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19|うんちの行方

「これもうくさくない?」畳んである洗濯物のパンツをさして娘が言う。

「手であらってくれたやつ」

ああ、よく覚えているね。前におもらしして、うんちまみれになったやつだね。

子供が生まれて以来、うんちフレンドリーな生活を送っている。娘の体から出てきた便りは毎回確認するし、どうしようもなく手についてしまったものを洗ったり、ただただ水に流していた時代よりも、多少のうんち耐性はついている。家庭内でのうんちそのほかの下水システムについて、考えるには良いタイミングだ。

排泄物その他を土にかえすには、いずれも微生物の力を利用する。

コンポストトイレを導入したら、いい感じの肥料になるねえ、醸されているねえって、味噌やワインを仕込むみたいに、うんちと向き合うのかもしれない。

ワインや味噌とは、原理的には微生物のうんちであるともいう。

ワインや味噌が人にとって魅力的なものであるように、うんちも微生物にとっては魅力的なものなのだろう。

とはいっても、やっぱり、どうなんだろう。選択肢は色々ある。


・コンポストトイレ
便器の中におがくずなどを入れて微生物が好む環境をつくって、排泄物を分解してもらう。水は流さないぽっとん式だけれど、臭くならないのと、分解されきった排泄物は肥料になるのが良いところ。外国のメーカー製、DIYできるキットなど、手づくり〜50万円くらい。手入れは大変らしい。微生物の機嫌をみながら色々と調整しないといけなそう。ゆるゆるうんちだと処理能力が追いつかなくなるので、いくつか用意しておくほうがいいという話も。お腹をくだしやすい夫はあまり乗り気ではない。


・縄文式トイレ
庭に穴を掘って、板を渡す、原始的なシンプルスタイル。土にかえすならはじめから土の上でしようという潔さ。空気の通り道をつくったり、炭を敷き詰めたり、近くに木を植えたり、穴を掘るだけではない工夫も必要のよう。ワークショップで楽しくつくれそう。

ただ、いずれ老いる親が遊びに来たとき、外のトイレで大丈夫だろうか。真冬に大雪が降るなか、外のトイレに行くのか。簡易な小屋だと雪で潰れるかも。うーん。縄文式トイレの日用使い例もほぼヒットしない。

・汲み取り式
いわゆるぼっとん便所。臭くなるし、発酵もされないし、魅力がない。

上記三つはトイレとは別に生活排水の配慮も必要。

余談だけれど松本人志のビジュアルバム収録の『荒城の月』、すごくおもしろいです。


・水洗トイレからの合併浄化槽
下水道の通っていない地域では、汲み取り式かこちらが一般的なもの。設置に70万〜80万くらいかかるが、市からの補助金が出て、だいたい半額くらいになる。
浄化してくれるのはコンポストトイレと同様、微生物。ただ、このシステムでは浄化しきれないのか、念の為なのか、土に戻す前に塩素などの薬品を使わないといけないらしい。この薬品利用が、嫌だなと思うところ。ずっと電源に繋いでおかないといけないのと、年に何回か業者が入るメンテナンスも必要で、ランニングコストが年間5〜8万円程度かかるとか。下水処理場を家に持つみたいなことだから、大変だよね。

・水洗トイレからのエコロンシステム
同じく微生物の力を借りて、水洗トイレに流したものを土にかえすシステム。最近調べている本に登場している人やコンポストトイレを推奨している人が勧めていたり、間接的に知り合いの大学の先輩も導入しているので、「みんな」が勧めているように感じられる。導入には200万円以上かかるが、ランニングコストはなし。メンテナンスも電力も必要ない。

これらは生活排水も一緒に浄化できる。

水洗トイレからの土へのおかえし。何かに負けた気がするけれど、現実的だとも思う。夫はコンポストトイレに乗り気ではない。平日の帰宅時間も遅いところで、なんでわたしばっかり!となる未来も見える。でも200万…

と思っていたら、『土中環境』の高田宏臣さんが、土中環境を傷めずに合併浄化槽を設置するワークショップをやっていた。設置する場所の環境づくりによって、薬品を使わなくてもいいのかもしれない。


コンポストトイレは、冬場の微生物の働きが弱くなるときの維持が難しいらしい。そういうときは、温めてあげないといけない。冬がうんちのお世話に奔走する季節になるのはちょっと困る。となるとやっぱり電力が必要になる。電気代は月3000円くらいとか。トイレだけで月3000円…お金の問題よりも必要なエネルギー量に驚く。ソーラーパネルを繋げたらいいのか…うまく働いてくれるならいいと思うのだけど、導入例のほとんどが別荘で、日常使いの使用例がほぼない。

合併処理浄化槽も電気に繋いでおかないといけない。電気代自体は年間1万円くらいだろうけど、年に数回も業者メンテナンスが必要な装置って、なんか、なんか、なんだかな。自分でできないのかな。

こうなると、何も魅力がないような汲み取り式がいまだ健在なことも腑に落ちる。仕組みがシンプルだ。

家の中で排泄をして、排泄物を土に戻す。そのことが自体が矛盾に満ちた、大変なことなのだね。それを何も考えずにお任せできるのが、設備の力…

設備とはありがたいものであり、お金のかかるものでもあり。

どこに着地するのかはまだわからない。


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ライター|重文指定絹織織物「結城紬」産地で働いた経験を元に工藝や地場産業のライティングを行う|『ぼくたちはケアして表現するサル?』書籍化奮闘中|神奈川出身、茨城、札幌を経て富山在住|www.chieyabutani.com