11|ピーター・アイビーさんと梁
秋頃に、ガラス作家のピーター・アイビーさんが改修予定の家に来てくれた。取材時にリノベの話をしたら、改修前の家をみたい、という話になったのだった。
まずはピーターさんの家を、夫も一緒にみせてもらった。10年以上かけて自分で手を入れ続けて、工務店も入って、ほぼ完成した家。とはいえ、またこれから納屋や庭にも手を入れるそう。セルフビルドの世界にはたぶん終わりがない。
ピーターさんの家を一言でいうなら、梁の家だ。丸太のうねりをそのまま生かして組まれた梁の迫力。梁を目立たせるために、わざわざ天井をあげて採光用の窓がつくられている。お風呂は梁を眺めながら入る位置にある。ピーターさんは梁を通じて、森や山を見ている。
もとになっているのは農家の母屋で、住み始めた時は梁は天井に覆われて見えていなかったが、素晴らしいものが隠れていることは感覚的にわかっていたという。
築150年等の古民家かと思いきや、意外にも築60年ほどの戦後の建物だという。当時の富山ではこれだけ立派な建材が使われていた。一方の築35年の私の家は、梁は角材で、建築的にあえて活かしたい要素はあまり持っていない。その25年間の変化の大きさを思う。
その後は我家のある集落に移動して、まず「梁巡り」をした。
集落の中に、「取り壊すのに300万かかるから欲しければあげる」と言われている梁の立派な家があった。外観も格好良く魅力的なのだけど損傷も激しくて、大きさも改修に必要なコストも私たちの身に余ることは容易に予想がついた。ピーターさんはガラスの建具としての利用など、建築的なものにとても関心を持っているらしい。何か繋がるかもしれないと思って、その家を案内した。
急な階段をのぼって、薄暗い建物の2階に登る。やっぱり梁が格好良い。こうしたものが解体されて捨てられていくのは、なんとかならないかな、と思う。
そんな会話をしていたら、「こういう梁がなくなってしまうと、人はかつてそこにあった自然との関わりを忘れてしまう」とピーターさんが言った。ほんとうにその通りだと思った。
忘れてはいけないのではないか。それは私が伝統工芸の産地で働いていた意味でもあった。手仕事しかなかった時代からつくり続けられているものは、人と自然の関わりを伝える象徴的な、繋がるためのタッチポイントだ。そういうものがないと、人は自分もその一部であることを忘れて、自然を利用する対象としか見なくなってしまう。
だったら何なのか。その先が言葉になっていなかったけれど、だんだん、忘れてしまうことは自分の首を絞めることに繋がるから、忘れてはいけないんだとわかってきた。
私たちの環境負荷の高い暮らしは温暖化をもたらして、熱中症の危険にさらされるような夏の暑さや、洪水などの災害の甚大化を引き起こしている。私たちは、自分で自分の暮らしをとりまく環境を、不快なものに変えてしまっている。
一方で、立派な梁を得るためには、その木材が育つ山を守らないといけない。山を守ることは森の涵養につながり、土を富ませて、海も豊かにする。山の保水力がしっかり保たれていれば、木は簡単に倒れないし、洪水も起きにくい。木は二酸化炭素を吸収するし、夏の暑さも遮ってくれる。
近年の倒木による停電や、洪水被害が大きくなっている要因は、温暖化だけじゃなくて、ダムや堤防やメガソーラーの設置によって、山の力が落ちていることにもあるという※。人は山のためだけじゃなくて、人のためにも、山を守らないといけない。
かつての技術が失われて欲しくないと感じるのは、ただのノスタルジーなのかなと思うこともあった。私は好きだっていう、それ以上の意味はないのかなとか。
でもやっぱり、違うって思う。丸太をそのまま使うような梁を介した人と自然の関係には、実利的な意味がある。森や山に対しての利他が、利己につながる。利己だけを求めてしまうと、己が損なわれる。
私たちはそのあとも集落を歩いて、空き家らしき建物をみつけては外側から構造を推測したり、窓から中をのぞいたりした。色々な梁の組み方があって、「梁巡り」は予想外にエキサイティングだった。
そのなかで、ピーターさんがとても気に入った建物があった。立派な梁のある納屋。近くに住む人に尋ねたら、持ち主をたどって交渉することはできそうだった。もしかしたら移築することになるかもしれない。
最後に我家を案内した。何の変哲も無い昭和の住宅だから、立派な梁をたくさん見た後ではどうかと思ったけれど、「かわいらしい家」と褒めてくれたのでうれしかった。まわりの景色について「田んぼのなにがいいって、美しいんですよね」と言ってくれたことも書いておこう。
集落からピーターさんの家までは車で1時間くらいかかる。そこに納屋が移築されたら、集落の親戚ができるみたいでうれしい。移築のやり方も知りたいから、納屋が移築されたらいいなあと思う。
※参考 高田宏臣『土中環境』
知人の編集者がサイト編集に関わっていることから知った高田さん。この本もサイトの文章もとても学びが多くて、大変おすすめです。
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