3. 事故

川田 … 余命3ヶ月の男
新海 … 写真家

○ 撮影スタジオ

川田、椅子に座っている。
うつろな表情。生気はあまり感じられない。
そこへ新海、やってくる。

新海「こんにちは」
川田「(立ち上がり)あ、こんにちは」
新海「写真家の、新海です。よろしくお願いします」
川田「川田と申します。よろしくお願いします」
新海「本日は、…遺影を撮りたいというふうに、お伺いしたんですが」
川田「ええ。医者に余命3ヶ月と宣告されまして。どうせだったらプロの方にお願いして、渋くてカッコいい遺影を撮ってもらいたいなぁって…」
新海「(うんうん、と頷きながら)分かりました。とびきりカッコいいやつ、撮っちゃいましょう!」
川田「(表情が明るくなり)はい!お願いします!」
新海「じゃあとりあえず座っていただいて、何枚か撮ってみましょうか」
川田「(座って)はい。…なんか緊張するなぁ」
新海「大丈夫です、リラックスしていきましょう」

新海、川田から距離を取り、カメラを構える。
川田、ぎこちない笑顔を作る。

新海「じゃあ撮りまーす。はい、チーズ」

新海、少し間を取る。川田、堪えきれず、

川田「…いや、遅いよ!」
「カシャッ(シャッターの音)」
新海「あっ」
川田「えっ」
新海「(川田へ歩み寄りながら)あーすいません、ちょっと息が合わなかったですね」
川田「ああ…」

新海、撮った写真を見せながら、

新海「ほら完全に目つむっちゃってますよ」
川田「ああ、酷いなこりゃ(笑)」
新海「遅いよの「そ」の時ですね」
川田「ちょうど「そ」ですねこれは」
新海「もう一回いきますね」

新海、再び距離を取り、カメラを構える。

新海「次はすぐシャッター押しますんで!」
川田「はい!」
新海「いきまーす!はい、チーズ!」
川田「あ痛い痛い痛い痛い!(腹を押さえて苦しむ)」
「カシャッ」
新海「あっ、(駆け寄り)大丈夫ですか?」
川田「…すいません、たまにあるんです。気にしないでください」

新海、写真を確認して、

新海「ああ、ギリギリ被っちゃったなぁ」
川田「こりゃまた酷い顔だな(笑)」
新海「まあ焦らずゆっくりいきましょう!」
川田「すいません、お願いします!」
新海「じゃあ次は、振り向きざまの表情ください!振り返った瞬間を撮りますんで」
川田「なんか、恥ずかしいなぁ」
新海「はい、撮りますよ〜」

新海、再び距離を取り、カメラを構える。
川田、後ろを向く。

新海「じゃあはいチー「ズ」で振り向きください。はい、チーズ!」
川田「(振り向く)」
「カシャッ」
新海「ちょっとやりすぎですね」
川田「えっ」
新海「首据わってなかったですよ」
川田「ちょっと難しいなぁ…」
新海「まあまあまあ、いろんなパターン撮っていきましょうね!」
川田「はい、お願いします!」
新海「じゃあ次は…」

(暗転)
(明転)

川田、椅子に座っている。
新海、やってきて、

新海「こんにちは!」
川田「ああ、どうも!先日は、すいませんでした」
新海「いえいえ!僕も帰って見返したんですけど、やっぱりダメでしたね」
川田「そうですか」
新海「400枚全部事故ってました」
川田「本当にすいません」
新海「今日バッチリ決めましょう!」
川田「はい、余命もあと2ヶ月になってしまったので」
新海「今日はちょっと趣向を変えて、雑談しながら自然な表情を撮らせてください」
川田「分かりました」

新海、距離を取り、カメラを構える。

新海「じゃあいきまーす。川田さん、好きな食べ物ってなんですか?」
川田「好きな食べ物。いっぱいあるからなぁ…うーん…(考えすぎて白目になる)」
新海「あーちょっとマズイですね」
川田「(顔を戻し)え?」
新海「深く考えないで、パッと浮かんだやつでいいですよ」
川田「…あ!思い出した!」
新海「どうぞ!」
川田「チーズバーガー(変な顔)」
「カシャッ」
新海「嘘だろおい」
川田「え?」
新海「事故りに行ってます?川田さん」
川田「いや、今ちょっとテンションは上がっちゃったなとは思ったんですけど」
新海「…じゃあ嫌いな食べ物にしましょうか。嫌いな食べ物教えてください」
川田「これはすぐ思いつきました」
新海「はい、じゃあお願いします!」
川田「ピクルス!(変な顔)」
「カシャッ」
新海「モノマネした?今」
川田「はい?」
新海「ピクルスの断面のモノマネしてんの?それ」
川田「ピクルスといえばこの顔です僕は」
新海「ていうかチーズバーガーって、ピクルス入ってますよね?」
川田「はい、なのでチーズバーガー(変な顔)頼む時はピクルス(変な顔)抜いてます」
新海「何のゲームだよこれ。ワードと顔を一致させるゲームかこれは」
川田「すいません」
新海「じゃあ好きな動物にしましょう」
川田「好きな動物ですか。…シロナガスクジラですね(真顔)」
新海「シロナガスクジラ?」
川田「シロナガスクジラって、腎臓が3000個あるんですよ。羨ましいですよね。(腹を押さえながら)ひとつぐらい、僕に分けてくれたっていいのになって、思いますよね」
新海「……え何、俺が悪いの?これ。こんなとこに地雷あるとは思わないだろ普通」
川田「…へへっ(微笑)」
新海「いや撮れない撮れない。これ「チャンス!」って思ったら人として終わる気がするわ」
川田「すいません」
新海「(頭をかいて)ん〜!もうとにかく時間ないんで、数撃っていきましょう!どっかで良いのが撮れるかもしれないんで!」
川田「はい、そうしてください!」

(暗転)
(明転)

川田、椅子に座っている。
新海、早足でやってきて、

新海「はい、お願いしまーす、撮りまーす」
川田「ああ、あの、まだ心の準備が…」
新海「してる場合じゃないんですよ。もう撮りますんで」
川田「やっぱり、ダメでしたか?」
新海「ええ。6400枚全部事故ってました」
川田「はぁ…。僕、予定日まであと10日なんですよ」
新海「あんま死ぬ日のこと「予定日」って言わないですよ。じゃあ、撮りまーす」
川田「あの!ひとつご提案が」
新海「(めんどくさそうに)はい?」
川田「これをやっている時が一番良い表情をしてるって、家族に言われたものがあるんです」
新海「(少し興味を持って)…なんですか?」
川田「…コーナーキックです。コーナーキックで上がってきたボールを、ディフェンスに競り勝ってヘディングシュートを決める。その瞬間が、一番良い表情をしてるみたいなんです」
新海「…事故の匂いがプンプンするんだけど」
川田「というわけで、新海さんディフェンスをやってもらえますか? 僕、競り勝ってヘディングシュートを決めるので」
新海「川田さん。…焦る気持ちは分かりますけど、もっと正攻法でやらないと、良い写真なんて一生撮れないですよ!」
川田「…一生、ですか。この前までは、僕もそうやって軽々しく一生一生って言ってましたよ。でもね、僕の一生はあと10日しかないんです。やれることは全てやらなきゃ、死んだら遺影は撮れないんです!」
新海「……(言葉に詰まる)」

川田、新海に体を密着させる。

川田「さあ、撮って撮って!」
新海「……」

新海、カメラを構え、その状態で川田を撮り続ける。
ゴール前で駆け引きをする。
新海、川田の服を掴んでいる。

川田「ピーピーピーピーピー! 次やったらカード出るよ、それ。気をつけて」
新海「あ、すいません」

再び体を密着させる二人。
新海、川田を撮り続ける。
川田「ピーッ!」
弧を描いてボールが飛んでくる(実際は飛んでこない)。
二人、同時にジャンプする。
川田、高い打点でヘディング。
新海、その間も撮り続ける。

川田「ゴーーーーール!」

川田、ベンチ(舞台袖)に走っていき、ゴールパフォーマンス。
新海、撮り続ける。
川田、息を切らしながら戻ってきて、

川田「最高の表情だったんじゃないっすか?」
新海「…ここまで躍動感のある写真は、正直撮ったことなかったです」
川田「良かった。…ありがとうございます」
新海「こちらこそ」

川田、手を差し出す。握手する二人。

川田「また、お会いしましょう」
新海「ええ」

二人、微笑みを讃え合う。

(暗転)
般若心経と木魚の音が流れ始める。
スクリーン上に白黒の写真が映る。
ドアップすぎて表情すらよく分からない、川田の横顔。

(完)

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