の特徴です。しかし、それがあまりにも進み過ぎてしまったために、感覚を鋭くして生活する必要がなくなって、生物脳がどんどん小さくなっていってしまった。

詰め込み教育が、人間をカタカムナとは真逆の方向へ進ませていくなんて驚きです。私は大学進学を目指している高校生を支援する仕事に携わっていますので、何とも言えない気持ちになりました😢

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