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権藤譲子先生

恩師、権藤譲子先生が95歳でご逝去されました。桐生から石神井公園の先生のお宅まで、何度もレッスンに通った日々を懐かしく思い出します。先生は、当時中学生だった私を決して子ども扱いしませんでした。技術的なことや音楽的なことはもちろん、先生の音楽に対する哲学を、明解な言葉で伝えて下さいました。

ある日モーツァルトのコンチェルトでカデンツァの部分にさしかかった時「そこからは、あなたが自分の音楽を弾くのよ」と先生はおっしゃいましたが、私はその場で何も弾けませんでした。それから、私とピアノの間には必ず作曲者いて、自分の気持ちを直にピアノで表現できない事を歯がゆく感じるようになり、出会ったのが、ジャズでした。

長い試行錯誤を経て(それは今も続いています)、自分なりの音楽の言葉を得られたのは、先生のおかげに他なりません。その後、私がバークリーを卒業し、東京で演奏をした際には、先生は何度も会場に足を運んで下さいました。演奏後、一番にご挨拶すると「CDのサインをもらうために並んで下さるお客様をお待たせしてはだめよ。音楽で大切なのは、あなたの情熱がお客様の心に大きく響くこと。それを見事にやってのけましたね。とても誇りに思いますよ」。先生には、ボストンにジャズを学ぶために留学したことをお伝えしていなかったので、先生の温かい言葉が強く胸に刺さり、込み上げてくるものがありました。

先生との思い出は尽きません。今でも持っている先生のレッスンの記録や録音は私の宝物です。音楽とともにある人生の豊かさや喜びを、先生から教えていただきました。先生に出会えたことは、私にとって最高の幸運です。

権藤譲子先生のご冥福を心からお祈りしております。

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