12. コレクション

◯ 公園

ボロ衣を身に纏った老人(男・70)、左手にトング、右手にゴミ袋を引きずりながら歩いている。
スーツ姿の男(30)、地面を注視しながら歩いている。何かを探しているようだ。
男、老人を見つけ、

男「あの、すいません」
老人「ん?」
男「このへんにハンカチ落ちてませんでした?」
老人「ハンカチ?」

老人、ゴミ袋をガサガサと漁り始める。
空き缶、バナナの皮、イヤホン…
様々なものが出てくる。

男「…すいません、お忙しいところ」
老人「ホントだよぉ」
男「……」
老人「うん、無いな」
男「…そうですか。ありがとうございました」
老人「それ、何の伏線なんだろうねぇ」
男「…伏線?」
老人「興味深いねぇ」
男「いや、僕が落としたのは、ハンカチですよ?」
老人「これ(ゴミ袋)、今日1日で集めたの」
男「…そうなんですね」
老人「見る? 今日の伏線」
男「…はい?」

老人、ゴミ袋から手編みの手袋を取り出す。
男性用らしい。

老人「これとかさぁ、凄そうだよね。健気な女性が、男に向けて編んだんだろうねぇ。女性さ、きっと言うんだよ。あの手袋どうしたの? って。男は誤魔化すけど、女性って勘鋭いからさ、気付くだろうね。落としたなって。それがもつれて2人は別れてさ、男は1人この公園に来るわけだよ。彼女との思い出をひと通り反芻して、ベンチから立ち上がった瞬間、見覚えのある手袋が目に入るんだねぇ。これを持って、男は彼女の家に走っていく。良い伏線だよねぇ〜。はい、回収」
男「…これ、落とし物ですよね」
老人「まぁ、伏線だね」
男「……」

老人、ジッポライターを取り出す。

老人「これなんてなかなかの上モノだよ? きっと持ち主は、水商売で名を挙げた野心家ってとこだな。もしかしたら、これを落としたことにすら気付いてないかもしれない。でもある時、仲間の裏切りに遭って、職を失うんだねぇ。やぶれかぶれになって咥えたタバコに火をつけようとして、やっと気付く。ああ俺は、大切なモノを失くしても気付けない男になっていたんだってね。良い伏線だねぇ〜。はい、回収」
男「そうやって、落とし物に物語を付けて、集めてらっしゃるんですか?」
老人「というかまぁ、概ね事実だろうからねぇ」
男「…お言葉ですが、もしこれが本当に伏線としての役割を果たすとしたら、あなたが拾ってはいけないのでは?」
老人「そりゃそうだ。でも、人生そう上手くいってたまるかよぉ。こんなジジイが、他人の人生の大事な伏線を回収してる。そこに美学があるじゃない」
男「…勉強に、なります」
老人「キミもやる?」
男「えっ」

老人、ゴミ袋から幼児用の靴を取り出す。

老人「これでどうだい」
男「えぇ? えーっと、…きっと、寝てしまったお子さんを親御さんがおんぶして歩いている時に、落ちてしまったんだと思います」
老人「それじゃドラマにならないじゃないの」
男「それで、親御さんが探しに来て、改めて靴を見つめるわけです。ああウチの子、こんなに大きくなってたんだって。一度失ってからもう一度見つめ直すと、前より幾分も変わって見えることは、人生においてよくある事だと思います」
老人「…例えばね、子供がワザと落としてたらどうする?」
男「ワザと、ですか?」
老人「こんな靴いらねぇ、ポイ! って。新しい靴が欲しかったとかさ。でもある時お母さんに謝っちゃうんだよ。新しい靴が欲しくて落としちゃいましたって。その時に感じる子供の成長のほうが、グッと来ないかい?」
男「…良くないほうの、成長」
老人「子供が本当の意味での人間になりつつあるシーンを、親は目の当たりにするんだなぁ。欲のために狡猾な知恵を絞るサマをさ」
男「…その時、親は子を叱れるでしょうか」
老人「さぁね。でもきっと、これは見つからないほうがいいな。はい、回収」
男「……」
老人「楽しい?」
男「?」
老人「楽しくない?」
男「…楽しいです。なんだか、すごく」

老人、ゴミ袋からハンカチを取り出し、

老人「はい、伏線」
男「あっ」
老人「上手く使いなさいよ」

老人、再びゴミ袋を引きずって歩き出す。
男、老人の背中に会釈。反対方向に歩いていく。
さっきより少しだけ足取りは軽そうだ。

(完)

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