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作る側を辞めた。多分、一時的に。

 チューイです。

 新年に入ってから三ヶ月が経つ。もう早いなと思うが、僕はずっと、頭を抱えていた。
 どう頑張っても、ものづくりのアイデアが出てこない。
 何を考えても、「面白いか?」というクエスチョンが出てしまう。もし、面白そうが出ても、全く広がらない。薄っぺらいクレープの生地ができるだけで、具がのらない。
 そんな日々の中で出来上がった作品は、世に公開できない映像ばっか。『スターウォーズ』の話を元にして、その肝となる部分の映像を人を使わずに表現するために必死になって作った映像。先生の写真を使って、カウントアップの映像を作った。『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』のオープニングのドラムのところのエフェクトがやりたくて作った。物語はたった一個。
 前は、もっとできていたはずだ。あの時と何が変わったのだろうか。
 1年前まではすごかった。コンセプトさえ、思いつけば、すぐに工程を考えて、作っていた。異常だ。でも、それでよかった。
 そこから急速に失速した。コンセプトが思いついても細かいところが思いつかなくなり、とんでもなく大まかなアイデアだけが積み重なっていく。最近は、そもそも思い浮かばなくなった。
 思いつく原因は、すごい作品を見すぎた。僕は、すごい作品を見ると、ショックになる。だから、見れない。多分、僕は嫉妬している。だけど、その嫉妬が燃料にならない。水をぶっかけられる。僕がこの世界に合ってないだけだろうか。実は別にすごく刺激されるなにかが僕に用意されているのか、僕と志向が違うのか。そもそも、技術力の差がすごい。それは1と100の差で落ち込むの話でやったけど。
 あとは、未来のことを考えるようになってしまった。元からの癖ではあるもの、怖くなって、今を見つめられない。というか、今の激流っぷりが凄すぎて、未来を自動的に見てしまう。その激流にのらないといつの間にか置いていかれてるんですけどね。
 僕が、たくさん作っていた時は、純粋だった。今では、いろんなこだわりができてしまった。それもある。自分がとりあえず「面白い!」とハンコを押せば、制作開始だったのが今では変わってしまったみたいで、いろんなところに理由づけをするようになってしまった。正直にいうと、そんな作り方はしょうもないなと自分で思う。
 まだまだなわけだし、花が咲くなんてこともわからないけど、連想ゲームをして、それを作ってみようかなとこれを書いて思った。やっぱり、何か書いてみるということは大切だなぁ。

 作る側を辞めた三ヶ月、東京ドームに行ったり、本を読んだりして、自分はどこに居たいのかを反芻している。
 結論は、わからない。どこにいたいのかわからない。
 そして、何を作ればいいのかわからない。僕は一体何を作るのか。なんのために?自分のために?世界のために?誰でもいいから一人幸せにしたいっていうエゴのために作っているのか?
 わからなくなったものは仕方がないので、本を読み続けている。そして、定期的に、技術に触れることにした。今度、誰かにものづくりの話をしに行ってみよう。その時に何か発見があるかもしれない。

 きっと、僕に足りないのはボキャブラリーと世界。まだ、何も知らない無知の状態で、作れるわけがない。何からとっついてみようかな。インプットしよう。その先で何かいいものが見つかるはずだよ。
 そして、僕には、馬鹿笑いが足りない。

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