ソーシャルVRライフスタイル調査2023レポートの感想

本記事は、2023年8月28日から同9月16日にかけてバーチャル美少女ねむさんとリュドミラ・ブレディキナさんによって実施された「ソーシャルVRライフスタイル調査2023」の集計後、同11月6日に公開されたレポートを読んでの私の感想です。この調査には私も回答しました。

レポートは11月9日21:00時点のものを参照しています。

「……『我は、我が身を以て汝らを動かす雨の一滴と成った。そして汝ら、友よ……』――」
 声が染み込むのを待つかのような、
「――『戦う、という決断は』――『そう、きっと間違っていない』――」
 何者も侵し得ない、静寂があった。 

高橋弥七郎『灼眼のシャナXXI』



総評

サンプリング誤差について

レポートのp.8にも書かれているように、ソーシャルVRのユーザーの一部を抽出して集計しているため、結果は真のパーセンテージからずれます。この調査では最大12%程度の誤差を許容するとし、そのために70程度以上の回答があった項目のみを集計するとしています。

この誤差12%というのは、「同じ調査を100回すれば、100回のうち5回程度は、集計結果が真のパーセンテージ±(12%×1.96)の範囲から外れる」という意味です。1.96は統計で広く使われる慣習的な数字で、平均値のまわりのデータのばらつきが正規分布というきれいな釣鐘型の分布に従うという仮定と、100回のうち5回程度という要請から来るものです。ともあれこの調査は、70人しか回答のない項目については、5%の確率で最大約24%のずれが起こることを許容します。この誤差を大きいと見るか小さいと見るかは目的によります。私は大きいと思います。典型的な調査では誤差を5%程度にするようにサンプル数を選びますが、今回なぜ12%だったのかは分かりません。

ただし、ここでの誤差と最小サンプル数の計算はランダムサンプリングを仮定しており、「わざわざアンケートに答えるような層に偏る」といった系統的な効果はこれとは別に乗ります。言い換えれば、ここで統計学を使って計算した誤差の数字は、あくまで最も少なく見積もった値であるということです。以降、この数字をランダムサンプリング誤差と書きます。ある項目でグループ間の差が小さいとき、誤差の範囲に収まるという考察はこのランダムサンプリング誤差を使ってできますが、差が大きいときに有意差であるという考察を厳密にするには、サンプリングが実際にはランダムでないことから生じる誤差の見積もりが必要です。前回のソーシャルVR国勢調査2021との比較や、他の調査者の調査とのクロスチェックが今はできるので、それによって信頼性を上げることができるでしょう(それができなかった2021の調査も、ほとんど初の大規模調査の試みとして有意義だったと思います)。


以下の計算は読み飛ばしてください。ある項目の真の割合が$${p \ (0\leq p \leq 1)}$$であるとき、$${n}$$人の回答者をランダムに募った中でその項目を選ぶ人数$${x}$$は、二項分布、

$$
B(n,p)\equiv \frac{n!}{x!(n-x)!}p^x (1-p)^{n-x}
$$

に従います。この分布の期待値は$${E[x]\equiv \sum_{i=1}^n p_i x_i=np}$$、分散は$${V[x]\equiv \sum_{i=1}^{n} p_i(x_i-E[x])^2=np(1-p)}$$になります。ここで$${i}$$は$${i}$$番目の項目を指します。

$${n}$$が大きくなるにつれて、$${B(n,p)}$$は正規分布、

$$
N(np,np(1-p))\equiv \frac{1}{\sqrt{2\pi np(1-p)}}\exp \left( -\frac{(x-np)^2}{2np(1-p)} \right)
$$

に近づきます。ここで$${x}$$を、期待値を0、分散を1とするよう変形したもの、

$$
z\equiv \frac{x-np}{\sqrt{np(1-p)}}=\frac{\frac{x}{n}-p}{\sqrt{\frac{p(1-p)}{n}}}
$$

は、標準正規分布$${N(0,1)\equiv \frac{1}{\sqrt{2\pi}}e^{-z^2/2 }}$$に従います。これは左右対称な釣鐘型の分布で、それを成しているデータの95%が含まれる区間は、

$$
\int_{-\sigma}^{\sigma} N(0,1) dz=0.95
$$

を解いて、$${\sigma\simeq 1.96}$$です。よって、集計で得られた割合$${\bar{p}\equiv x/n}$$と真の割合$${p}$$の関係は、

$$
-1.96 \leq\frac{\bar{p}-p}{\sqrt{\frac{p(1-p)}{n}}} \leq 1.96
$$

$${n}$$が大きいとき、分母の$${p}$$を近似的に$${\bar{p}}$$に置き換えて、

$$
\bar{p}-1.96\sqrt{\frac{\bar{p}(1-\bar{p})}{n}} \leq p \leq \bar{p}+1.96\sqrt{\frac{\bar{p}(1-\bar{p})}{n}}
$$

この区間の幅が±12%以下であってほしいとき、

$$
1.96\sqrt{\frac{\bar{p}(1-\bar{p})}{n}} \leq 0.12 \quad \Longleftrightarrow \quad n \geq 1.96^2 \frac{\bar{p}(1-\bar{p})}{0.12^2}
$$

$${\bar{p}}$$が別の調査で推定できていればそれを使いますが、そうでないときは(例えば、今回初めて加わったアジア(日本以外)のように)、$${\bar{p}(1-\bar{p})}$$を最大に見積もるため、$${\bar{p}=0.5}$$を仮定します。すると、$${n\geq 66.7}$$を得て、最低サンプル数約70という要請を概ね再現しました。


2021からの変化1:美少女受肉の翳り

この調査は、2021年8月23日から同9月11日にかけて実施され、同10月28日に公開された「ソーシャルVRライフスタイル調査2021」の、実質的な第二回にあたるものです。二年間の間にMeta社の社名変更に端を発するメタバースブームがあったため、ソーシャルVRの利用者層やプレイスタイルにも大きな変化があったのではないかと予想されました。この総評では、全体を通しての経時変化について私が感じたことを書きます。

まず、ほとんどランダムサンプリング誤差の範囲ではあるものの、複数項目にまたがる傾向がうっすらとあります。それは「物理現実とは違う存在になる」という姿勢の薄れです。より正確に言えば「みんなでアバターと一体化して身も心も美少女になってやさしい世界を作る」というメタバース観の薄れ、もっと身も蓋もない言い方をすれば、「バーチャル美少女ねむみたいな人たち」の減少です。具体的には、

  • 日本/VRChatの30代以下の割合(85%/87% → 78%/84%)

  • 日本でソーシャルVRをほぼ毎日利用する割合(51% → 48%)

  • 仮名の使用率(98% → 97%)

  • VRChatの人間型アバターの使用率(94% → 93%)

  • AIを含むボイスチェンジャー及び読み上げソフトの使用率(11% → 10%)

  • 日本/VRChatにおいて「相手との距離感は物理現実に比べてかなり近くなる・やや近くなる」割合(75%/76% → 70%/70%)

  • 日本/VRChatにおいて「アバター同士のスキンシップをよくする・たまにする」割合(72%/75% → 62%/68%)

  • VRChatにおいて触られたくすぐったさなどの感覚(46% → 45%)

  • VRChatにおいて頭でファントムセンスを感じる割合(90% → 70%)

に現れています。ちなみに日本ユーザー全体(1547件)のランダムサンプリング誤差は2.5%、VRChatを主に利用するユーザー全体(1645件)のランダムサンプリング誤差は2.4%です。多くの項目の変化はランダムサンプリング誤差の範囲内ですが、それにしても多くの項目が一つの傾向に従っているように見えるため、注視が必要だと思います。

このレポートには、「2年間でほぼ変化なし」のようなコメントが作成者によってつけられた項目が多くあります。中でも、VR恋愛の経験率とバーチャルセックスの経験率のみ棒グラフの「経験あり」の色と同じ暖色のテキストボックスの中に書かれており、それ以外の項目では全て青いテキストボックスの中に書かれています。

私は、これが意図的なものだと仮定して、「変化なし」が実際のところどの程度の変化だったのかを2021年の調査と比較しました。結果、青いテキストボックスに書かれているものはほとんど、日本・VRChatにおいてランダムサンプリング誤差の範囲内で「アバターと一体化して身も心も美少女になる」という発想からの離脱と解釈できる方向の変化でした。しかし、肝心とも言える「物理現実と逆の性別のアバターを使っている場合、その理由」については、VRChat・物理男性・日本において全て「単にアバターの外見が好みであるため・より自分を表現しやすい、またはコミュニケーションしやすいから」がいずれも微増または0%でした。テキストボックスの色に意図はないかもしれません。

「身も心も美少女になる」という姿勢の薄れは私(2022年8月VRChat開始)の体感とも一致しており、ボイスチェンジャーの使用率が低いことや「内なる他者の具現としてのアバター」という発想にあまり同意が得られないことなどを通して感じていることです。

これは、ある時期からVRChatにおけるアバターの位置づけが変わってきたというよーへんさんの観察とも一致します。よーへんさんはそれを、人口の増加、販売アバターの使用者の増加、及びHUB秋葉原店の利用に代表される日本ソーシャルVRユーザーのオフ会ブームと連動したものではないかとされており、また「美少女アバターを纏うとアイデンティティが変容する」という思い込みがかえってアバターならではの身体性が優勢になることを妨げている可能性を指摘されています。


2021からの変化2:新世代の流入

前回2021の回答数1197件に対して、今回の調査では回答数が2007件に増えています。私はこの増加分について、2021年時点で回答資格はあったが回答していなかったユーザーの参加よりも、新しくソーシャルVRを始めた層の寄与の方が大きいと推測しています。この二年間はMeta社の改称を発端としたメタバースブームと共にあった二年間であり、多くの新規流入者を生んだであろうそのブームの一端を、VR国勢調査2021を背景にしたねむさんのアウトリーチ活動が担ったことは疑いないからです。回答数の増加が主に新規流入層によるものだとすると、二年間での変化はほぼ、新しい利用者層やソーシャルVRの新しいパブリックイメージによる「世代差」だとみなせると思います。

ここで「世代」というのは必ずしも物理現実の年齢のことだけではなく、二年間で新規流入した層の傾向、及び、その新しい層の流入によって変化した環境くらいの意味です。例えばclusterを主に使う層において40代・50代が増えている(28%/7% → 32%/16%)のは、私は企業の利用が増えたことに伴うものではないかと思うのですが、中高年層が新規流入していることはclusterで「VR恋愛において相手の物理的な性別が重要である」が増えている(48% → 59%)理由の一つでもあるかもしれません。既存の社会規範に収まらないバ美肉やサイバーホモ(侮蔑のニュアンスのある言葉ですが、語義そのものは特徴を的確に表しています)への適応力は物理的な年齢と無関係ではないでしょうし、企業の事業展開のためにソーシャルVRに来る場合も、物理現実と違う自分になるような使い方はなかなか難しいと思います。

二年間での新規流入層は、プレイ時間で言えば5000時間未満に分布していると考えられます。1000時間は毎日三時間入れば一年で到達しますが、二年で5000時間はVR睡眠がほぼ必須で、そのような層は多数派ではないはずだからです。そして、最大多数である1000時間以上5000時間未満の層にどれだけ新規流入者が含まれているか分からない以上、2021以前からの層と2021以降の新規層の正確な割合は分かりません。

しかし、推測できることもあります。新規流入者は1000時間以上5000時間未満の過半数を占めてはおらず、しかし1000時間未満では過半数を占めているだろうということです。2021と2023でスキンシップとプレイ時間の関係を比べると、「よくする+たまにする」の割合は、1000時間以上5000時間未満ではわずかな減少に留まるのに対し、1000時間未満の全てのカテゴリでは激減します(81%/81%/71%/43% → 74%/65%/48%/33%)。これは、1000時間を境に優勢な世代が異なることを示していると考えられます。

VRスキンシップとプレイ時間、『ソーシャルVRライフスタイル調査2021』p.49
VRでのスキンシップとプレイ時間、『ソーシャルVRライフスタイル調査2023』p.44

「よくする」の割合が急増する時間がどちらの調査にもありますが、2021では100時間がその境界になっていたのに対し、2023では1000時間が境界になっています。「たまにする」も含めると境界は100時間→500時間に変化しました。いずれにしても、2021の世代は100時間で過半数がスキンシップを始める世代でした。その層が二年間で1000時間以上の仲間入りをし、代わりに1000時間未満を新規層が占めるようになった、と私は解釈します。

同様の傾向が、バーチャルセックスとプレイ時間との関係にもあります。「したことがある」の割合を二回の調査で比べると、1000時間以上5000時間未満では増え、1000時間未満では減っています。また、2021では1000時間と5000時間の二ヶ所に増加の境界がありましたが、2023ではそれらを超える大きな断絶が1000時間にあります。このことも1000時間に世代の境界があることを裏付けています。スキンシップとバーチャルセックスの減少は、「美少女になってやさしい世界」には反する方向の変化です。

とはいえ、世代の違いを調べるには、素直に「前回の調査に回答しましたか?」という項目を設けるのが一番いいと思います。2023でこれがあったかは忘れてしまいました。

扉絵

各章の扉の写真に見覚えのあるものがいくつかあるのは、この二年間は講演などに忙しくて写真を撮る暇もなかったのだろうな、と……


各項目への評

p.6 回答数

『メタバース進化論』の発売や各所での講演の効果により、もっと増えるだろうと思っていました。アジア(日本以外)のうち、特に中国と台湾の傾向に私は関心があります。中国はインターネット規制や独自の技術開発政策の影響が反映されるだろうと思います。台湾は日本に似て美少女の文化に親和性が高いと考えられていますが、日本と異なる点も浮かび上がるはずです(VRとは直接関係ありませんが、私の出会った台湾人のオタクは「NTRは相手の男も一緒に寝取り返す楽しみ方が流行りだ」と言っていました)。

pp.11-12 (最も)よく利用するソーシャルVR

私は2023年11月時点でclusterにはイベントの時にしか行かないのですが、clusterの増加はtwitter上での情報を見る限り体感通りです。

p.13 年代

バーチャルキャストはニコニコ民から流入していたものが(悪い言い方をすれば)若年層の流入なく順調に高齢化しており、clusterは恐らく企業のイベントなどのための利用をきっかけに30代以上が流入、と見ています。アジア(日本以外)が欧米と似た20代優勢の傾向を示すのは意外でした。

p.14 物理性別

物理女性の増加は、美少女の文化にある程度の理解が得られているという点で、私にとっては喜ばしいことです。しかしヨーロッパで2021より減っているのは何が起きたのでしょう?

p.15 プレイ頻度

体感通りです。

p.16 一回あたりプレイ時間

体感通りです。欧米で長くなるのは、やはり労働環境の違いなのでしょうか?

p.17 総プレイ時間

納得できる数字です。

p.18 目的

clusterでワールドが充実してきたという話は聞いていましたが、それを目的にする人がここまで増えるのは意外でした。

pp.19-20 コミュニティ

ソーシャルVRの初心者案内、安定のNeos。学術・技術関連は恐らくサービスごとに内実が違い、clusterでは専門職の講演、NeosではIT技術の集会、VRChatでは学術関係者の集会ではないかと思います。VRChatの学術系はもう少し多いと思っていました。

地域別コミュニティ、『ソーシャルVRライフスタイル調査2023』p.20

地域別比較では、ほぼ全てのイベントで日本以外の地域が日本より高いポイントをつけています。個別に見れば、社会的マイノリティ関連・音楽関連で欧米が強いこと、国際交流・語学関連で日本以外のアジアが強いことは納得できます。日本が50%を超える項目がない理由は、日本ユーザーの交流スタイルが「コミュニティ」と呼び難いほどの小規模かつ私的なおしゃべりによって占められているか、一人が一つのコミュニティにのみ出入りしているため複数回答をしていないか、その両方でしょう。一方、海外勢の多くが複数回答をしているとすれば、海外勢がPublicによくいる(≒見知らぬ人の多い場に飛び込むことに抵抗が少ない)という通説とも整合します。

そんな中でもロールプレイ関連でだけは日本が強いことは、やはり日本固有の「仮想(virtual)」観を反映しているようで好ましいことです。

p.23 名前

想定通りです。

p.24-25 物理性別とアバターの性別

ソーシャルVR全体の傾向は想定通りです。「かわいくはなりたいが性別まで変わるのには抵抗がある」という物理男性の受け皿として、ハオランの存在が大きい気がしますね。

条件別でのアバターの性別、『ソーシャルVRライフスタイル調査2021』p.20
条件別でのアバターの性別、『ソーシャルVRライフスタイル調査2023』p.25

条件別では、clusterとNeosで女性型アバターが急増したのはVRoidなどで作ったVRMを持ち込む手段が整備されたからだろうと思います。VRChatでは2021年に比べてわずかに男性型アバターが増えており、販売アバターに男性型のラインナップが増えてきたことを反映していると思いますが、それらを買う物理女性層はまだNeosやclusterにはあまり進出していないということなのかもしれません。

pp.26-27 なぜ逆の性別のアバターを使うのか

私は「単にアバターの外見が好みであるため」という回答をもっと細分化して、「咎められることなく見ていたい」「自分の好みを他人に受け入れてもらいたい」「異性の姿を自分の手の届くものにしたい」のような詳細な理由を聞きたいと思っています。コミュニケーションしやすくなるというのは単なる結果であり、個々人が美少女の姿をとる動機は「好み」という言葉の裏に隠れた生々しい欲望であるはずで、それと向き合って受け入れてこそ美少女の文化は発展すると思うからです。

外国で自由筆記の割合が多いことは気になります。よく聞くのは「単に市場に美少女アバターしか出回っていないのでそれを使うしかない」という主張で、外国の場合は日本のアバター市場にアクセスするハードルが高いのでただでさえ少ない男性アバターに辿り着けない、ということはあるのかもしれません。しかしそれ以外にも、日本の感覚では想像の及ばない事情があるのかもしれないとも思います。

p.30 アバター種族

バーチャルキャストで亜人間が意外に減ったと思いました。

pp.31-32 アバターの入手方法

有料アバターの改変なしが意外に多いと思いましたが、特に日本以外のアジアで多いのは私の体感と一致します。clusterでオリジナルアバターがここまで多いのは意外でした。

そもそも、一つのアバターにこだわるか多くのデザインのアバターを使い分けるかには利用スタイルや考え方の違いがかなり出ると思いますので、よく使うアバター種族を複数回答で聞き、コミュニティやスキンシップとクロス集計すると面白いと思います。

pp.33-34 フルトラ

これがアイデンティティの章にあるべきかファントムセンスの章にあるべきかは思想の分かれるところかもしれませんが、私はアイデンティティでいいと思います。ファントムセンスはアクションゲームでも発生しますが、「入力の数に個人差があり」「それがアイデンティティを左右するものとして欲望の対象にまでなる」のはゲームではない生活空間だからこその事情だからです。

Neosで「機材はあるが利用していない」が多いのはさすがクリエイター集団というところで、物理女性で「機材もなく導入予定もない」が多いのは身体というものへの感じ方の性差を表しているように思います。

 オリヴィエが指摘するように、女性の頭と身体はしばしば乖離してしまっています。
 この乖離ゆえに、私には女性の身体意識が、ある種の「操縦感覚」ではないかと思われることがよくあります。つまり、女性身体というモビルスーツを着用して、それを思い通りに操縦しようとしているような感覚です。女性においては、自分と肉体との間に距離がある、といいうるのではないでしょうか。

斎藤環『母は娘の人生を支配する なぜ「母殺し」は難しいのか』

(2024.01.04追記)私は「機材がないが将来的に利用したい」と回答しましたが、回答後の2023年9月23日からフルトラになりました。

pp.35-36 声

2021年に比べて地声が増えていないこと、日本以外のアジアで両声類が多いことは意外でした。また、clusterでイベント以外の日常利用が増えたにもかかわらず無言勢が増えているのは、VRChatのように「無言で生活する」層が少なからずいるということでしょうか?

AIボイチェンについては、使われている例があると分かった上で質問項目に含めたのだから「利用が始まっていることが明らかになった」という結論は自明だと思いますが、少なくとも三十人程度はいるということなのでしょう。今まで地声だった人が使い始めたのか、ボイチェンだった人が乗り換えたのかは分かりません。数秒の遅延があるとされるRVCは、たとえ恋声などの遅延の大きいボイチェンからの乗り換えでも耐え難いと思うのですが……

pp.37-38 なぜ声を変えるのか?

匿名性の確保の需要があるというのは納得できる理由ですが、物理女性の場合に「女性であることを隠したい」のか「身元の特定を防ぎたい」のかは気になるところです。物理女性であることによって物理男性ユーザーからの接し方が変わることも、物理現実の知人と遭遇した場合に声から身元が特定されることもありえます。

美少女になっていることを物理現実の知人に知られた場合のリスクが、物理男性と物理女性のどちらが高いのかは分かりません。男性の場合は美少女を欲望していることが知られるのがリスクですし、女性の場合は男性的な欲望に迎合していると思われるのがリスクです。

他の質問項目でも自由記述は気になるところです。

p.41 VRでの距離感とスキンシップ

想定通りの数字です。

p.42 VRでの距離感

納得できる数字ですが、海外のユーザーについては、物理現実でもこれと同じかそれ以上に近くなるんかい、と思います。

pp.43-44 VRでのスキンシップとプレイ時間

物理女性と物理男性に大差がないのが意外でした。プレイ時間については総評の「2021からの変化2:新世代の流入」をご覧ください。

pp.45-47 VRでの恋とプレイ時間

VRで恋をしたことのある割合は2021年に比べてもう少し増えると思っていました。物理女性の方が物理男性より大幅に高いのは人口比からして当然ですが、アメリカで激増しているのは何が起こったのでしょう。

プレイ時間との相関では、スキンシップやバーチャルセックスと同様に1000時間の壁があり、その壁は2021よりも急峻です。

pp.48-49 VRでの恋のきっかけ・物理性別の重要性

私がこのレポート全体で一番興味深いと思った項目です。2021に比べ、欧米で「相手の性格」が10ポイント以上増えており、6%/9%あった「相手のアバターのビジュアル」がほぼ消滅しました。「相手の声」も激減しています。また、ヨーロッパでは「相手の物理的な性別が重要である」も激減しました。

VRでの恋のきっかけ、『ソーシャルVRライフスタイル調査2021』p.35
VRでの恋のきっかけ、『ソーシャルVRライフスタイル調査2023』p.48

私はこれらを、一つは質問の仕方の変化によるもの、一つにはトランスジェンダーとクィアの権利運動の高まり、一つには日本二次元型美少女キャラクターを愛好することへの社会的抑圧のためだと考えます。

まず、2021では「ソーシャルVRで恋をする時」という質問だったものが、2023では「ソーシャルVRで恋をしたことがある場合」に変わっています(2021にこれらが任意質問だったかどうかは分かりません)。これによって、「もし自分がするとしたらこうだろう」という憶測で回答する余地がなくなります。思うに、このために「アバターのビジュアル」という回答が減ったのではないでしょうか。2021のような訊き方をした場合、VRで恋をしたことのない人にとって、性格が決め手になると答えるのはあまりに偽善のようで、VRに夢を見すぎた回答のように思われても無理はないからです。

「アバターのビジュアル」が減るのは日本を除くアジア以外の全てのカテゴリで同じ傾向ですが、「物理現実の性別が重要である」については、むしろほぼ全てのカテゴリで増えています。質問の仕方が変わったことで、「特定の好きな相手もいないのに物理異性を求めるのは出会い厨みたいで嫌」と感じる層が排除されたのかもしれません。

しかし、ヨーロッパにおいてだけは「重要である」が激減し、「アバターのビジュアル」も欧米では他の地域より極端に減っています。恐らくですが、LGBTQ+運動が活発である欧米では、物理性別(多くの場合は声によって分かります)を重視することは本質主義であり、アバターのビジュアルを重視することはジェンダーステレオタイプへの加担であるという発想になるのではないでしょうか。それでも物理性別の重視は完全になくなったわけではないにもかかわらず「アバターのビジュアル」の方は消滅するのは、日本型美少女への忌避感が加わるからではないかと思います。

ただし、アメリカではヨーロッパと異なり、「相手の物理的な性別が重要である」がわずかに増えています。ここには少数者運動への反動や保守的家族観への回帰があるのかもしれませんが、今あるデータと私の知見からでは何とも言えないところです。

pp.50-53 VR恋人とプレイ時間、物理現実でのVR恋人

「ソーシャルVRに恋愛パートナーがいる場合、その相手は物理現実世界でもあなたにとって恋人ですか?」が2021から増えるのは私のtwitter体感に一致しますが、そこで物理女性の方が物理男性より24ポイントも高く出る(61%/37%)のは驚くべき結果です(これでも2021の32ポイント差よりは縮まっています)。物理女性はほぼ物理男性とお砂糖し、物理男性は物理女性とも物理男性ともお砂糖すると仮定すると、やはり物理男性同士の組み合わせでは物理現実で恋人になりづらいという事情が表れているのだと思います。2021に比べて物理男性が9ポイント増えているのは、オフ会が増えてお砂糖も物理現実で会いやすくなったことの反映だと考えられますが、元々男女の既婚者であったものが一緒にソーシャルVRを始めた、というケースも増えているのではないでしょうか。

pp.54-57 バーチャルセックスとプレイ時間、経験人数

性的な内容に踏み込む質問を好まない人に配慮するとして、任意質問にするという手もありますが、この調査のように必須回答にした上で「答えたくない」の選択肢を設ける方が質問に向き合ってくれる可能性が高まると思います。

物理女性と物理男性で経験率に1%しか差がなく、2021に比べて差が縮まっていますが、経験人数で見れば物理女性の方が「1人」が優勢です。恐らく、物理男性は遊びや行きずりでJUSTできるのに対し、物理女性は特定パートナーとだけ性行為をする傾向が強いのでしょう。これは物理現実と同じ傾向のように見えますが、ソーシャルVRでそうならなければならない理由はないはずです。合理性があってのことなのか、人々がソーシャルVRに適応するにつれて変わっていくのかは注視のし甲斐があります。

北アメリカで経験率・経験人数が突出している理由はよく分かりません。物理女性の増加がその一因だと思いますが、恋愛観・セックス観が現代日本とあまりに違うので、他に解釈の参考にできる質問項目がないというのが正直なところです。また、ChilloutVR以外のサービスの規約では性表現が禁止されていることも、それ以上踏み込んだ質問を設けて実態を明らかにすることを阻んでいます。

プレイ時間については1000時間の壁が目立ちます。総評の「2021からの変化2:新世代の流入」をご覧ください。

バーチャルセックスについては後述の「p.2 日本語名称の変更について」でも触れます。

pp.60-62 支出額・物理経済への波及


納得できる数字です。物理男性の方が支出が多いのは、可処分所得の差と口コミの強さのためだと思います。口コミの強さというのは、男性の多いコミュニティでは男性受けのいいコンテンツ・商品が広まりやすいということで、言い換えれば人数の多い層に合わせて市場ができるということです。美少女アバターの改変素材市場の厚みはその最たるものだと思います。

一方で、ソーシャルVRでの体験をきっかけにして物理現実の商品を買ったことがある層が半数に満たないのも納得できます。Vketなどへの企業の出展を除いて、具体的な商品への購買意欲を起こさせる仕掛けはまだソーシャルVRには少ないと感じています。それがもっと増えるべきかどうかについては、私は判断を保留しているのですが、観光・食品については増えていいと思います。当面はVRで代替できないものだからです。服飾については、アバターの可能性を狭めるのではないかという懸念があります。

観光について、あるエリアの中にある商店などをどれだけ精確に再現するかは権利の問題もあって難しいのではないかと思いますが、井の頭公園駅などを見ていると、物理現実の名前やデザインそのままの方が集客効果はあるような気がします。また、単に3Dで見た目を再現するだけでは不足で、そこで展開されそこに紐づく物語を伴わなければならないのは、アニメや小説の聖地形成と同じです。その点で、Vketのパラリアルワールドは企業の宣伝が多くのスペースを占め、訪れたユーザーが自分たちの体験で物語を形成するには公開期間が短いため、街そのものへの集客効果がどれほどあるかは疑問だと私は思っています。

pp.63-64 支出種別

日本で突出して多い「テキスト(書籍、有料記事など)」は、要するに、『メタバース進化論』の売上では?

しかし、それにしては外国でテキストへの支出が少なすぎます。もしかすると日本のようにネットで有料で記事を売るというビジネスモデルが強くないのかもしれませんし、紙の本全般が日本ほど手軽に買えないのかもしれませんし、メタバースについての書籍や記事が出回っていない、あってもソーシャルVRユーザーに訴求する内容ではないということかもしれません。

VRイベントの内訳は、日本と欧米で異なるかもしれません。日本ではclusterのイベントが主だと思いますが、欧米ではマンツーマンのセラピーが比較的強いのではないかと推測しています。精神科の治療などにおいて、欧米では日本に比べカウンセリングやオープンダイアローグが重視されることから、VRでもその市場ができやすいのではないかと思います。

pp.65-66 収入額、VRで生きていきたいか

納得できる数字です。イベントは今のVRChatのように無償のままでも開催者側の承認欲求などで維持できると思いますし、アセットなどは労力と販売数に対して相場が安すぎます。支出種別の「イラスト」の項目がskebなどでのアバターイラスト依頼を含んでいるなら、その支出はソーシャルVR関連ではあっても非ソーシャルVRユーザーに流れている可能性もあります。単純に金額を問わず収入を得ている割合を見ても、支出をしている割合とはあまりに差があり、多数のユーザーの需要が少数のユーザーの供給に集中しているようです。誰もがクリエイティビティを発揮できる環境ではまだない、発揮できたとしても生活の糧には結びつかない、という現状が見て取れます。

「将来的にソーシャルVR関連の活動の収入を主軸に生活していきたいか」についても、まあこんなものでしょう。今のところ、物理現実でしかできない仕事が多すぎます。私は「いいえ」と答えました。私の関心はVRでもアバターでもメタバースでもなく、美少女にこそあり、それはソーシャルVRに限らないありとあらゆるところにあるからです。

Neosで外国ユーザーの高額収入が多いのは、何でしょう。企業案件や誰もが使う必須有料ツール(XSOverlayのような)を請け負っている人がたまたまNeosを本拠にしている……? 物理女性の収入が多いのは、イラストレーターのようにクリエイティブ職で女性が多くなる傾向をここでも反映しているでしょうし、残酷ですが、ファングッズや音楽の売り上げも物理女性の方が伸びやすいと思います。それに伴って「VRで生きていきたい」傾向も強いようです。

pp.68-69 収入種別

この質問は、イベント・3Dモデル以外がたかだか数%で、しかもただでさえ30%程度しかいないメタバース稼得者の中での割合なので、ランダムサンプリング誤差が特に大きく、3Dモデルとイベント以外・VRChat以外・日本と北アメリカ以外では数字の信頼性はほとんどありません。ただ、いくつか言えそうなことはあります。

まず、バーチャルキャスト民はソーシャルVR関連のテキストとイラストに支出をしていますが、これらで収入は得ていません。恐らく、これらのテキストやイラストを売っているのはVRChatなどの他のサービスを本拠にする住人で、市場がサービス内で閉じていないのでしょう。一方、テキストの市場はほぼ地域ごとに閉じるはずですので、やはり支出と同様に、欧米で全滅しています。

音楽がどういう要因で増減するのかはよく分かりません。販売できるレベルの音楽を作れる人は、配信で投げ銭をもらったりイベントに出たりファンコミュニティを形成したりして音楽以外のカテゴリで収入を得がち、ということかもしれないと思います。

p.72 ファントムセンス

ここで挙げられているファントムセンスは三種類に大別されます。落下感、触覚、それ以外です。耳元で囁かれた時の吐息・触られたくすぐったさなどの感覚・うちわで仰がれた原文ママ時などの風が触覚に属し、ワールドの暑さや寒さ・食べ物や相手の匂い・食べ物などの味が触覚以外に属します。それぞれの「たまに感じる」と「よく感じる」の合計について、2021からの変化を見てみます。

  • 高いところから落ちる時の落下感(75% → 71%)

  • 耳元で囁かれた時の吐息(53% → 50%)

  • 触られたくすぐったさなどの感覚(45% → 43%)

  • うちわで仰がれた時などの風(28% → 24%)

  • ワールドの暑さや寒さ(21% → 24%)

  • 食べ物や相手の匂い(16% → 17%)

  • 食べ物などの味(8% → 8%)

変化はほとんどランダムサンプリング誤差の範囲内ではありますが、落下感と触覚では減少、それ以外では増加しています。落下感については体験を重ねるにつれ慣れるという報告もあり、この違いは2021以前からの層が落下感・触覚に慣れる一方で温感・嗅覚・味覚を獲得した可能性と、新規流入層の元々の身体的没入感の低さの両方を反映しているかもしれません。

pp.73-74 触覚ファントムセンスとサービス・プレイ時間

2021に比べて、「たまに感じる・よく感じる」のバーチャルキャストでの落ち込み(50% → 35%)が目立ちます。私は2023年11月現在でバーチャルキャストに行ったことがないので内実は分かりません。回答者層が変わったのか、あるいは、ファントムセンスは多分に想像力に依存する感覚なので、同じ回答者でも「2021年には感じるような気がしていたが、今改めて考えるとそうでもない気がする」というように回答が変わった可能性もあります。

プレイ時間については、5000時間以上の古参と100時間以上500時間未満の新規層で「全く感じない」が9ポイント増えている点が気になります(20%/32% → 29%/41%)。古参についてはファントムセンスへの関心の低下、新規層についてはそこに世代の性質も加わっていると思います。

この項目では、2021と2023でclusterとバーチャルキャストの順番が入れ替わっており、やや見づらいです。

pp.75-76 触覚ファントムセンスを感じる部位

触覚ファントムセンスを感じる部位、『ソーシャルVRライフスタイル調査2021』p.60
触覚ファントムセンスを感じる部位、『ソーシャルVRライフスタイル調査2023』p.76

触覚を感じたことがある人に向けた質問なのに、なぜ全体的に2021より減るのか分かりません。いくつかの項目はわずかに増えていますが、それらはVRChatの「頭・顔」の激減(90% → 70%)一つすら説明しません。考えられるのは、2021では頭・顔を中心とした複数回答が多かったが、2023では指・手など限定的なファントムセンスのみ感じるという回答が多かった、という可能性です。

サービス別では、2021ではclusterの「胸・腹」「足」「現実では存在しない器官」がVRChatやNeosに迫っていましたが、2023では減少してかなり差をつけました。これは、イベントでないカジュアル利用が増えた分、フルトラ機材を持っていない非パフォーマーが増えたためではないかと思います。

この項目では、2021と2023でclusterとバーチャルキャストの順番及び色が入れ替わっており、見づらいです。


要望

前述のように、アジア(日本以外)の国別統計が見たいと思います。複数のアバターを使い分ける動機を詳しく調べる質問も欲しいです。また、質問項目の一覧をレポートに含めてほしいと思います。もし回答数が少なく集計されなかった質問がある場合、それがどの質問なのか分かるようにするためです。


p.2 日本語名称の変更について

レポート公開時点では、この調査は「ソーシャルVR国勢調査2023」という名前でしたが、2023年11月9日付で「ソーシャルVRライフスタイル調査2023」に変更されました。英語版の名称「Social VR Lifestyle Survey 2023」には変更はありません。

日本語名称の変更について、『ソーシャルVRライフスタイル調査2023』p.2

これは、全数調査やランダムサンプリング調査でないこの調査が、「国勢調査」という名称によってソーシャルVRユーザー全体の真の傾向を表したものであるかのように誤解され、また政府・自治体・学術機関・その他メディアに向けた報告によって権威を得る、という可能性への反発から、twitter上で批判が起きたことを受けての改称です。特にVR恋愛とバーチャルセックスの結果について、数字が独り歩きすることへの懸念が多く語られました。以下、このことについて私の意見を述べます。

まず、この調査が権威を得ること自体は確かです。ソーシャルVRが外部のメディアに注目され、関係者が取材やヒアリングを受けるようになってきたとはいえ、その中でねむさんの露出回数と露出範囲は群を抜いており、2021年の調査を基にした『メタバース進化論』は四季報への引用などを通じて企業の意思決定に影響を及ぼしうる位置にあります。

また、レポートにはランダムサンプリング誤差や調査方法の信頼性が明記されているとはいえ、講演などで参照される際には省略され、結果として集計値のパーセンテージだけが、聞き手がデータを精査する以前のバイアスとして働くことはありえます。ただし私の知る限り、ねむさんは講演で2021の調査を引用する際に、回答者が数十人しかいないような誤差の大きい質問項目を取り上げたことはありません。

もしもソーシャルVRで全数調査を行うとすれば、全ユーザーに罰則付きの調査票を送りつける権限を持つ中央政府のようなものが必要になるでしょう。現実的にはプラットフォームがそれを担うことになるでしょうか。しかし、オープンメタバースではこれは不可能ですし、クローズドメタバースでも私は歓迎しません。ランダムサンプリングはまだ実現可能性がありますが、プラットフォームにどの程度の権限を認めるかについてはやはり議論が必要です。

「国勢調査」という名称が全数調査であるかのような誤解を与えるとは私は感じませんが、国のデータを使って意思決定をするような立場の方にとっては、国勢調査という名前の重みは違うのかもしれません。しかし、論点は表向きでは調査の名称へと収斂していったにせよ、批判の元々の動機はこれ以前からあった「アバターコミュニケーションのセクシュアルな側面(バ美肉・お砂糖・JUST)を喧伝することへの反発」であり、それがレポートの公開によって時宜を得て噴出したという形に見えます。つまり、ソーシャルVR住人がエロ目的の人々だと思われると、外聞・マーケティング・法規制などの面において不利になる、という主張です。また、セクシュアルな質問が含まれることによってアンケート全体の回答率が減り信頼性を損ねた、という意見もありました。

これを踏まえて私は、「批判は理解するが、批判に同調はせず、しかし批判に応えての改称はやむを得ない」という立場をとります。上記のように私は今回起こった議論の構造を分析はしていますが、「国勢調査という名称が深刻な誤解を与える」「アバターコミュニケーションのセクシュアルな側面を明るみに出すべきではない」という二点には同意しません。しかし、多くの批判を無視して元の名称を貫くことのデメリットは、名称を「ライフスタイル調査」に変えることのデメリットより遥かに大きいと考えます。

ねむさんはメタバースの有識者として実質的な権威を得ている一方で、その活動はソーシャルVRユーザーや製品・サービス関係者、チャンネル視聴者によって支えられており、法人のような後ろ盾を持っていないはずです。多くの批判に応えないことで反発が高まり、日頃から協力関係にある企業との関係が悪化したり、講演を依頼した企業・省庁・自治体その他宛に依頼取り下げを要望する電話攻勢が来たり、物理現実の名義が流出したりするリスクに一人で対処しなければなりません(こういった事態に際し、VNOSがどこまで支援してくれるのか私は知りません)。ここに挙げた例は性表現バッシングの過去の事例から予想できるもので、備えるために具体的に挙げています。実行者が現れれば私は実行者を批判します。

ネット越しのファンは、個人勢である推しがこれらのリスクを負う状況でできることが限られます。批判に対して論陣を張るか、金銭的な支援をするかしかできないと言っていいでしょう。「間違ったことをしていないのだから、批判を全部無視すればいい」とは私は言いません。メタバース文化の発信者は複数いても、人類美少女計画を継げる人は他にいないからです。


現段階では、議論はネットの言論の応酬の範囲に留まっており、言論の機会を奪うような動きは私の知る限り起きていません。そのため、私はこれを憲法21条の表現の自由の問題とは考えません。過去にあった美少女キャラクター広告の炎上騒動の多くを、私が表現の自由の問題と考えないのと同じようにです。法規制や行政執行が絡まない、民間における表現への圧力に憲法の私人間効力を適用できるという意見もあるのですが、では誰がどうやって適用するのか、という点が問題になります。結局は法を介して調整されるしかありません。ただ「憲法違反だ」と叫ぶだけでは威圧にしかならず、また問題の本質を見失うので、私は表現にまつわる論争を表現の自由の側面から捉えようとすることは最小限であるべきだと考えています。ここで問題の本質とは、セクシュアルな表現が社会通念上何らかの悪さを有しているとみなされていることと、そうみなしている人々が個々の事例においてパワーゲーム上で優位にあることです。

ソーシャルVRの大規模調査において、セクシュアルな事柄の質問があるべきかどうかということについては、ソーシャルVRをゲームと捉えるか生活空間と捉えるかで考え方が変わると思います。生活空間と捉える場合、そこでの人間関係や欲望の発露のあり方を把握するためにセクシュアルな質問は必須です。たとえメタバースでは物理現実と異なる発展の仕方をするとしても、それを可視化するために、まず物理現実と同じと仮定した質問をする必要があります。

セクシュアルな事柄の調査をしたい場合には、それに特化した調査を行うよりも、今回のような網羅的な事柄を問う調査の一部として入れた方がいいと私は思います。有志から回答を募る以上、セクシュアルな事柄に特化した調査ではさらにサンプリングの偏りを生むはずだからです。もしもその項目によって途中で回答をやめてしまう人がいたとしても、全体としては網羅的な調査の方が、特化した調査よりも多くの回答が得られると思います。

質的調査を取り入れるべき、という意見もあります。確かに、適切に取り入れられれば、メタバース特有の性行動を明らかにするのに有用でしょう。しかし日本の美少女表現コミュニティは、質的調査の介入に強い忌避感があります。それは過去、定量的なエビデンスに基づかない少数の観察に基づく印象論が研究者やNPO法人などから発信され、世論や政策に影響を与え、美少女カルチャーに多大な不利益をもたらしてきたという歴史によるものです。今回の調査者の一人であるミラさんはまさに質的調査を主な手段として、お砂糖に関する論文を出版されましたが、彼女のように「自分の研究はソーシャルVRの一部・一側面を表すにすぎない」と明言して、安易な社会改良の提言に結びつけない質的調査者を得ることは、現状のオタクコミュニティでは常に期待できるものではありません。

例えば2018年10月に起きた「『キズナアイ』のノーベル賞まるわかり授業」騒動では、キズナアイさんが研究者からノーベル賞の受賞研究の解説を聞くという企画をジェンダーステレオタイプの観点から批判した研究者が、民間企業の公開している統計データの解釈をめぐって反論を受けた時、質的調査の重要性を強調して、母集団の検討や再現性・客観性の追求には大きな意味がないと主張しました。これがさらに批判され、社会学という学問分野全体に対するオタク層の不信を強める結果になったと私は理解しています。

ですので、質的調査を取り入れるにしても、セクシュアルな事柄に関する量的調査自体は今後も続けられるべきだと思います。そしてその結果は公表され、メタバースが人類の新たな可能性を開花させる新世界であることを示す最大の兆しとして、広く知られるべきだと思います。改められるべきはセクシュアルな事柄を明るみに出す姿勢の方ではなく、明るみに出すことを忌避したり不利益を負わせたりする社会通念や制度の方であり、それを改めるためには場違いにも見える場にこうして出ていくことで、「明るみに出たが何も悪いことは起こらなかった」という既成事実を作っていくことが最良だと私は考えています。


私自身のソーシャルVRライフスタイル:


〈以上〉

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