100. 魔法の乳首

○ 中華料理店の厨房

料理人(男・67)と男(30)、話している。

料理人「…つまり、キミの乳首の味を再現しろと?」
男「無理なお願いなのは百も承知です」
料理人「当然だ。帰りなさい」

男、アタッシュケースを取り出し、開ける。
中に札束がぎっしり入っている。

男「これでも?」
料理人「…それでも、だ」
男「お言葉ですが、先生にとっても悪い話ではないと思うんです。私の乳首の味を再現した料理を提供すれば、この店が繁盛することは間違いないのですから」
料理人「再現するということは、私がキミの乳首を舐めなければいけない、ということだろ?」
男「左様でございます」
料理人「帰りなさい」
男「私は自分の乳首を舐めたことがございません。それもそのはず、いくら顔を屈めてみても、舌は到底乳首には届かないのです。しかし私の乳首を舐めた人々の話では、今までに味わったことのない旨味が全身を駆け巡るような感覚に陥る、まるで人生観ごと変えてしまうような美味しさだというのです。興味はございませんか?」
料理人「キミが来るべきなのは私のところではない、病院だ」
男「もちろん受診しました。脳外科、皮膚科、口腔外科、しまいには泌尿器科まで。ですが医者は皆口を揃えて『美味しいとしか言いようがない』と」
料理人「医者も舐めたのか」
男「全員男性でしたが」
料理人「…日本の医療はどうなっているんだ」
男「もはや先生のもとを訪ねたのは、藁にもすがる思い、といったところです」
料理人「……」

料理人、しばらく考え込む。

料理人「…分かった。金を受け取ろう」
男「やっていただけるんですか?」
料理人「だが、一度味見してその価値がないと判断したら、再現はしない。無論、金も返さない。これは私に乳首を舐めさせるための金だ」
男「喜んで」

料理人、アタッシュケースを受け取る。
男、シャツを捲し上げ、乳首を露わにする。
何の変哲も無い、男性の乳首。

料理人「…では、失礼」

料理人、舌を男の乳首に少し当てる。
しばらく味わって、

料理人「…なんだ、これは!」

料理人、舌が止まらなくなる。
男、無表情でそれを受け入れている。

料理人「明らかに初めて口にする味だが、どこがで漂う懐かしさ…無国籍なようでいて家庭的…」

料理人、立ち上がり、ノートにメモを取り始める。
冷蔵庫からありったけの食材を取り出し、匂いや味を確認し始める。

男「その気になっていただけました?」
料理人「革命だ。ウェイパー誕生以来の料理革命の狼煙が上がるぞ!!」

○ 同

数日後。
支配人、電話している。

支配人「申し訳ございません。現在2年先まで予約が埋まっておりまして、…はい、失礼いたします」

電話を切り、料理人に話す。

支配人「大忙しですね」
料理人「本望だ」
支配人「先生がアレを開発して以来、料理界は180度変わってしまいました」
料理人「私は自らの功績を独占するつもりはない。家庭でもあの味を楽しんでもらい、料理がもたらす幸福を一人でも多くの人に感じてもらいたいだけだ」
支配人「もうすぐ、スーパーなどにも並ぶ予定だそうです」
料理人「…あの青年、元気にしているだろうか」
支配人「青年?」
料理人「いや、いいんだ」

○ スーパー

さらに数日後。
男、調味料売り場を見ている。
ひとつの商品を手に取り、眺める。

男「誰も思わないだろうな、これが僕の乳首の味だなんて」

男、食べるラー油をカゴに入れる。

(完)

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