(没)隠し味のレシピ

無印の終盤、タクトとの別れを予感し、自分の気持ちを察してお礼のケーキを作る、というお話。未完。

「みんな、おまたせ~。晩御飯ようやくできたよ~。」
エルシオールの食堂で、ワゴンでいかにも美味しそうな料理を運んでくる、ミルフィーユの元気な声が聞こえた。

「いよっ、待ってました~!」「やった、久しぶりのミルフィー手作り料理だわっ!」
それを見て大喜びするフォルテと蘭花。
「あらあら、お二人さんともこんなにはしゃいで。」「仕方ないさ、最近きつい戦いの連続で、落ち着いて食事する時間も無かったからね。それになんと言ってもミルフィーの手作り料理!二人でなくとも楽しみだよ。」「ミルフィーさんの料理は…とても美味しいです。」
かく言う自分も期待を隠さないミントに、楽しそうなタクトと、いつもよりも少し嬉しそうなヴァニラが、食卓でミルフィーユの料理を待っていた。

エオニアの追撃を振り払い、無事友軍と合流できたエルシオール一行は、星系の敵勢力の掃討も果たし、ようやく連戦から解放したばかりである。そしてローム星系へと向かう途中、つかの間の落ち着きを得たエンジェル隊一行とタクトは、ミルフィーユの提案で久しぶりに皆で彼女の料理を楽しむことになった。長らく心も体も緊張っしぱなししてただけに、全員今まで以上の浮かれようだ。

「はい、おまちどおさまっ。おばさんに協力してもらって作ったんだから、どれも自慢できる自信作だよっ。」
そう言いながら、ワゴンから次々と運ばれる香ばしい料理の数々。蘭花にはランファスペシャル激辛カレーのミルフィーユアレンジに、ミントはレモンバターをかけた宇宙鮭のムニエル、フォルテの大根やちくわなど盛りたくさんの特製おでんセット、ヴァニラの鶏胸肉入りで彩り豊富な野菜サラダに、タクトのとろりとしたパンプキンソースたっぷりのスパゲティ、そしてミルフィーユ自身には、手頃ながらも濃厚なソースとヘルシーなトマトや野菜が添えられたハンバーグ。料理の香りもさることながら、その色鮮やかな配色は視覚からも人の食欲をそそる。

「おお、凄い…いつ見てもミルフィーの料理はとても美味しそうに作られてるなあ。」「ありがとうございます、久しぶりですから、今回はつい踏ん張って作っちゃいました。どうぞ遠慮なく召し上がってくださいっ。」
賞賛するタクトの言葉に少し照れては、皆に召し上がるように促すミルフィーユ。

「よしっ、それじゃ遠慮なく…。」「「「いっただっきま~す!」」」
フォルテの声とともに、タクト達はまるで久しぶりに食事にありつけたかのように料理を食べ始める。

「…う~ん、この絶妙な辛さ加減に、ヨーグルトでアレンジされた味とのハーモニーが最高だわ!」「このおでんも煮込みすぎずに丁度良い具合で仕上がってるね。」「うんうん、このパンプキンソースも重く感じられずにさっぱりさがあって美味いよっ。」「…サラダ…美味しいです。」
一流のシェフも顔負けそうなミルフィーユの料理に、全員が感涙極まりない感想を述べていく。

「えへへ、皆の美味しそうに食べてる姿を見ると、がんばって作って本当に良かったと思えるから嬉しいな。」「ふふ、わたくし達もこうしてミルフィーさんの料理にありつけることが出来て嬉しいですわ。それに今回の料理、今までのとはまた違った味付けで、とても新鮮ですもの。」

「え?」
ミントの料理への感想に、なぜか意外と思うミルフィーユ。

「言われてみれば確かに、今日のカレーはいつものとはちょっと違う味がするわね。」「そういえば、このおでんのソースも、普段のよりも少しだけ強めになってるね。」

「え?え? みんなちょっと待って!今日の料理の味、前の味付けとそんなに違うの?」
次々と出てくる感想に困惑を隠せないミルフィーユ。
「?いや、昔とそんなに乖離している訳じゃないけど…なんというか、いつものよりも味が強めって感じ?」「…推測では、普段よりも1%、塩の配分が多くなっているようです。」
蘭花とヴァニラの感想に、ミルフィーユはさらに困惑する表情になる。
「そんな…別に今日は、いつもどおりの感じで料理をしているはずなのに…。」
そう言いながら、ミルフィーユは自分の料理を一口食べてみた。

「…あ、あれれ?本当だ、なんだかいつもよりもしょっぱい…?お、おかしいなぁ?さっき試食した時は別になんとも無かったのに…。」
料理のことに関しては、いつも楽しい気持ちで作って、深くは考えてなかったが、今まで一度も味付けに変化が生ずることが無いだけに、ミルフィーユはどこか不協和な感覚を覚えた。

「ミ、ミルフィー?別にそこまで気にしなくても、この味はこれでとても美味しいよ。」
なんだか困ってるような彼女を見て、タクトがフォローを入れる。
「そうそう、あたしにはこれぐらいの辛さが丁度良いぐらいかな。これ以上だと流石のあたしもつらいと思うから。」「ええ、寧ろ味のバリエーションが増えることは良いことですわよ。」「…これぐらいで、丁度良いです。」

次々とフォローを入れるメンバーをよそに、ミルフィーユ本人は相変わらず釈然とせず、また何回か料理を口に運んでは、困惑する表情を浮かべる。そして自分も気付かずに、視線をタクトの方へと移してゆく。

「ミルフィー?どうしたの?」
「あ、いえ、その…タクトさんは、大丈夫ですか?今日の料理の味。」
「うん、美味しくて全然いけるっ。だからミルフィーも別に深く考えなくて良いと思うよ。」
「…っ、はい、ありがとうございますっ!」
いつもの優しい笑顔を浮かべるタクトを見て、ほっとして同じく満面の笑顔を返すミルフィーユ。その二人のやりとりが、彼女の変化の証であることも知らずに。

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「料理の味付けがおかしくなった?」

エンジェル隊一同が解散し、おばさんとともに食器等の片付けを終えた頃、ミルフィーユは先ほどの件についておばさんに相談を持ちかけていた。

「うん、料理はいつもどおりで作っていたのに、それが何故か味付けが普段とは違っていたんです。」
タクトやエンジェル隊の皆はそれでも美味しいと言うのだが、それでも不思議に思って、食事が終わったあとどうしても気になってしまう。

「おばさん、まさかあたし、病気になった訳じゃないですよね!?どどどどうしようっ、もし皆にうつってしまったら…っ。」
妙な想像をしてあたふたとテンパるミルフィーユを、おばさんは少し大げさだと感じながらなだめる。
「まあまあミルフィーちゃん、まだそうだとは決まってないでしょ?そうだね…、今ここで何か作ってみなさい。今度はあたしが側で一から見てあげるから、何か分かるかも知れないよ。」
「あ、はい。」

こうして、残りの材料を確認し、ミルフィーユは簡単なオニオンスープを作ることにした。いつものように楽しく歌を歌いながら、オニオンを暖めてはバターも入れて炒め、味付けを確認しながら水とコンソメを入れて煮込み、最後は塩コショウで味を調えて、シンプルなオニオンスープが出来上がった。その過程を、おばさんは最初からずっと見て観察していたが、とある一箇所に注目し、なるほどという表情を浮かべていた。

(挿絵)

「どうですか、おばさん…?」
試食するおばさんを心配そうに見ているミルフィーユ。そんなおばさんは、オニオンスープを何度も口に運んでは、神妙な表情をして意味ありげな笑みをしていた。
「そうね…確かにいつものミルフィーちゃんの料理よりも、ちょっとしょっぱい感じになっているわね。」
「そ、そんなっ、じゃ、じゃあやっぱりあたし、何かの病気っ?このままだと味覚がだめになって、お料理も出来なくなるとか!?」
おろおろと心配するミルフィーユだが、おばさんはただいつものように優しく語る。

「大丈夫よ。おばさん、多分この味付けの理由を知ってると思うから。」
「ほ、ほんとですかっ?」
「そうよ、ねえミルフィーちゃん、あんたがお料理をする時、いつも楽しそうに歌も混じりながらやってるわよね?」
「は、はい、だってお料理作るのとても楽しいですから。」
「それじゃそういう時、頭の中は料理以外にどんなことを考えてた?」
「え?」
唐突な質問に少し困惑しながら、ミルフィーユは答える。

「ええと、みんなが嬉しそうに料理を食べている顔、かな…?そういうの想像すると、自分も嬉しくなって捗るから。」
「そう、なら例えばさっきの晩飯の時、具体的にはどの人達を考えてた?」
「さっきは…エンジェル隊やタクトさんのためのだったから、蘭花達やタクトさんのこと…。」
「じゃ、このオニオンスープを作った時は?」
「それは勿論、おばさんのことや、タクトさんを…って、あれ?」
ふとミルフィーユの言葉が止まる、そんな彼女を見て確信したおばさんは、どこか孫を見るかのような優しい笑顔を浮かべた。

「お、おかしいなぁ?タクトさん、この場にいないのにどうして…。」
無意識にタクトのことを思うことに怪訝とするミルフィーユ。
「なるほどね、恐らくそれが、ミルフィーちゃんの味付けが変わった理由だとあたしは思うわよ。」
「ど、どういうことですか?」
「ミルフィーちゃん知ってる?人はホルモン分泌が乱れると味覚も鈍くなるの。さっきスープを作ってた時、塩を多めに入れてたのに気付かなかったでしょう?そしてその時、ミルフィーちゃんは一番嬉しそうな表情を浮かんでたわ。恐らくそこに原因があると思うのよ。」

おばさんの解説に、ミルフィーユはただただ疑問が深くなるばかりだった。
「ええと…、つ、つまり?あたしが楽しくなりすぎてホルモンがおかしくなったから料理の味がおかしく…?」
「あはは、落ち着いて。楽しく作ることに原因があるじゃなくて、楽しくなってる理由がポイントなのよ。このホルモン分泌の乱れが起こる理由はね…。」

ここでわざと一息おいて、意味ありげに笑いながら答えた。
「その人が恋をしているからと言われてるんだよ。」

「…恋…って…え、ええええぇっ!?」
ミルフィーユは顔を真っ赤にしながら、テンパりまくっては狼狽していた。

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その日の夜、自室にいるミルフィーユはぼーっとしながら、先ほどのおばさんの言葉を何度も反芻していた。

(ミルフィーちゃんの気持ちが恋かどうかは、あたしには分からないけれど、料理を作るとき無意識に司令のことを思い浮かぶのは、やはり彼はミルフィーちゃんにとって何か特別な意味があるってことじゃない?)
再びミルフィーユの顔が紅潮する。

自分にとっては、美味しいものがいっぱい食べられて、楽しくお料理を作って、それを食べるみんなの笑顔を見られれば、それだけで人生は満ち足りるものだった。それ故に、男性のことや、恋のことなど、今まで一度も意識したことは無かった。

(…あたし、本当に、タクトさんのことを…?)

ミルフィーユの心に、今日まで至るタクトと過ごして来た日々のことが思い浮かんできた。初めて皆でピクニックしたあの日、一緒に作ったケーキを食べたとき。ポップコーン作りのアクシデントで、一緒にいて楽しいと言ってくれたタクトの言葉。カフカフの木の下で、二人っきりで花を見ながら思いを語っていたあの夜…。

それを思うたび、胸の動悸が早くなり、体の芯がふわっと温かくなる。まるで寒い日に飲む、ちょっぴりビターなチョコを入れたホットミルクのような…。これが、恋という気持ちなのだろうか?

(…よしっ、おばさんが教えてくれた方法で、確かめてみようっ。)

ふとミルフィーユは立ち上がり、部屋にある食材などを机にずらっと置き、ガッツポーズをとりながら喝を入れた。

「タクトさんへの特製ケーキ、がんばって作るぞー!」

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(それで、この問題を解決するのはとても簡単よ。)

おばさんの言葉を思い出し、軽快な手付きで卵と砂糖をボウルの中へと入れる。

(挿絵)

(ホルモンが乱れるのは、その人のことをもやもやと思ってるから起こると言われてるの。)

楽しい鼻歌を載せながら、泡だて器でテンポ良く卵かき混ぜる。

(挿絵)

(だから逆に、料理中その人をしっかり思い続ければいいの。あの人への確かな思いが、気持ちのこもった美味しい料理に繋がるのよ。)

ふとミルフィーユが目を閉じる。タクトの屈託のない優しい笑顔が、やんわりとした温もりと共に心を満たす。

「…囁きは~♪ チョコレート~♪」

溢れる気持ちが、自然と歌となってミルフィーユの口から流れ出す。

(挿絵)

(だからミルフィーちゃんも、一度その人のためをしっかりと思いながら料理を作ってみて。それで味の問題は解決するし、ミルフィーちゃんの気持ちがはっきりと分かるようになると思うわよ。)

「とろけるほどに~♪ 切なくて~♪」

気持ちが歌を紡ぎ、その旋律につられて踊るかのように軽やかにステップまでし始める。まるで心の中のタクトが、自分をリードしてくれるかのように。

(挿絵)

「側にいる それだけで~♪」
(挿絵)

「時間が止まったように~♪」
(挿絵)

「目を閉じて 早口で 流れ星にお願いした~♪」
(挿絵)

「大切な この思い きっと あなたに 届け~♪」
(挿絵)

「Give me! Love! me!」
(挿絵)

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「おお、凄い…このケーキ凄く美味しそうだねっ。」
食堂で、タクトはミルフィーユが作ったショートケーキを見ては簡単の声を上げる。

「えへへ、今までのとは違って、ちょっと奮発して作りましたっ。」
その向かい側に、タクトをデザートに誘ったミルフィーユは多少照れながら座っていた。実際普段良く見られるショートケーキでありながらも、その出来のよさは見た目でもすぐに分かるほどだった。

「それにしてもどうしたの?さっきは急いで来たから聞きそびれたけど…。」
「あ、え、えっと、これはお礼ですよっ、今回無事に敵の追撃を振り払うことができたのも、タクトさんが一生懸命あたし達の指揮をしてくれたおかげですから、その感謝の印として、ですっ」
多少慌てながら説明するミルフィーユを見てまだ多少腑に落ちないところを感じるが、目の前の美味しそうなケーキを見てはタクトはただいつものように微笑む。
「あれはルフト先生やみんなのお陰だよ。でもまいいか、せっかくミルフィー特製のケーキが食べられるんだ。いちいち」


タクトが離れることになり、落胆するミルフィーユ。
いつもの好きなスープを作って元気だそうにも、気持ちが沈んで涙がスープに落ちる。
食べてひときり苦くしょっぱい味がして、まるで今の自分の気持ちを表してるかのようで、それが自分のタクトへの強い気持ちの裏返しとも知らずに、タクトの名前を連呼しながら涙ながす。
「大好き」

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