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ネットで古本漁り

ふと、この5月中に8冊しか本を買っていない自分に気づいた。

ふだん古書市に行けば1回で軽く20冊は買うし、なじみの店ともなれば均一台だけで一気に54冊掻っ攫ったこともあるくらいだから、最早この少なさは不健康と言って差し支えないだろう。

というのもこの時世、狭い密室でオッサンが犇めき合う古書即売会の開催が認められようはずもなく、どころか、業者市まで中止の憂き目を見たものだから、古書店は仕入れと換金の手段を丸々断たれてしまったようなかっこうになるのだ。

神保町界隈、および近所にある行きつけの店も、ほとんどが自粛の名目で休業続きだから、僕としても本を買う手段が得られなかったのである。


こういうとき、ネット時代に生きていることのありがたさを痛感する。
アマゾンもヤフオクも、新刊古本の別を問わずして、家に居ながらスマホで注文できるのはすごく嬉しい。

「アマゾンで古本?」という方もあるかもしれないが、アマゾンの「マーケットプレイス」、通称マケプレというのは案外侮れないものである。

基本的にはネットを中心に商いをしている新古書店(ブックオフみたいなイメージ)により出品されていて、最低価格は1円プラス送料(350円~)だったりするから、探す手間や足代を考えればかなり安い。

ところで古本の世界には、「白っぽい本」「黒っぽい本」という用語があり、前者は比較的新しいものを、後者は煤けた古本然としたものを指すのだが、マケプレにはもちろん白っぽい商品が多くみられる。

と思いきや、時たま検索してみると面白い拾い物ができたりして、ずいぶん前に志賀直哉の『暗夜行路』(昭和18年、座右宝刊行会)を2000円弱で見つけたときは本当に驚いた。何しろ戦前の本なのに恐ろしく状態が良く、おまけに志賀の署名まで入っていたのだから。


ヤフオクで古本が手に入るのは言うまでもなく、日夜、好事家たちによる入札合戦が繰り広げられている。

定期的に観測していると、太宰とかそういうメジャーな初版本が、相場を大きく超えた額で落とされることがあるけれども、たぶん若い文学好きが「推し」の初版本欲しさに頑張ってしまったのではないかと思う。

確かに多くの人が使っているという意味において、ヤフオクは欲しい本を見つけられる確率が高いツールだが、熱が入り過ぎてあまりにも高い買い物をしてしまうのはちょっともったいない。


より適切な価格で黒っぽい本を探そうと思うなら、「日本の古本屋」を参照すると面白い。

古本者以外にはあまり知られていないサイトかもしれないけど、組合加盟の古本屋が出品しているから、法外な値段ということは(あまり)ないし、なにより全国どこの店にある品も検索できるから便利だ。

何を隠そう、冒頭に書いた今月購入の8冊のうち実に7冊までが、この「日本の古本屋」から注文した本なのである。数冊を紹介してみると、こんな感じ。

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タイトルを並べれば一目瞭然、どれも漱石のパロディ本だ。

中でも三四郎漱石傑作 坊ッちゃんの其後』は、本当に嬉しかった。
タイトル通り、漱石の名作『坊っちゃん』のアフターストーリーで、古書としてもあまり見かけない珍本である。

序文を引くと、以下のようになる。

漱石先生の「吾輩は猫である」の猫を甕の中で殺して了うのと、向う見ずの「坊ちゃん」を、街鉄の技手のままうっちゃって置くのとは、惜しいと思うことの二つであった。
そこで、先づ「それからの漱石の猫」を公にしたところが、幸いに好評を得て、数ヶ月を経たぬ今日、既に十二版を重ぬるに至ったのは、著者の大なる光栄とするところである。
今、此の「坊ちゃんの其の後」を公にするのは、それがために図に乗った訳では決してない。只だ久しい以前から考えていた二つのことの残る一つを実行したまでのことに過ぎないのである。(引用註:旧字は新字に、仮名遣いは現代式に改めた)

この三四郎なる著者、厚かましくも漱石の代表作にただ乗りしているわけだが、『猫』『坊っちゃん』『虞美人草』それぞれ重版までしているのだから呆れる。

権利関係的には褒められた作品ではなかろうが、しかし古本として見るなれば、これほどワクワクする作品も少ないのではないだろうか。


僕は読書家ではなく、自らの利き目に従って買い集めた古本を、こねくり回して面白さを見出していくタイプのコレクターだから、当然入荷がなければ日々の楽しみも減ってしまう。

したがって、ネットでこうした珍本を得られるのは非常に助かるのだけれども、一等昂奮するのはやはり、雑然と本が詰まっている古書展の棚であるからして、下等遊民の身としても、この自粛が早く明けることを願ってやまないのである。

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