戯曲 赤いカーネーション

○少女の独白

「わらの上の子どもって、知ってる?」
(誰かの声)「・・・イエス様のこと?」
「違います。
 生まれたばっかでもらわれる子のことを
 わらの上の子どもっていうんだよ」

 私はわらの上の子どもだった。

○お母さんの秘密

私のお母さんはとてもやさしい。
大好き。
なのに・・・なんでか甘えられなかった。小さなころから。
なんで? 
私は古い古い記憶をたぐる。それって いつからだったのか。

お母さんは時々ぼうっとしてた。
「お母さん?」という私の声に ハッと我に返り
「ああ・・・うん・・・どうしたの?」
「・・・なんでもない」ただ 甘えたかっただけ。

あのお母さんの不思議な表情が いったい何なのか
私には ずっとわからなかった。でも。

〇かくれんぼ

お父さんとお母さんに連れられて、
初めていなかの大おばあちゃんの家に行った時
親戚がいっぱい集まっていて、私も初めはおとなしくしていたけれども
おとなの話がつまんなくて ひとりで外に遊びに行った。

裏庭に古い物置小屋があって、
中には古い道具だの家具だの、いろんなものが置いてあった。
それらを眺めるのに飽きると、私は一人でかくれんぼをして遊んだ。
「七匹の子ヤギ」のように。

大きな戸棚の中に入り込み、中から引き戸を閉めた時、
小屋に誰かが入ってきて 私は思わず身を潜めた。
その人たちは ひそひそとないしょ話を始めた。
小さい子どもがそんなとこに隠れているなんて 気づきもせずに。

よく聞き取れなかったし、何のことかよくわからなかったけれど
『私のことらしい・・・』と気づいて 私は耳を澄ませた。

〇産院にて

お母さんのお産が重くて、お医者様から
「子どものほうを助けますか 母親のほうを助けますか」と聞かれ
その時にはもうお母さんの意識はなくて お父さんは
「母親のほうを助けてください」と答えた。

お母さんは助かったけれども 二度と子どもを産めない体になった。
目が覚めたお母さんは それらを聞いて
「私が死ねばよかった」と言って泣いた。

少し回復して 産院の庭を散歩していた時 
看護師に抱かれたみどりごを見かけ
「あの・・・抱かせてもらえませんか?」
そうしてその子を抱いて お母さんはその子に子守唄を歌った。
亡くした子に歌いたかった歌を。

それが 子を失った母と 母を失った子の出会い。
私はわらの上の子どもになった。

〇生まれた場所へ

「血筋でないものに先祖伝来のものは渡せない」
とかなんとか続きはあったけれども もうそんなのどうでもよかった。
『私、お父さんとお母さんの本当の子じゃなかったんだ・・・』
お母さんの、あの不思議な表情の秘密は解けた。
私はもう、どうすればいいかわからなかった。

『お母さん・・・私の本当のお母さん・・・』
私の縮こまって隠れているところは 暗くてせまくてきゅうくつで
『お母さんのお腹の中って こんなふうに 
 暗くてせまくてきゅうくつだったろうか?
 思い出したい・・・ああ でも 思い出せない・・・』

私はそのまま 眠りに落ちてしまった。

〇神隠し

目が覚めると あたりは何か騒がしかった。
小屋の外では みんなで手分けして 私を探しているらしかった。
こんな大騒ぎになってしまって 私は怖くなってしまった。
「もうすぐ日が暮れる。警察に・・・」と言うのを聞いて、
私は子ども心に『それはダメだ』と思った。

私は裏からこっそり出て、さも外から帰ってきたみたいなフリをした。
「あっ!」「どこ行ってたの?」とか おとなの人に口々に聞かれても
私は何て答えればいいのかわからず まごまごしてしまった。

すると「神隠しじゃ!」と 大おばあちゃんが言った。
都合の悪いことを神様のせいにすんのは年寄りの知恵。
「初めてきた場所だから、迷子になったのね」とお母さんが助け舟を出し
「ともかく無事に帰ったことだし・・・
 皆の衆、ありがとうございました! ご迷惑をおかけしました!」
とお父さんが〆て「事件」はうやむやになった。
私はとにかく、いなくなってはダメなんだと分かった。

○もう一人の少女

私はあなたのことを知る前から あなたの存在に気づいてた気がするわ。
死んだ子の歳を数える、っていう切ない言葉があるけど、
私がおすわりをするようになると 
お母さんは 『あの子も生きていれば おすわりするころね』と思い
私がハイハイすれば 『ああ あの子もこんな風に・・・』と思い
私が立つようになり 歩くようになり・・・
そのたび あなたを思って悲しい思いをしていたんだったら
・・・私はどうしたらいいの?

私はいい子になりたい。
お勉強もお手伝いもがんばる。
私はお母さんに愛されたい。
あなたよりも。

ねえ このワンピースかわいいでしょ?
お母さんが 私に縫ってくれたのよ。
これは私のよ。
私の寸法をとって、私ぴったりに作ってくれたのよ。

・・・でも。
お母さんは あなたにも縫ってあげたかったと思うわ・・・ 

私は、あなたには、絶対に、勝てない。
だってあなたは、あの人の本当の子どもなんだもの!

でも私にだって・・・お母さんはいるのよ?
私が生まれるまでずっと お腹の中に私を抱き続けてくれた人が。
私を産むために、命をかけてくれた人が。

涙がこぼれるのは 
その人に どんなに会いたくても会えないから?
その人に会いたいと思うことが、
あの人への裏切りのように思うから?

ああ あの人の気持ちがよくわかる。
どんなにあなたに会いたいと思っても
あの人はあなたに会えないのよ・・・

あなたはきっと あの人に似てるわね?
私はあの人に似てないの。
私はきっと、私を産んでくれた人に似てるのね?
すると私は 
鏡を見るたび・・・その人の面影に 会えてたのかしら?

〇マドンナ

私は誰もいない教会の中で
キリスト様ではなく マリア様を探す。
赤子を抱く女の人の姿をした像を。

その前に座り、スケッチブックを取り出して、描く。
会いたい人のイメージを求めて。

描き終わり、
その像の足元に 白いカーネーションを一輪 置く。

心配しないで。
もちろん、赤いカーネーションも用意してあるわ。

死せる母に捧ぐ 白いカーネーション
生ける母に捧ぐ 赤いカーネーション

あの人は受け取ってくれるだろう
寂しく微笑んで。






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