1. 地雷

【登場人物】
男A … 彼女に浮気された男。
男B … Aの友達。
男C … Aの彼女の浮気相手。
ファミレスの店員

◯ ファミレス

ボックスの席。AとB、横並びで座っている。

B「…なあ」
A「ん?」
B「殴っちゃったらごめんな」
A「誰を?」
B「アイツだよ。許せねえだろマジで」
A「まあ、反省してるふうなこと言ってたからさ」
B「お前それでいいの?」
A「…分かんない」
B「てかさ、浮気されてなんでそんな冷静でいられるわけ?」
A「冷静じゃないよ!」
B「だったら来た瞬間ヒザ蹴り一発だろうよ!」
A「…ヒザ? そういう時ってヒザなの?」
B「…知らねえけど、ヒザでもグーでも、出たもんが正解だろ」
A「そうなんだ…」

B、水を飲み干す。貧乏ゆすりが止まらない。

B「おっせえな…殺すぞ」
A「一個聞きたいんだけどさ」
B「んだよ」
A「俺、キレていいんだよね?」
B「はぁ?」
A「いや、確認。最終確認」
B「何、お前キレるとそんなヤバいの?」
A「いやそうじゃないんだけど。…いざキレてさ、『今キレるタイミングじゃねえのにな』ってお前に思われるの、恥ずいじゃん」
B「え、どういうこと?」
A「自然な流れでキレるやり方が分かんないんだよね」
B「キレるのに自然もクソもねえだろ」
A「いや俺、とりわけ不自然になると思うわ」
B「例えば?」
A「例えば、決定的にムカつくこと言われて、カッとなって水ぶっかけるとかあるじゃん」
B「それでいいじゃんよ」
A「俺の場合、一旦その言葉を脳に入れて、何回か天秤にかけて、本当にムカつくかどうかじっくり精査したうえで、初めてムカつくからさ」
B「…分かんねえ」
A「ちょっとやってみていい? なんか、ムカつくこと言ってみて」
B「えぇ? …お前んちの犬、だんだん母ちゃんに似てきてるぞ」
A「……」
B「……」

静寂。
7秒ぐらい経って、A、とっさにコップを掴む。
B、それを制して、

B「遅い遅い遅い。もう全然次の話題行ってる」
A「マジで分かんない」
B「遅えんだよ、バーカ!」
A「…うん」
B「あ、ゴメン」
A「え?」
B「キレさせようと思って」
A「ああ!」

A、慌ててコップを掴む。
B、それを制して、

B「違う違う違う。それはもう違う」
A「じゃあさ、こうしてくんない? 『あ! 今キレポイント!』ってなったら、合図くれない?」
B「…お前のキレるタイミングを俺が決めるの?」
A「そしたら俺、無条件でキレれるじゃん?」
B「…まあ…」
A「じゃあ、そのボタン押してね」
B「店員さん来ちゃうだろ」

そこへ、涼しい顔のC、登場。二人の向かいに座る。

C「ごめん、待った?」
B「待ったじゃねえよこの野郎!」
C「仕事終わんなくてさ。大企業は未だに旧態依然のブラックだから、参っちゃうよ。何か頼んだ?」

C、メニュー表を見始める。

B「オメーよ、コイツに言うことあんじゃねえのかよ」
C「言うことって?」
B「こないだの同窓会の後、コイツの彼女持ち帰っただろ!」
C「ああ、あれ? 向こうから誘ってきたんだよ。僕は悪くない」
B「お前アイツとコイツ付き合ってんの知ってたよな? なあ!」
C「公共の場で大きい声出すなよ、恥ずかしい」
A「…(小声で)ねえ、まだ?」
B「…ちょっと待てって」
A「置いてかないでよ。自分だけすごい進んでいくじゃん」
B「じゃあついてこいよお前も!」

C、ボタンを押す。

A「あっ! ほらぁ〜」
B「分かったよ、次はちゃんとやるから!」
C「何ゴチャゴチャ言ってんの? もう呼んじゃったよ?」

店員、やってきて、

店員「ご注文お伺いします」
C「ミックスグリルのBセットで。あと、グラスの赤ひとつ」
店員「(復唱)」
C「ああごめんなさい、Bセットのご飯を、雑穀米に変更してください」

A、Cに水をぶっかける。

B「今!?」
A「え、違った!?」
店員「…失礼します!」

店員、そそくさと消える。

C「……」
A「ごめん! 間違えた!」
B「お前、俺が合図出すまでじっとしとけよ!」
A「いやもうチャンス来ないんじゃないかと思って…」
B「なんでよりによって雑穀米に変更したタイミングなんだよ!」
A「とっさに、雑穀米に変えてんじゃねえよって思って、気づいたらかけてた」
B「それタイミングとかじゃなくね? キレ線の問題じゃね?」
A「あ、そっち? そっちケアしてもらえばよかった〜!」

C、ドン! と机を叩く。
静かになる二人。

C「今日はこれがやりたくて、わざわざ呼びつけたの?」
A「…ごめん」
C「こんな茶番に付き合わされるとは思わなかったよ」
B「元はと言えばテメエだろうがよ!」
A「ごめん! …いい、俺が悪いんでいいんだ。遅かれ早かれ水をかけたかったのは、事実なんだから」
C「……」
A「俺は、これからも彼女と一緒に居たいし、君ともギクシャクしたくない。俺が水をかけたのが一番悪いってことにしてくれていいから、どうかこの件はもう終わりにしてくれないかな」
B「…お前それでいいのかよ」
A「キレるタイミングとか言ってる時点で、多分俺、人にキレる資格ないからさ」
C「……」
B「…だとよ。命拾いしやがって」
C「…悪かったよ」

C、テーブルに一万円札を置き、去っていく。

B「あーあ、なんか肩透かし食らった感じだわ」
A「バッティングセンターでも行く?」
B「…行くか!」

二人、立ち上がろうとする。
店員、やってきて、

店員「こちら、ミックスグリルのBセットでございます」
A「雑穀米コラァ!!」
B「雑穀米が嫌いなんじゃん」

(完)

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