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FM言ノ葉「第9回きっとあなたの1400字」投稿作品『Visitor』

本作は、VRChat内のラジオ「FM言ノ葉」において2024年4月から6月にかけて開催された企画「第9回きっとあなたの1400字」に投稿した小説作品です。
お題は「妖精」を選びました。表紙画像は「ポピー横丁-Poppy Street-」で撮影しました。
段落頭インデントはnote掲載に際して挿入したものです。


『Visitor』 ソーサツ・チエカ


 木の実を集めるのは雌の役目だ。狩りに行かない私の仕事。
 緑に混じる赤い実を皮袋に集めながら、深い藪を歩く。群生地が近いはずだった。赤い実は森の中の池の近くによく生る。しかし、その日は――
 斜面を下り、背の高い茎をかき分けた先。それは、私が見たことのない広い水面だった。
 巨大な円周が一色に染まっている。赤だ。池を囲む林に赤い実がひしめいている。私は呆然として、対岸を見ようと水に近付いた。
 私の顔が水に映った。誘われるように屈み込んだ。
 奇妙な匂いがした。そう思った直後、目の前がふっと暗くなり、水辺の草の中に倒れ込んだ。

 気付くと、私は光と影の中にいた。影は夜。光は花に似て色とりどり、左右の絶壁に点り、壁には洞穴が並んでいる。
 突然、近くの洞穴から声がして、列をなして出てきたものがあった。
 異様な生き物だった。まず目立つのは、蝶のような明るい色の髪。平らな顔の半分ほどもある目。頭に獣の耳が生えたものもいる。しかし、皮らしきものを着ている。何より、二本の足で歩いていた。
 こんな群れは知らない。だが私たちで言えば、全員雌だと思う。
 その一匹、赤い皮を着た奴が、私に気付いて手を伸ばしてきた。他の縄張りを侵せば痛い目に遭う。私は逃げる暇もなく縮こまった。
 しかし、
 そいつの手は、煙のように私の頭をすり抜けた。赤皮は構わず私の顔をなぞりながら、雄のような低い声を出した。私たちの使う合図ではない。私が答えずにいると、赤皮は勝手に納得して私の横に座り込んだ。何かを私に手渡す。水のように透明な縦長の器だった。感触はないのに私の手についてくる。赤皮は私の器に黄色い水を注いで、自分の器と軽くぶつけた。
 虫の鳴くような、高く澄んだ音がした。
 他の連中も次々に座って黄色い水を飲み始めた。私も器を口に運んだが、いくら傾けても飲めはしなかった。
 赤皮は、時折不思議な仕草をした。頭の横に両手をやって、何かをずらすような。頭の上には奇妙な横長の模様が浮かんでいた。
 驚きに紛れていた恐怖が戻ってきた。ここにいるべきではない。立ち上がった私を赤皮が見上げて、目を細めて手を振った。
 私の視界の下の方に、緑色の模様が現れた。
 戸惑って手を泳がせていると、赤皮の頭の上の模様が黄色くなった。
 赤皮は笑ったまま親指を立てて、そして――

 私は水辺で目を覚ました。林は風にざわめき、奇妙な匂いは吹き散らされていた。
 皮袋を掴んで、一目散に来た道を引き返した。皆に伝えなければ。この森の奥には別の群れがいる。しかし、あれは本当に、縄張りを争う同族だったのだろうか?
 森が開け、ねぐらの岩陰が遠くに見えたその時、私は唐突に、何もかもを理解した。
 あそこは森の主たちの住処だったのだ。尽きない黄色い水は、池の源だったのだ。両手で頭を揺らすのは、赤い実が実る合図だったのだ。獣の耳を持つ雌は、獣たちの母だったのだ。大地の全てのものはあそこから来るのだ。私たちに似て、しかし私たちではない――そうだ、死んだ者たちもそこにいる。倒れた仲間、殺した獣。彼らは姿を変えて、あの光と影の中に帰っていったのだった。
 私たちもいつか彼らになるのだ。
 駆け出した。私たちの世界へと、慄きと予感の告げるままに。

 それからだ。
 大地の裂け目のほとりを放浪する群れが、骨に花を添えて埋めるようになったのは。
 森の奥の誰かに恵みを乞うために、代々の雌に祈らせるようになったのは。



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