フラメンコには「スタンダード曲」がない?(前編)

前回の記事で「コンドルは飛んでいく」について書きました。この曲は南米の、いわゆる「フォルクローレ」と呼ばれる音楽の代名詞的存在です。そして、
 
①   メロディーを聴けばだいたい知っている
②   タイトルを見るだけでも音楽全体の世界観をなんとなくイメージできる
③   いろいろな歌手や演奏家のパフォーマンスを聴いた・見たことがある
④   したがって「誰の作曲か」知られていない場合がある

 
という、誰が言ったかは知りませんが(無責任)、いわば「スタンダード曲(スタンダード・ナンバー)」の条件を満たしています。
 
ちなみに「日本のフォルクローレ」にはもう1曲「花祭り」(原題はアルゼンチン北部の地名を冠した「El Humahuaqueño」 エル・ウマウアケーニョ=ウマウアカの人)というナンバーがあります。例えばコンサートの中で「コンドルは飛んでいく」を序盤に演奏する「つかみ」の曲とするならば、「花祭り」はラストまたはアンコールに演奏する「しめ」の定番曲になります。
 
「花祭り」はごく一部のミュージシャンの間では「帳消しソング」と呼んでいます。どんなにがんばって新ネタを披露しても、最後にこの曲を演奏してしまうと、お客様の多くが「ライララ ライラ― ライララ ライラー♪」と心で口ずさみながらお帰りになるという「オチ」がついてしまうからです。でもそれはそれで、とても素晴らしいことだと思っています。何より会場全体が知っている曲で幸せな気持ちでフィナーレを迎える、という一体感には代えがたいものがあります。

“El Humahuaqueño~El Quebradeño”
Soledad- Chaqueño Palavecino- Nocheros
※アルゼンチンのアーティストたちによるコラボ企画
(Spotifyへの無料登録でお聴きいただけます)

Spotify

アルゼンチンタンゴなら、例えばご年配の方はまず「ラ・クンパルシータ」、60歳以下の方は「リベルタンゴ」が真っ先に思い浮かぶでしょうか。タンゴについては今回は書きませんが、とにかくひとつのジャンル、特に民俗音楽・ワールドミュージックのカテゴリーで有名曲が2曲以上あるのは、かなりすごいことだと思います。
 
それでは、私にとってのもう1つの柱でもある「フラメンコ」の”スタンダード”は?となると…自信を持ってこの曲です、といえる曲は、今のところありません。フラメンコの名曲を紹介したいという気持ちがあっても、歌・踊り・ギターのイメージはなんとなく共有できたとしても、具体的なメロディーを共有できないというもどかしさ、そもそもその音楽にゆかりがなくても知られている曲こそが「スタンダード」なので、これは一体どういうことなのか、考えてみたいと思います。

「フラメンコの曲を弾いて」と言われたら

例えば誰かのコンサートにゲストに呼ばれたとして、「フラメンコギターのソロで1曲弾いてほしい」とリクエストされたらどうするか…伝統的なスタイルの曲か、カバー曲か、フラメンコ風にアレンジした楽曲か、フラメンコテイストの楽曲か、オリジナル曲か…フラメンコギターを始めて10年間ほど、特にスペインから帰ったばかりのころは、自分の演奏をなんとかアピールしたい、でもみんな知らない曲の中でどうやって伝えたらいいだろうか…とずっと迷っていました。
 
というのも、20代のころは、サポートメンバーとして参加したライブの中でギターソロコーナ―をいただいた時に、伝統的なスタイルの曲やスペインの有名ギタリストの曲のカバーにも挑戦していました。しかしコンサート全体の趣旨が「南米」をテーマにしていた場合は構成上バランスが合わなかったり、自分の実力不足からか反応が微妙だったりしました。お客様や共演者の方から「なんかすごいけどよくわからなかった」というご意見をいただいたこともあります……。
 
さらにもう1つ、フラメンコの曲を「フラメンコのアーティスト」以外の方と共演するのは、とてもハードルが高いという問題があります。クラシック、ジャズなどに精通した方でも、フラメンコ独特のリズムやメロディーを共有するのはとても大変なことだそうです。聴いてイメージしたり演奏して経験を積む機会もない……みんな知っている「スタンダード」がないことのデメリットは、まさにここにあります。
 
なので、フラメンコの公演以外のコンサートやライブでギターソロの枠をいただいた場合、あるいは共演者の方とフラメンコのフィールドでセッションする場合は、ある意味割り切って「フラメンコテイスト」「フラメンコアレンジ」そして「オリジナル」のいずれかを演奏してきました。ちなみにこれまで一番数多く弾いた曲の1つが、22歳でスペインに行く前、フラメンコへの想いをこめて初めて作曲した「月下の門」という曲です。フラメンコの形式の1つ「ブレリア」をベースにしています。
 
これは決してネガティブな動機ではなく、フラメンコギターの特徴を短い時間で分かりやすく紹介し、演奏空間を共有する手段として「月下の門」が最適だった、というポジティブな結論です。作曲した時点から若干のマイナーチェンジはありますが、自分ができる限りの奏法をつぎこんでおり、時間も5分弱なので楽器の紹介と合わせてちょうどいいサイズでした。

月下の門(智詠)
2009年 Studio WUU(千葉県柏市)

Chiei YouTubeチャンネル

では、もう1曲弾くとしたら…これは次のテーマにかかってきます。
 

「星のフラメンコ」と「ジプシー・キングス」と「スペイン」は、やっぱり強い

さて、日本において、スペインのフラメンコで「スタンダード・ナンバー」として認知されている曲がないことを、何よりも裏付けているかもしれないことがあります。
 
フラメンコといえば 星のフラメンコ
フラメンコといえば ジプシー・キングス
フラメンコといえば スペイン

 
これはネタでもありますが、ネタになっていない(本当にそう思われているかもしれない)のもまた事実です。
 
ご存じ「星のフラメンコ」は西郷輝彦さんのヒット曲であり、作詞作曲は昭和の歌謡曲の巨匠、浜口庫之助さんです。編曲はこれも数多くの名曲のアレンジを手掛けてきた小杉仁三さんが担当しています。
 
私は何度か、それこそネタのつもりで「星のフラメンコ」を演奏してきました。そして「星のフラメンコはフラメンコではなく…」という説明もかなりしてきました。でもいつしか、この曲が大好きになってしまいました。やはり名曲は名曲ですね。

タイトルこそ「フラメンコ」ではありますが、実際は闘牛などの音楽として演奏される「パソドブレ Pasodoble」をモチーフとしています。社交ダンスのラテンの演目でもおなじみです。

西郷輝彦『星のフラメンコ』

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もう1つ別バージョンで、以前、自分のFMの番組でもこのネタを話したことはありますが、その時にかけたナンバーがあります。スペイン人と日本人(沖縄)を両親に持ち、アメリカでシンガーソングライター、音楽プロデューサーとして活躍するライートがカバーした「星のフラメンコ」です。ライートはギタリストとしてもすごい技術を持っていて、楽曲を提供したリッキー・マーティンやダビッド・ビスバルの曲なども自ら弾いています。


RAYITO “Hoshino Flamenco”

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2つ目の「ジプシー・キングス」は、1980年代以降のワールドミュージックのムーブメントの立役者。日本でもさまざまな曲がCM・ドラマ・バラエティー番組で何度も使用され、リバイバルヒットもしました。とりわけ有名なのが、時代劇のエンディングテーマとして長年親しまれた「インスピレイション」と、発泡酒のCMがヒットした「ボラーレ」でしょう。
 
「ボラーレ」はイタリアの「ネル・ブルー・ディピント・ディ・ブルー Nel blu dipinto di blu」が原曲、そしてジプシー・キングスは南フランスのグループ。フランス人がイタリアの曲を(サビのイタリア語の部分以外)スペイン語で歌うという、なんとも複雑というか、地中海を感じる演出になっています。

そして「インスピレイション」。これは私にとっては何を隠そう、「フラメンコギター」を始めたきっかけとなる曲でした。高校受験で最初に受験した学校の合格通知をもらった帰りの車で父がかけてくれて、すっかりハマったのを今でも覚えています。余談ですがその後の長い春休みで「ジプシー・キングス」と、同じ時期に好きになったフラメンコギタリストの「パコ・デ・ルシア」を聴きまくって、あとの時間はテレビゲームに明け暮れて…高校入学して授業にいきなりついていけなかったのも、今では良い思い出です。
 
「インスピレイション」はルンバという4拍子(2拍子)の分かりやすいテーマで、物憂げなイントロと江戸の街並みがベストマッチ、コンサートでこのタイトルを言うだけで拍手をいただいたこともありました。自分にとっては、「月下の門」「インスピレイション」を自分のソロコーナーの主な曲として選び続ける理由はここにあります。

Gipsy Kings "Inspiration"

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3つ目は「スペイン」。フラメンコはスペインのアンダルシア地方の民俗芸能ですが、ここでいう「スペイン」とは、ジャズピアニストのチック・コリアが作曲した「スペイン」のことをいいます。
 
ホアキン・ロドリーゴ作曲『アランフエス協奏曲』の第二楽章(Adagio)をモチーフにしていて、その出だしは「必殺シリーズ(必殺仕事人V)」にも引用されているあのメロディーです。
 
この曲には技術的な難しさはもちろんありますが、おそらく多くのジャンルの楽器であってもだいたい演奏可能、何よりキャッチーなメロディーには演奏したくなる魅力があります。そしてリズムはブラジルのサンバのテイストもブレンドされているので、打楽器奏者にとっても比較的取り組みやすいテーマだと思われます。

リズミカルなテーマと共通のコードパターンの中でのソロ回し(アドリブ)という、ラテンジャズらしい構造なので、さまざまなルーツを持つミュージシャンが集まって、スパニッシュの雰囲気を感じさせる曲、いろいろな解釈が許される曲、みんなが聴いて楽しい曲、で、たどりつく結論が「スペイン」です。まさにミュージシャンの間での「スタンダード・ナンバー」といえるでしょう。
 
さらにチック・コリアは他にも「La Fiesta」やアルバム『マイ・スパニッシュ・ハート』など、スペイン愛を感じる作品を多数発表しています。

パコ・デ・ルシアとの共演も知られていますし、実際にフラメンコギタリストが「スペイン」をカバーする音源や映像はたくさんあります(どちらかというと日本・アメリカ・ドイツなどスペイン国外の、という条件付きですが)。フラメンコを演奏するミュージシャンにとっても、他のジャンルのミュージシャンや音楽ファンをリンクさせるのに、「スペイン」がもっとも重要な曲のひとつであることは間違いありません。


 Chick Corea "Spain" (original)

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私にとっても「スペイン」は本当に数多くセッションで演奏してきた曲で、ミュージシャンやお客さん同士をつなぐ最高のナンバーの1つでもあります。フラメンコギタリスト沖仁さんのコンサートでも頻繁に演奏、NHKの生放送にバンドメンバーで出演した際にはとうとうメロディーを(ラララで)歌ってしまった思い出もあります。

またしても長い文章になってきました。それでは、なぜスペインの、スペイン人による「フラメンコ」にこれまで「スタンダード」が生まれなかったか…この続きは次の記事で書きたいと思います。

フラメンコには「スタンダード曲」がない?(後編)はこちら

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