見出し画像

バナナシェイクとスターウォーズ

もう四十年近く昔の話である。
ぼくが小学生だった頃の話である。
 
この世にスターウォーズというすごい映画があるという。光速で戦うんだぜ、と同級生が興奮気味に語ってくれたのを覚えている。それは少し間違った捉え方だったけれども、ぼくの興味を引きつけるには十分すぎるほどのインパクトを備えていた。
 
その時分でさえ、スターウォーズはすでに何年も前の映画だったから、どうしたら観られるのかわからなかった。観られないことが余計好奇心をふくらませた。
 
「スターウォーズならうちにあるよ」
うちに飲みに来ていた父の友人が出し抜けにそう言った。
「うちにあるよ。レーザーディスクであるよ。観に来たらいいよ」
 
そのひとのうちには子どもがなくてDINKSを謳歌していた。36インチのブラウン管テレビにドルビープロロジックのAVアンプがつないであって、サラウンドスピーカーまであった。その頃の我が家と言えば、レーザーディスクはおろかVHSのビデオデッキすらなかったし、テレビはモノラル音声の家具調テレビだった。
 
ぼくは姉と連れ立って午前中からお宅に伺って、巨大なテレビの前に陣取った。おじさんがこれまた巨大な円盤を取り出してプレーヤーにセットする。虹色に輝くレーザーディスクをぼくはほれぼれと見つめていた。
 
シュルシュルシュルっと円盤が回転する音が聞こえ、やがて映像が映った。20世紀FOX の古めかしいファンファーレのあとにくる束の間の静寂。そして、ジャーンッ!!
 
エピソードIVが終われば、V、そしてVIと続けて観た。3本観終わったころには日が傾きかけていた。姉は途中で飽きていたみたいだが、次々に運ばれてくるケーキやバナナシェイクやピザやその他いろいろの華やかな食べ物に夢中になっていた。ぼくもこのときバナナシェイクなるものを生まれて初めて飲んだ。バナナというのはそのままかじるだけのものではなかった!
 
それからぼくは一人でおじさん宅に通うようになった。スターウォーズは何度観ても新鮮で、まったく飽きるということがなかった。そんなに行ったらご迷惑なんじゃないと母が言ったが、またおいでと言ったからとぼくは通うのをやめなかった。そのくらい通い詰めていたのである。
中学生になって、ぼくは念願だったレーザーディスクプレーヤーを買った。当時は親戚づきあいが濃く、お年玉を合計すると10万を超えたのである。テレビも家具調テレビからステレオスピーカーのついた21インチのテレビに替わっていて、自宅でも映画を楽しめる環境ができていた。
 
「これはキミにあげるよ」
 
おじさんは大きな袋をぼくに手渡した。ぼくは見るまでもなく中身が想像できた。取り出してみればはたしてスターウォーズのレーザーディスクだった。
 
ぼくはスターウォーズを何度も何度も何度も観た。バナナシェイクが出てこないのは寂しかったけど、自宅で好きなだけ観られる喜びは何事にも代えがたいことだった。
 
しばらくしておじさんはがんになってあっけなくこの世を去ってしまった。もう幾日もないというときに病院にお見舞いに行った。どういう顔をしていいのかわからなかったのをよく覚えている。
 
お前はいい形見をもらったね、と父が言った。おじさんは父の親友だった。
 
もう再生するプレーヤーはないけれど、スターウォーズのレーザーディスクは今も手元に残っている。

もしよろしければサポートをお願いいたします!サポート費は今後の活動費として役立てたいと思います。