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【読書感想】「あなたの人生の物語」

前半ネタバレ無し
下の方に段落開けてネタバレを含む感想

「あなたの人生の物語」
テッド・チャン

エンタメ度    ★☆☆☆☆
文の理解しやすさ ★★☆☆☆
ギミック性    ★☆☆☆☆
世界観の独特さ  ★★★★★
読後の満足感   ★★★☆☆
(この辺を重視して私は本を読んでるよという目安)

SFの短編集が8つ収録されている。
8つそれぞれの世界観と設定がまるで違うので1つの短編を読み始めてしばらくはどういう話かつかみにくい。
それぞれに共通するのは、世界自体がどんなに荒唐無稽なものであっても、そこに存在する人物はその世界の物理法則に従って思考して、それがとてもリアリティーがあるということ。

作者の思考実験を読者にも分かりやすいように物語状にまとめて披露しているような本。
作者とても頭がいい。頭が良すぎる。
「お気に入りの数学の公式をモチーフにストーリーを組み立てました」
とかやる。
そしてそれが「数学の公式=登場人物の最終的な人間関係」としてきちんとオチを付けていたりする。

友人におすすめしてもらって読んだ本だけど、私がSFを好きだということを信用してくれてないとおすすめできなかろう、と思うくらいには読むのにカロリーが要る本だった。
分かんないとこはふわっと読んじゃった。ごめんね。

思考や空想の幅を広げてくれる本だった。
これぞサイエンス・フィクションだ!って本。


以下ネタバレ。
それぞれの短編についての感想。










1.「バビロンの塔」
これを本の初手に持ってくるのは失策では?と思った。
作者の実力が分かりやすいお話は2個目、3個目、4個目の短編だと思う。
「バビロンの塔」は「こういう世界観もたまには書いてみるか!」的な作者の遊び心を感じた。

あらすじを説明すると、この世界には天まで続くバビロンの塔があって、太陽よりも高くそびえ立っているので登ると太陽が下に見える。
頂上につくと空に天井があり実際に触ることができる。
きっとこの世界の大地は平面で、端っこから海が流れ出しているんだろうな。
そういう神話の時代に想像されていた世界のあり方の中で、人間たちが現実的に思考して生きている。

非現実的なおもちゃみたいな風景の中で、人間たちがくっきりとした輪郭でリアリティーのある人間をしている。
そのギャップが面白い。
こんな世界だから神は絶対いると思うんだけど、物理の現象そのものであるかのように、ただただ存在する大いなる力ってだけのようだった。


2.「理解」
薬で超人化してすっっっっっっっごい頭が良くなってしまった主人公がさらなる知能の向上を目指して頑張るお話。
全体的に話が難しいので、これはふわっと読んだ。
何が何でどういう概念のことを言ってるか、というのが途中でわからなくなる。

主人公にひとつ言いたいのはアウェーで戦うのは愚策だぞって事。
敵は本気で勝ちを取るつもりだからホームゲームに持ち込んでる。
私は戦闘描写のある物語が好きだからいろいろパターンを知っているので、主人公が敵地に行くという描写を見たときに「あっ…何らかの罠にかけられる…」って予想できてしまった。


3.「ゼロで割る」
1=2という公式を見つけてしまった天才数学者のお話。
この公式が主人公とその伴侶の人間関係に落とし込まれている構成。

どちらも、これまで真実だと思ってきたことが全く当てはまらなくなってしまって思い悩むんだ。
だから「同じ」つまり「イコール」なんだけど、それ故にお互いの心は噛み合わなくなるんだ。1と2が別の数字であるように。

数学の公式そのものを物語にできるんだ……すごすぎる……どういう頭の良さなの……
と思った。
そしてすれ違い方もリアルだ。


4.「あなたの人生の物語」
宇宙人ヘプタポッドとの交流のお話。であると同時にフェルマーの定理をもとに作られたお話。
もうわからんわからん。
数学わからん。微分積分を投げた女だぞ私は。

ヘプタポッドが肉声ではなく文字をベースにコミュニケーションをするという所が面白かった。
肉体から発せられる音には限界があるから、超頭が良い生物は考えてることを表現するのに媒体が不十分になってしまうんだ。
だから曼荼羅みたいな一文字で書き順も込みで伝えたいことを伝える。
これは2の「理解」でも同じようなテーマを扱っていた。

人間の認識はその場その場で行われ、そのたびにコミュニケーションが発生して未来を作っていく。
ヘプタポッドはもう未来を知っていて…?というのが分からなかった。
これがフェルマーの定理なんだろうか。

なぜヘプタポッドは突然星に帰ってしまったのか。
主人公はヘプタポッドの思考を身に着け始めていたからそれを予測できていたし、帰った理由も分かっていたけど私にはさっぱりだった。
これは「主人公だけは知っている(ので読者には分からない)」という演出なのか、きちんとフェルマーの定理を理解できれば読者にも分かることなのか。
判断がつかなかった。

時系列が滅茶苦茶で主人公の一人称の語りだから、これはヘプタポッドの思考法って事なんだろうな。
ひとつの大きな文字なのかもしれない。
「あなたの人生の物語」って文字なのかも。


5.「七十二文字」
名辞という紙に書いた文字によって物質に何らかの物理的な現象を付与できる、という世界のお話。
なのでゴーレム産業が盛んである。
多分19世紀くらいのヨーロッパ?
蒸気機関が無さそうなのはゴーレムが存在するからかな?

これはこの本の中で一番わかりやすくて好きだった。
ゴーレムというファンタジーになりかねないテーマを扱ってるんだけど、これが存在する社会のあり方、科学、政治、産業が薄暗くも希望がある感じで描かれている。
きちんとSFしてる。

そして、人間の繁殖って何なんだろう?
改めて考えさせられた。
どうして魂が宿る?
理屈が分からない。
だから急に繁殖できなくなった時、誰も解決できないんだ。
現実でもきっとそう。

繁殖という概念を牛耳れそうになった時、選民思想に走る者が出てくる、というのが生々しくてよかった。
こういうリアリティが大好物だ。

あと暗殺者が出てくるし、泥試合して窮地を切り抜けるし、最終的に役に立った名辞は主人公がプロローグで子供時代に書いてた名辞だった。
エンタメ要素(分かりやすい盛り上がり展開)を感じた。
難しいお話ばっかり続いていたからなんだかホッとした。


6、人類科学の進化
科学誌に掲載されているコラムだよ、というていで書かれている文章。
数ページで読み終わる。
多分、2の「理解」の続きのお話だと思う。

超人化したすごい頭の良い人間が生まれる社会のようで、超人と普通人が混在している。
もはや普通人には超人が理解できないけど、発明品などの恩恵がある。
良い社会になっている。

普通人は超人の作ったものを分析する「解釈学」みたいなのを生み出していたり、自分の子供が超人だったら理解できなくなるからどうしよう、という悩みがあったりする。

7、地獄とは神の不在なり
天使が降臨してくる世界のお話。
宗教色を感じない語り口が新鮮だった。
天使が降臨すると、欠損していた手足が元に戻ったり、あるいは大量に人が死んだりする。
自然現象のように存在する。
そして、その世界を生きる人々が天使を憎んだり天使を追いかけたりする。

神は人間に興味が無い、という作者の思想が見える。
1の「バビロンの塔」でもそうだったけど、大いなる力はただ存在するだけで、人間をどうこうしようというものではないという描写を徹底的にやる。

この短編は「もし神や天使がいるとしたら」という作者の思考実験なんだろう。
結構好きな話。

8.顔の美醜について―――ドキュメンタリー
これもかなり思考実験的だった。
まず物語として読めるようにはなっているけど、形は物語じゃない。
インタビューや声明やCMをまとめたというていの文章。

脳に刺激を与え美醜を認識する回路を失認させる技術、通称カリーが最近できたという社会。ファッション感覚でこれができるし、また簡単にもとに戻すこともできる。

これはルッキズムの差別への根本的な解決か?
それともこんなものに頼らず差別は教育によって克服すべき問題なのか?
みたいな社会運動の盛り上がりといろいろな視点からの意見がよかった。

かつてこの短編みたいな構成の空想をしたことある。
ある技術に対しての肯定的なCMや、掲示板への否定的な書き込み、実際使ってみた人の生の声、例外として起きた不幸とかを次々に考えた。
すごい技術が世に現れた場合、いろいろな意見がぶつかり合いながら受け入れられたり受け入れられなかったりする際にどういうことが起きそうかを感るのが楽しかったんだ。
文章にはしてなくて頭の中だけで膨らませていたんだけど、完全に散文状態でまとまらなくて物語にはできなかった。

それをこの作者はすごい。
全部それぞれの立場からの一人称なのに社会で何が起きてるか読み取れて、時系列のある物語になってる。

ちょっとまたあの空想を引っ張り出してきて頭の中で遊んでみようか、という気分になった。
この短編を読んだ今ならばもう少し組み立てられるかも。


良い本だった。難しかったけど。
好きだけどおすすめしにくい本って感じ。

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