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実家に戻ってきて4日目。前日に葬儀を終え、ここからはいろいろな手続き関係を行う番だ。と言っても、そういうのは姉がぜんぶやってくれるらしい。オレもやる気はあるのだが、あまり姉が手を出させてくれない雰囲気なので任せることにした。

その代わり、と言ってはなんだが。今日は1つ大事な任務がある。警察への確認作業だ。目的は母の付けていた指輪探し。

一昨日ぐらいに姉が気付いた。
「あれ、お母さんの指輪がない」
と。

どうやら肌身離さず大切にしていたもののようだ。入浴介助をしていた姉は、母がお風呂でもこの指輪を外さずにつけているのを、見るともなく見て覚えていた。そして、母は3日前の朝、風呂場でひとりで亡くっていたのだ。

状況からすると、母は指輪をつけたまま亡くなっていた、と考えるのが自然であろう。しかし、どこにも指輪は残っていなかった。検視で浴室内や母の体を調べていた警察は、母が装着していた別のあるものを外して、小さな透明のビニール袋に入れて渡してくれていた。その、あるものとは入れ歯だった。それほど隅々まで確認しているのだから、指輪を見落とすとは考えにくい。ただ警察から預かったのはその入れ歯だけだった。

姉は、まだ母の指にはまったままなのだろうか、と考え、昨日葬儀が始まる前に、棺の中の母を確認させてもらうようお願いした。しかし、やはり指輪はなかった。湯灌を担当してくれた方の証言も同じだった。その時点では何もついてなかったそうだ。

何かの拍子に母の指からするりと抜け落ち、浴室に転がっているかも、という線も疑ってはみた。しかしそれはオレ自身がはっきりNOと言える。

訃報を受けて帰省した日。このnoteの3回目にアップした「眠れぬ夜」という記事では、葬儀屋さんが帰っていったあと、オレは何をして過ごしてたのか覚えてない、と書いた。だがそれは間違っていた。

あの日、姉が
「あぁ、もう~。お風呂場がぐちゃぐちゃ。洗わないといけないどそんな気力がない」
と言ってたのを聞いて、オレは風呂掃除を引き受けた。じっとしてるのも落ち着かないし、気を紛らわすためかなり念入りに細かいところまで磨き上げた。だが、風呂場に指輪は落ちていなかった。目に障害のあるオレでも、指輪があれば絶対にわかる。

経緯の説明が長くなったが、そんなこんなで残るは警察頼みとなっていた。所轄の警察署の番号を調べて電話をする。応対してくれた若そうな刑事さんに事情を説明すると、調べて折り返します、と言われた。

それからほどなくして、スマホに電話がかかってきた。姉から聞いていたT刑事だった。最初から名指しでT刑事に繋いでもらってもよかったのだが、同じ刑事課ならほかの人でも調べられるだろ、という挑発的な気持ちがオレの中にあった。今回の件に関して、勝手に警察の人たちに良くないイメージを持っていたのだ。

ところが、T刑事は非常に親切な方だった。結論から言うと、警察も指輪は見ていないそうだ。検視のときに撮影した写真をすべて丁寧にチェックし、制服の警察官にも連絡して確認してくれた。実はT刑事は、1回目に折り返しでかけてきてくれたあと、更に考え得る範囲を調べ直してもう1度電話をくれた。
「やはり我々が到着した時点では指輪はありませんでした」
その声は、オレ以上に落胆したように聞こえた。

姉と直接対面したときに、相当姉が悲嘆に暮れていたからか。それともオレが最初に若い刑事さんに、いかに大事な指輪であるかを説明したからか。いずれにしてもこちらの気持ちを汲み取って一生懸命調べてくれた結果、見つからなかったのだから仕方がない。

うちは決して裕福な家ではない。父は結婚指輪を母に買ってあげられなかった。そして定年後、退職金の中からようやく母に指輪をプレゼントすることができた。母はそれをずっと大切に身につけていたらしい。

母はそれ以外には、まったくと言っていいほど高価なものを持っていない。だから形見になるものもなく、姉はどうしてもその指輪を見つけたがっていた。ひとまず諦めることにはしたが、あるときふとどこからかコロンと指輪が出てきたらいいな、と思っている。

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