嘘エッセイ──小さな花屋 【【】】

 ちょっと気が向いたので、2パーセントくらい本当で、残りの98パーセントは嘘っぱちなエッセイ(もしくは、エッセイに類する何か)を書いてみます。
 

 彼の葬式終わり、僕は小さな花屋に立ち寄った。
「彼」は僕にとってあまりにも大きすぎる意味を持っているので、ひとくちに説明することはとてもできない。月夜の歩道に映る僕の影が彼であり、同時に彼から伸びる影が僕でもあった。彼の設計図を参考に組み立てられたのが僕という人間で、同時に僕のあらゆるパーツは彼の模造品だった。

 そんな「彼」の葬式終わり、僕は小さな花屋に立ち寄った。店名や外観などは一切覚えていない。なにせ、その時の僕はどう考えたって平常な状態じゃなかったのだ。世界のあらゆる軸は直交し、同時に平行でもあり、ぐにゃぐにゃ曲がり、時には点滅さえしていた。きっと、地面が軟らかいキャンディーみたいに伸縮自在にねじれ始めたり、時間という概念がすっかり取り払われたりしても、僕は何とも思わなかったはずだ(一応付け加えると、僕はニュートン以降の物理学には全くの無知である)。

 僕の知覚機能はほとんどバグっていたので、もちろん店内の様子なんてものはこれっぽっちも覚えちゃいないが──というか、周りの物理的対象は言語を介して僕の思考に浮かび上がらない限り、純粋にどのような意味合いでも存在しなかったのだが──店員に血の通った一対の目玉と、自由に操作可能な十本の指が備わっていたことは確かに覚えている。
 見えない電池みたいなもので、「目玉」とか「指」みたいなタンパク質の塊は活き活きと動いているのだ。でも、それはどこかへ消え去ってしまった。完璧な消失だ。匂いも、足跡も、もちろん置き手紙みたいなものも残さず、まるで無に吸い込まれるようにして、それは僕の住む世界から離れていった。   …(Where?)

 「できるだけ早く枯れる花をください」
 僕は店員にそうオーダーした。
 店員はテキパキ用を済ませ、たった一輪の花を丁寧にラッピングした。すぐに枯れ落ちる、さして綺麗でもないダークグリーンの花だ。
 会計を済ませ店を出ると、夜は遅滞なく訪れていた。きっとすごく几帳面な人が管理人をしているのだ。
 僕は自分のアパートまで歩き続けた。誰にもすれ違わない自信があった。僕の世界は急速に「街並化」していた。もしかしたら、このまま一生誰とも出会わないかもしれない。僕は今、やっと人並みに「一人」になって、それは想像以上に「一人」だった。
 全然関係ないことだけど、手足を全部食べられちゃったイモリって、その後もちゃんと生きていけるのだろうか?
 「寒さ」の存在を久しぶりに思い出した。

 翌朝、細い花瓶に挿しておいたダークグリーンの花はきちんと枯れていた。でも残念なことに、まるで水溜まりが干上がるみたいに、パッと空に消えてくれるわけではなかった。それに、その光景は僕に少しもメタファー的に作用しなかった。どう頑張っても、それはただ安物の花が枯れたようにしか見えなかった。
 僕は海まで自転車を走らせて、枯れた花を波に流した。最後まで見届けたりはしなかった。どうせ、二者択一だ。沖を漂うか、海底に沈むか。どちらにせよ、長い年月を経て跡形もなく分解されるだろう。
 よく晴れた100点満点の四月の朝だった。僕は右手を前に突き出して、正しい平衡感覚を保てているかこまめにチェックしながら帰りの自転車を走らせた。

 

 

 

 

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