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ホシヲキクモノ【全9話】 9.ウイルス

 ユニバーサルガーディアンズが誇る最先端の科学技術を駆使して開発されたワクチンが地球に投与され、年月が流れた。
 リタは以前にも増して地球との対話能力を高めており、その能力を使って地球と再び交信を試みた。

 スターライト・セントリー号の指揮室に静けさが漂う中、リタは目を閉じ、意識を集中させた。高度なテレパシー技術がリタの脳波を強化し、彼の意識が徐々に地球のエネルギーと同調していく。その瞬間、リタの心に地球の声が響いた。

「私どものワクチンをあなたの身体に投与しましたが、お加減はいかがでしょうか?」
 リタが静かに問いかけた。リタの心に直接返答が届いた。
「とても身体が楽になりました。とてもいい気分です」

「それはよかった」

 リタは安堵の表情を浮かべたが、地球の声には不穏な響きがあった。

「しかし、あなた方は重大なミスを犯しています。わかりますか?」

 リタの顔が曇り、心の中で応じた。

「いいえ、一体何のことでしょうか?」
「あなた方は私の言葉をとり違えて受け取ったのです」
 リタの意識が地球のエネルギーと完全に結びつき、地球の言葉が一層鮮明に聞こえた。

「取り違えている?どういうことですか?」

「あなた方は地球全体に新種のウイルスが発生し、私を苦しめていると思っていましたね。それは違うのです。あなた方が『ウイルス』だと認識しているもの、それは『人間』という生物です。この星の中の生態系で頂点に立つ存在。決して排除すべき存在ではありません。あなた方がワクチンとして送り込んだ『アーテムウイルス』は『人間』という存在に多大なるダメージを与え続けているのです。」

 地球の言葉に珍しく、リタが取り乱した。

「なんですって……。それでもあなたは『ウイルス』が増えすぎて、苦しいとおっしゃったではありませんか。困っておられたではありませんか」

 地球は静かに応じた。

「ええ、確かに。『人間』は増えすぎました。まるで『ウイルス』のように。そして、我が物顔でこの星を荒らし、ほかの生物から搾取しようとしています。それはとても苦しいことです。ですが……『人間』には可能性がある。いつか、気づくべきなのです」

 リタは地球の言葉を慎重に聞き、心の中でその意味を反芻した。彼は、すぐにユニバーサルガーディアンズの仲間たちに地球の言葉を伝えた。全員がその重大さにショックを受け、深い沈黙が流れた。

「ですが、これでよかったのかもしれません」

 地球が続けた。

「『人間』はあなた方がワクチンのつもりで放った『アーテムウイルス』により、様々なことを学んだようです。この星のこと、人類のこと、他の生き物たちのこと。なにより外の刺激ではなく、己と向き合うことを始めました。それでよいのです。一体何が大切なのか。我が物顔で拡大し、偽りの豊かさを求めていることが正しいことなのかどうかを今一度考えてもらいたいのです。そして、他の生き物たちは、生き生きしはじめました。人間以外の生物は、喜んでいます。」

 地球の言葉に一同はホッとした表情になった。リタはためらうことなく地球に尋ねた。

「我々はどうすればよいでしょうか。『人間』に危害を与えている結果になっているのなら、ワクチン、いや、アーテムウイルスといわれる生命体をすべて引き上げたほうがよいでしょうか」

 地球はゆっくりと答えた。

「それには及びません。『人間』はアーテムウイルスに打ち勝つ方法を見つけたようです。その方法が完全ではないにしろ、これからも彼らは学んでいきます。私は、このまま見守りたいと思います」

 リタは静かにうなずいた。「わかりました。それでは私どもも、このまま見守ることにしましょう。なにか要望があればその時に教えてください。その時は、どんな援助もいたしましょう」

「あなた方の作ったウイルスは強制的に『人間』の考え方を変えました。『人間』は外へ外へと拡大することではなく、まず自分たちの在り様を見直すでしょう。私はほかの生命と同じくらい、あの子たちを愛しています。これはキッカケです。あなた方には本当に感謝しています。ありがとう」

 宇宙人たちは地球の告げた言葉の意味がうまく理解できなかった。

 言葉がわからないのではない。

 外へ外へと拡大することの何がいけないのだろう?

 『人間』という生命が、何を学んだのだろう?

 どう『人間』が進化していけば地球は満足するのだろう?

 それはどうやら、地球の胸の内にあるようだった。

 このままでいいのか、という議論はその後何度もなされたが、地球が現状維持を望んでいることが最終的に再確認された。これ以上のユニバーサルガーディアンズの介入は行わないことが決定した。

 しばらく様子を見守った後、スターライト・セントリー号はユニバーサルガーディアンズの命により、静かに太陽系から離れていった。
 

 満身創痍の地球は、今も静かに見守っている。

 スターライト・セントリー号が放ったキッカケにより『人間』がきっと何かを学び、そして母なる星とほかの生き物たちとの共存について新しい道を見つけてくれることを。

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