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今を生きる

「また緊急事態宣言、、、」光は、ためいき混じりに呟いた。
2年前、京都の御所の近くにある私立大学に合格し、富山からこの京都にやってきた光の生活は、今、大変化を遂げていた。
光だけではない。新型ウイルスが、世界中の人々の生活を一気に、全く違うものに変えてしまった。

光は、希望に満ち溢れてこの京都にやって来た。
桜の花びらが舞う中、入学の式典に参列した。
入学式の後、校内にも、校門の外にも沢山の先輩たちが、ビラを手に持ち、満面の笑顔で新入生たちを待ち構え、自分たちの所属するサークルに勧誘していた。
光は、ダンスサークルに入ることを決めていた。

サークルに入って、1ヶ月後には、新入生歓迎のイベントで、何チームかに分かれてショーケースに一年生たちも参加させてもらった。

出演した光は、楽しくて、熱くて、生きてる実感が、身体中にほとばしった。

それから、一年の間に、学祭、コンクール、バトルと次々にイベントがあり、合宿もあって、踊りまくる日々だった。
ダンス大好き人間が集まるこのサークルは、忘年会ですら、まずはみんなで踊ってからの飲み会だった。キラキラした毎日が続いていた。

Covid19が日本にも蔓延して以来、大学の授業は、オンライン、サークル活動も自粛、バイトも学生たちはシフトを削られた。

真夜中でも昼間みたいに人がいた学生の街も、シーンとしている。店が立ち並ぶ飲み屋街も、夜9時を過ぎれば、ゴーストタウンと化した。

学生の飲み会が原因でクラスターが起こり、ニュースや、テレビでもその話題。
名指しで、取り沙汰された大学側は、細心の注意を払わなければいけない。とにかく数名以上の集まりを禁止した。

一人暮らしの光は、出かけることが、一年前と比べると10分の1以下になった。
「もう、富山に帰ろうかな。どうせ、オンライン授業だし、、、」

家にずっといると、身体にカビでも生えそうな感じになる。

光は、夜一人で散歩に出かけた。
大学の校門の前まで、やって来た光は、「もう、あのキラキラした毎日に戻ることはないのかな、、、」とため息混じりに呟いた。

真っ暗な街並みの中、数十メートル先のビルに煌々と灯りがついている。
光は吸い寄せられるようにビルまで歩いて行った。

大きな音で、ハウス系の音楽が流れている。
ドアを開けて中に入ると、タバコの匂いとその煙でむせ返りそうな空気だ。
同年代らしき男女が音楽に合わせて、身体を揺らしている。

光は、訳がわからないまま中の方に入って行った。

ビート音がお腹に響くほどの大音量だ。

沢山の色とりどりのライトやミラーボールで、派手に彩られたダンスホールの中、最近では考えられないほど密な状態で、たくさんの人が激しく踊っているけれど、自分たちがクラブに行って踊る感じではない。
とにかくクネクネと、腰や上半身を揺らしてる。女の子たちは、まるで水着のように、背中も腹部も見えるようなカットソーにピタピタのミニスカート、厚底のハイヒールで、手には羽のついた扇子を持って、それもクネクネと振っていた。

みんな、ロングヘアーで、フューシャピンクの唇、アイメイクもブルーやピンクととても派手だ。

「どこかで見たことがある、、、そうだ!バブリーダンス!
高校3年生の時のダンス選手権で、見事に優勝をかっさらっていった、80年代をテーマにした、あの高校のダンサーたちの衣装そのまんまだ!!」

光は、不思議な気持ちのままホールの中央まで入ると、久々の大音量の音楽を聴いて、思わず踊りたくなり、得意のワックを踊り始めた。

「おーっ!!すごーい。」「あの子メチャクチャダンス上手い」と一気に注目を集めて、光を中心に円になった人たちが、はやしたてている。

光は、気持ちよかった。少し前まで日常だった、大音量で、大人数の中踊ることが、久しぶりすぎたけれど、やっぱりダンスが大好きで、ただただ夢中で身体を動かした。

喉が乾いて、お水をもらいにカウンターに行くと、数名の派手な男女のグループが近づいてきて、「さっきのダンスすごかったね。わたし、ようこ。私たちと2軒目に飲みに行こうよ。」

「こんな時間まで開いてる店ないんじゃ、、、」

「えーっ何言ってんの?どこでも開いてるわよー。朝まで。まあいいじゃん。次は、マハラジャ行くよ!一緒に行って、踊ってよーまた」

促されるまま、一緒に店の外に出て、光は目を見開いて驚いた。ネオンが煌々とひかり、沢山の人たちが練り歩く。ここは、ギオンだ!

でも全てが違う。夜の10時は、この辺りは、どこもやってないはず。真っ暗なはず。

タクシーが沢山人待ちする東山通り。バブリーダンスの衣装を着た派手な女や、真っ赤や、紫のダブルのスーツを着た、おかしな男たちで、溢れている。バーも、クラブも、スナックも、たこ焼き屋も開いている。

道にはゴミや新聞が捨てられている。
汚い。
落ちていた新聞の日付を見た。

「1989年4月23日!?!?」

「これって、お母さんが言ってた、バブル期?
「夢見てるだけよね。じゃあ、思いっきり楽しんじゃえ。」

ギオンマハラジャと書かれたネオンサインのビルに入ると、デコラティブな内装、派手なライト、人々、カッコいいけど、どこか古臭い格好の黒服たちが、大音量とタバコの煙の中、大声で話したり、踊ったり、と賑やかだ。光たちのグループはVIPルームに通された。

ようこが常連だからということだった。

「この子、光。ダンスメチャクチャ上手いんだよ。」

黒服が、「じゃ、光。まず、これ、飲み干してから見せてよ!最高級のブランデー。水割りでいい?」

光は、飲み干した。

そして、ようこに引っ張られて、ダンスホールの中央で踊り出した。

飲んだお酒が、激しく踊ったことでまわったのか、フラフラする。

そのまま近くのソファにドサっとうずくまるように眠りに落ちてしまった。

「光、光!起きて。わたしたち、昨日、ワンカンしてあのまま寝ちゃったみたいね。」

光は早朝の柔らかい朝日の注ぐ、鴨川の中洲の土手に、寝転んだまま、目を開けた。

「えっ!、、、、どういうこと?夢?」

どこからが夢だったのかも分からない。

だいたい、鴨川で、美鈴とワンカンしてたことは、覚えていない。夢にしてはあまりにリアルだ。

何年も前の同年代の日常を、昨夜、体験した。

2年前の、光たちの日常とも全く違う。

昨夜も楽しかったけれど、光にとっては、違和感があった。

2年前の光の日常の方が、光には合っているし、より楽しかった。
今は、確かに、それが崩れ去ってしまった。

でも、そこの執着を捨てて、新しい時代になったことを受け入れてみよう。

きっと、また違う風が吹いて、この時代の変換期を体験したことを、いつか、すごい体験をした、結果良かったよな。と思える日が来るだろう。

「なんか、ワクワクしてきた。」光は清々しい気分だった。

ボーっとした眼差しで、手の甲を見ると、何かスタンプが押されている。『ギオンマハラジャ』

思わず吹き出して笑ってしまった。

#2000字のドラマ

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