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声に恋して何が悪いの #同じテーマで小説を書こう

「キョウコさん、ありがとう。またね。」
「うん、こちらこそありがとう。」

10月19日土曜日、時刻は午前11時を回ったところ。
ヒロヤくんは渋谷駅へ、私は道玄坂へと向かった。定期があるから私だって駅に向かってもよかったんだけど、万が一駅までの道中で「次、いつ会いましょうか」なんて話題になったら面倒くさいから。用賀なら、バスでも帰れる。首都高の騒音が、耳にかすかに残っていたヒロヤくんの「ありがとう」を掻き消していく。

***

今週は残業続きで、ストレス発散も兼ねて金曜日は誰かと飲みに行きたい気分だった。木曜日の昼休み、久しぶりにマッチングアプリを開いてメンズを検索したら、ヒロヤくんが出てきた。
東京在住、1個下の26歳、キスは・・・出来そうな顔、“出会いが少ないので気軽に飲みに行きたいです”というコピペのような自己紹介文。真剣交際は求めていませんという、遊びには最高のステータス。後腐れもないだろうと踏んで、いいねを押すと、夕方のトイレ休憩時にはいいねが返ってきていた。

電車に乗って、radikoを起動する。通勤中はもっぱらNHKだ。芸能人の番組や音楽番組も好きだけど、仕事終わりの脳味噌には感情ゼロで聴けるニュースがいいと、最近気が付いた。
マッチングアプリも起動して、テンプレ通りの自己紹介を数通。

『アプリ内だと通知に気付きにくいから、LINEにしようよ』

と、これまたテンプレ通りの返信が来た。LINEはさすがにプライベートゾーンだ、立ち入るのは勘弁してくれ。NHKアナウンサーの端正なニュース読みに心を落ち着かせつつ、必殺武器を返信する。

『LINEでやりとりするより、明日、サクッと飲みに行かない?』

ネットワークビジネスの勧誘なら、相手の懐に入ろうと、実際会うまでにもう4、5日は使うはずだ。まぁ、怪しまれはしないだろう。だってヒロヤくんは、多分私と同族だから。小洒落たレストランを予約なんてしなくていい。サクッと居酒屋でガヤガヤ飲めればいい。

帰宅後、アプリ内で数通重ね、場所はお互いの定期券内の渋谷で落ち着いた。恵比寿になりかけたけど、店の選択肢の多さで渋谷を押した。恵比寿はラブホが少ないからとは書かなかった。8時半に、マークシティの入り口前で待ち合わせ。ハチ公やTSUTAYAは、待ち合わせの人が多過ぎるから。

『今日はちょっと疲れたので早めにお風呂行くね。明日はよろしくお願いします!』

とラリーを終わらせた。時刻は、午後11時を回ったところだ。J-WAVEをBGMに、失礼のない程度に準備をしておく。下着と、コンタクトと、試供品のUV化粧下地さえあれば、なんとかなる。この前ミカにもらったポーチに入れておくか。今日はパックして寝よう。

***

ここ1年、特定の相手はいない。彼氏は欲しいけどなかなか恋愛まで発展しない。フッタフラレタに一喜一憂するくらいならと割り切り、適度に遊ぶことにした。ミカをはじめとする悪友たちは「病気を移されないように」と、からかい半分で一応心配はしてくれている。サンキュー。「そんなの自分の価値を下げるだけ!良くないよ!」と、正論をプレゼントしてくれる友達には、この類の話はしていない。

理想が高い訳じゃないんだけど、どうしても譲れないところがある。声だ。
髪型、ファッション、体型は変えられる。最悪顔だって整形という奥の手がある。声は、話し方やトーンを調整出来たとしても、声帯までは変えられないから、私のハードルはたちが悪い。
諸悪の根源は、学生時代に男性声優沼にハマったこと。イケボの魅力にすっかり取り憑かれてしまった。好きな声は高すぎず低すぎず、艶のある声。基本的には優しいけど、どこか遊び人の雰囲気を漂わせる男の声だ。アニメはもちろんたくさん見てたし、声優さんのことをもっと知りたくて、ラジオを聴くようになった。お目当ての番組前後にある芸能人のラジオもよく聴いた。テレビより声を張る必要がないからか、少し落ち着いた口調になってて、それが素っぽくて好きだった。
今でこそ男性声優沼のピークは落ち着いたものの、今度は日常でイケボを求めるようになった。これまでの彼氏も、性格はさておき全員声は良かった。モラハラだった彼氏と別れるタイミングを誤ったこともある。声は罪深い。

さて、ヒロヤくんはどんな声をしているんだろう。
合コンは声がすぐ分かるけど、大学の先輩の同僚とか、友達の友達とか、下手に遊ぶと変な噂が流れるからあまりよろしくない。アプリはそういった煩わしさがない代わりに、声に関しては一か八かだ。どんなに文面から良さそうな雰囲気が伝わってきても、肝心の声は分からない。LINEに移行して通話してから会う人もいるみたいだけど、可能な限り個人情報は漏らしたくない。
ヒロヤくん、どんな声してるんだろう。

***

『お疲れさまです!今から渋谷向かいます〜お腹減った!』
『俺もです!金曜ですしとことん飲みましょう〜!』

あろうことかイレギュラー案件が発生し、化粧を直す時間を失った。たかが遊びだけど、されど遊びだから手は抜きたくない。検索してた電車より1本早いのに乗れたから、マークシティのトイレで眉と口紅だけ直す。私と似たような人たちがうじゃうじゃいる。金曜日の夜の、ギラついてる感じは嫌いじゃない。皆さん、これから出陣なの?私もよ。みんな十分綺麗。検討を祈るわ。

8時半ジャスト。AirPodsをしまう。目印はワインレッドのスカートにした。お互いアプリでちょっとぼやけた写真を載せてるから、そんなに迷うことはないだろう。ヒロキくんはネイビーのスーツだそうだ。173cmと書いてあったが、果たして。

「あの、キョウコさんですか?」

高すぎず、低すぎず。ちょっと生意気そうな、だけど華がある声。
目の前に現れた男性は写真詐欺をしておらず、身長もごまかしていないようだ。

「ヒロヤくんですか?キョウコです。はじめまして。」
「はじめまして〜よかった、間違えなかった!」
「ね、無事会えてよかった!お腹すいたから早くどっか入ろ〜。」

とりあえずビールが飲めれば、チェーン店でもどこでもいい。井の頭線の渋谷駅付近は、人は多いけどセンター街ほどではない。マークシティを突き抜ければ円山町なんてすぐそこだ。ヒロキくんが一回行ったことがあるという居酒屋に入り、カウンターに通される。ビールと焼き鳥、唐揚げ、出し巻き卵、罪悪感からサラダも頼むことにした。

「かんぱ〜い」

金曜日の夜に飲むビールはうまい。1人で飲んでもいいけど、今週は2ヶ月抱えていた案件が終わって、誰かと開放感を味わいたかった。職場の人とももちろん飲みには行くけど、必要以上には接しない。適度な距離感で私は十分。今日は、後腐れなく飲みたいんだ。
ヒロヤくんは濃いイケメンではないけれど、目鼻立ちは整っていて、話も上手だし、何より声が私好みだった。お互いの仕事、好きなドラマ、音楽の話。当たり障りのない会話を心地よく出来る才能は、こういう飲みが初めてではないということの証明になる。「全然モテないんですよ〜」と言う口ぶりから余裕が窺える。彼女はいないと言っていたけど、多分、クロだと思う。

ビールからハイボールに代わって、おでんをつついていたら、ヒロヤくんが仕掛けてきた。

「俺、年下ですけど、キョウコさんいいんですか?」

ほんの一瞬、オスの顔で、オスの声を出してきた。肩が、ほんの少しだけ触れる。言葉にしないけど“この後どうするのか“とヒロヤくんの目が言っている。3杯目のハイボールは2人とも、残りあと3分の1くらい。ちらりと腕時計を見る。10時15分か。

「大学生の頃は、年上がいい〜とか生意気言ってたけど、社会に出たら歳とか結構どうでもよくない?その人次第。それに、ヒロヤくん1歳しか変わらないし。誤差だよそんなの。」

こんな会話、もうどうでもよかった。

「トイレ行ってくるね。」

念のため口紅だけ塗り直す。あと数十分もしない間に落とすことになるんだけど。席に戻ったらヒロヤくんは想定通り会計を済ませていて、きちんと割り勘にして店を出た。お決まりのように、もう一軒行く?なんて行くはずのない二軒目の話をしながら、手を繋いで円山町へ向かった。途中でコンビニに寄って、チューハイを買う。彼女がいるのか、念のためもう1回確認した方がいいかなって頭をよぎったけど、全部アルコールのせいにすることにした。

***

目が覚めたら、朝の9時だった。なんだかんだ盛り上がって2時くらいまではしゃいでたのと、若干の二日酔いで身体がだるい。ヒロヤくんはまだ寝ている。
ちょっとハマりそうな気がしている。相性も悪くなかった。声も、耳なじみがたまらなくいい。だけど、こういう関係は後腐れないから楽しいのであって、間違った方向に行くと最後に泣くのはいつも女だ。
もうちょっと寝ていたい気もするけど、シャワーを浴びることにした。

ソファに投げっぱなしの鞄の中から、ポーチを探す。ふと、隣のヒロヤくんの鞄が目に入った。女の気配がするモノでも入っているかと興味があったけど、流石に中を漁るのは気が引けた。ただ、無造作に入っていた社員証に違和感があって、顔を近づけた。

「いわもと・・・けんいち?」

岩本健一って書いてある。昨日ヒロヤくんの苗字は松田って聞いた気がするけど、あれ、どういうことだ。あぁ、そういうことか。
Facebookで “kenichi iwamoto“を検索した。年齢は嘘じゃないなら、この上から3番目のアカウントがヒロヤくんだ。女を匂わせる投稿はない。私たちの年代は、Facebookは大学で卒業したも同然だった。じゃあ、インスタはどうだ。意外と本名で登録してる人多いんだよな。あぁ、いたいた。鍵アカじゃないんだ。女の写真はないけど、タグ付けはどうだ。人差し指を右に滑らす。
“mana♡”っていうアカウントの、料理があって、景色があって、5枚目の写真にヒロヤくんはいた。いや違う、岩本健一さんだ。まぁいいや、シャワー浴びてこよっと。

あぁ、ハマる前でよかったよ。彼女持ちの男の、二番手になる気はさらさらない。でもmanaちゃんいいね、素敵な声の彼氏がいて。それは純粋に羨ましい。色んな意味で、目を覚ますのにシャワーはちょうどよかった。
髪を乾かしてたら、ヒロヤくんが起きてきた。

「キョウコさん、おはよ〜」
「ヒロヤくんおはよ。シャワー浴びてきなよ。」
「そうする〜」

ヒロヤくんは私にキスをして、シャワーへ向かった。寝起きの、ちょっとかすれた声もまたいいものだ。もう聞くことはないけど。

***

「キョウコさん、ありがとう。またね。」
「うん、こちらこそありがとう。」

ヒロヤくんと分かれて、バス停へと向かう。赤信号の横断歩道で、マッチングアプリは削除した。これでもう二度と連絡を取ることも、会うこともない。
楽しかったな。サクッと飲んで、話して、イチャイチャして、いい声をたくさん聞いて、さよならして。またねとは言い返さなかったから、遊び慣れているヒロヤくんなら察してくれるでしょう。側から見たら、年下の、彼女持ちの男に遊ばれた女に見えるだろうけど、ちょっとくらい美化させてよ。

バスが来た。座席はみんな座ってて、三茶過ぎた辺りで座れるだろう。たまにはNHK WORLDでも聴くかとスマホを取り出したけど、折角なのでミカにLINEすることにした。

『ミカからもらったポーチ、お泊まりセットに使ったわ。ありがとう!』
『え、なになに!?お泊まり!聞いてない!!』
『2日前にアプリで知り合って、めちゃイケボで当たりだったんだけど、彼女持ちだった!残念!』
『ちょ、情報量多すぎ(笑)てかサヤカ、アプリでイケボ見つけるなんてすごいじゃん!』
『でしょ〜(笑)てかミカ今日夜ヒマ?色々ネタあったから話したい〜〜』
『オッケー!じゃあビール買ってサヤカんち行くわ!他誰か呼ぶ?』
『ちょっと他にも声かけてみるわ〜』

バスの揺れに耐えつつ、ミカとのLINEは続く。

「三軒茶屋、三軒茶屋です。」

後ろの席が空いたので、座ることが出来た。あぁ、なんか眠たくなってきた。
ってか、この運転手さん、結構いい声してる。顔はあんまり覚えてないけど、30代だと思う。結婚してるかな。顔見てみたい。なんで後ろ座っちゃったんだろう。ラジオ聴こうと思ったけど、アナウンスに神経集中させよう。ワンチャン終点で声掛けてみようかな。あぁ、でも眠い。昨日から耳が贅沢だな。

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本当は昨日までの企画だったみたいなんだけど、今日突然書いてみたくなって、あきらとさんが今日の夜でもいいよって言ってくれたので書きました。ありがとうございます!
無理やりテーマの「声」を入れた感は否めませんが、楽しかったです。
最初の1/4は出先だったのでiPhoneで書きました。きつかった(笑)

そして読み返したら、kenichi iwamotoにメッセンジャー送れば連絡取れることに気がついてしまった・・・(笑)まぁいっか!


#小説 #声 #同じテーマで小説を書こう #渋谷 #イケボ

読んでくださりありがとうございます!