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感謝(かこ)と祝福(みらい) 「上」ー2

注意!!!
本作はタクトの貴族三男の設定を取り込んでおり、オリキャラありで、シリアスも含まれますので、苦手な方は読むのを控えることをお勧めします。


「おいマイヤーズ!少しは手伝え!こっちは囲まれているんだぞ!」

戦艦対戦シミュレーションのホログラフの前に、チームを組んでいるタクトと同期生であるレスター・クールダラスの姿があった。今二人は学生同士との模擬戦闘をしており、ホログラフで示された自軍を忙しく操作するレスターを横に、タクトはただ手を頬に添えてじっとホログラフを見つめるだけだ。本来ならこの手の模擬戦闘は、メンバー一人が戦局を見極めて策を提案し、もう一人が現場判断で軍艦、つまり駒の操作を行うが、戦闘が初めてからずっとレスター一人で軍艦の操作を行い、一方タクトは終始指示を出していなかった。最初はレスターのオードソックスな戦略で手堅く攻めていたが、模擬小惑星帯での初期配置が悪く、不運にもランダムイベントのイオンストームで陣形を乱され、数隻の船が沈黙した。やがて徐々に相手に押さえられてしまい、今やすっかり相手に自軍が囲まれるようになった。

「大丈夫だいじょうぶ、今のレスターはうまくやっているよ。」
「だから名で呼ぶな!というか今どう見ても不利な状況だろうが!」
「う~ん確かに、今うちらの艦隊は小惑星帯から出られないし、どう転んでもツーク・ツワンク(より悪い手になる手しか打てない)状態だね…。まあでもなんとかなるでしょ、今はこのままやって~。」

へらへらと笑うタクトに、レスターの血圧はただ登る一方であった。目の前にあるこのタクト・マイヤーズは、初対面からいきなり自分の名を呼んで来たり、授業でも実習の時でもいつもこの不真面目な態度をとってきた。今回の模擬戦は重要な大会というわけではないが、結果次第では単位の取得にも関わるもので、軽視できるものでは決して無い。そんな模擬戦でまさかこんな奴と組むことになるとは、今日は厄日かと毒突く。

「まったくっ、貴族らの考えは理解できん!」
平民の出だからと言って、貴族に対して特に先入観はもたないレスターでも、この時ばかりは目の前の貴族出身の坊ちゃんに憤りを感じずにはいられなかった。

「へへ、さすがマイヤーズ様は僕達に勝てないことを良くご存知のようで。」
「まあ、常勝無敗のアニキを目の前に当然の反応だわな。」
対戦相手であるチームはそんな彼らを見て嘲笑する。自分が名家マイヤーズの出身を知っての挑発だが、タクトは特に何も感じない。政敵や次兄らの嫌味の中で既に"慣れていた"から。

「…君達、ひょっとしたら海賊稼業でもやってるのかな?」
「あ?」「へ?」
タクトの唐突な言葉に戸惑う対戦相手の二人。

「いや~君達の息遣いがほんっとうにぴったりでさ、ほらいるでしょ?映画では悪役の海賊に必ずハイハイと漫才する子分が?正にそんな感じだよ二人とも。」「き、貴様!」
軽い口調で皮肉された二人はたちまち血の気が登り、一方タクトはその涼しい顔を崩さずに喋り続ける。

「なるほど、海賊なら、今のように後ろに隠れて数で押しつぶしに来るよね。臆病な人たちに、主力で正面対決という気高い戦法は確かに無理だ、うんうん。」「おいタクト!?」

その言葉を聴いて焦るレスター、現在タクト達の艦隊がいる小惑星帯は敵に包囲されて脱出できず、その小惑星帯の中で艦隊群の戦場が散在している状態だ。いま母艦を含む敵艦隊まで後方から攻め込まれてはひとたまりも無い。

「…どうやらマイヤーズ様は一番惨めな負け方がお望みらしい。」
「ならお望みどおりそうしてやろうよアニキ!」
そういうや否や、元々タクト達を囲んだ艦隊はそのまま包囲を維持し、相手の母艦含む主力艦隊は後ろから前進し始めた。

「おいどうしてくれるマイヤーズ!この状態で俺達に勝算など」「大丈夫、勝てるさ。」「はあ?お前何を根拠に…」

「勝てるさ。オレを信じろって。」

タクトはレスターにウィンクしながら軽く彼の肩を叩き、レスターはただ唖然としていた。このような劣勢で相手を誘き寄せても意味がない。なのにこいつは一体何を根拠に勝てると言える?
…だが、彼の表情は本気だ、本気で勝てると思っている。理由こそ分からないものの、そこには物言えぬ説得力が感じられていた。

「…どうなっても知らないぞ!」
そう言い、レスターは引続き艦隊を操作して対抗していくが、依然として劣勢は変わらず、母艦正面がどんどんと突破されて行く。

「…レスター。第4艦隊をWr588ポイントへ移動させて。」
暫くすると、模擬戦が始まって以来、初めてタクトから指示が出される。
「第4艦隊だと?その艦隊はまだ敵と交戦中だぞ?それにあのポイントだと敵の主力艦隊と鉢合わせに…」「いいからやるんだ。」
舌打ちしながらレスターは言われたとおり艦隊を移動させるが、案の定敵主力艦隊と鉢合わせになり、相手の一部艦船を留めただけで依然として敵は母艦めがけて突っ込んでくる。

「続いて第8艦隊、DDx782ポイントへ。母艦はJx472ポイントまで移動。」
言われたとおり移動をするレスターだが、やはり状況は変わらず、敵艦隊の一部だけ削って、進撃を止めるには至らず。そして似たような指示が幾度なく行われ…。

「な、なあアニキ、なんかちょっとおかしくない?」「うるせぇっ!今丁度いいところに…、あっ」「な、これは…っ」
レスター含む全員が驚愕の表情を浮かぶ中、タクトだけが確信の笑みを浮かべる。母艦を囲んだ陣形を取っていた主力艦隊は、いつのまにか数隻の護衛艦と母艦だけに削られ、しかも艦隊の足揃えが悪いのか、敵の陣形が長く引き伸ばされ、母艦だけが孤立したままタクト母艦の護衛艦隊に囲まれた状態となった。

「いまだレスター!敵母艦に一斉射撃!」「りょ、了解!」
対戦相手が反応するよりも早く、タクトらの艦隊による一点集中攻撃は、あっさりと敵母艦を撃沈した。

「サクリファイス大成功…、チェックメイトだよ。」
タクトチームの勝利の文字が表示され、それを呆然と見つめる対戦相手とレスターに、タクトはにかっと笑う。
「君達、船の特性についてもう少し勉強したほうが良いよ?レスターもだよ、もっとマクロな視点で戦局を見ておかないと。」
「い、一体何をしたんだお前…。」
「単に全体状況を分析しただけさ。レスター気付いてない?さっきオレが移動を指示した艦隊の局地戦闘は、殆どこっちが優勢になってるよ?」「あ…。」
言われて初めて気付くレスター、さっきは無意識に劣勢箇所の戦闘に集中していたため、そういう箇所の気配りがあまり出来なかった。

「しかも比較的タフで無傷な艦が多く残ってるから敵を突破するのはそう難しくはない。そのかわり、君達海賊さんの主力艦隊は殆ど重装甲で足の遅い艦が主体になっており、しかも射程は相対的に短いから簡単に足止めができるし、あんたらの母艦は他の護衛船より速いから多少混乱させれば簡単に足並みを乱せる。そこで母艦を囮にしてこっちの艦隊を多く通るようにルート誘導してた訳。主力艦隊を守り重点の編成にしたのがまずかったね、お二人さん?」

「いや~君達が気高い人柄で良かったよ、海賊呼ばわりしててごめんね。」
すかした顔をしては、今だ呆然とする対戦相手を置いて、タクトはレスターと共にシミュレータールームを後にした。

「おいマイヤーズ…お前、あのような指揮ができたのならなぜ最初から指示を出さなかった?」
校庭の通路で、レスターは先ほどの出来事に今だ困惑していた。
「う~ん面倒だったから。」「はあ?」
あっけない返事にレスターは面食らう。
「だって最初の布陣は普通にセオリーどおりの戦略が最適解だから、優秀なレスターくんなら問題なくこなせるものだと思って。まあレスターは突発的な状況に少し弱いから、オレは必要な時だけ手を出せば良いのかな~と、そう思ったからさ。」

レスターは、今までただ不真面目に授業を受け、変に遠慮のない目の前の男を見ては心から驚嘆していた。確かに対戦最初の布陣は、セオリーどおりの戦略が効果的で、自分の得意とするものだった。実際、不運にもイオンストームに陣形を乱されてなかったら、普通に勝てたものだったが…、まさかそれをいつも不真面目なこいつがそのことを見抜き、さらに自分の能力と性格を見抜いていてうまく扱っていたとは。

「お前…思いもよらない狸野郎だな…。」「そんなに褒めないでくれよ。照れるじゃないか~。」「褒めてないぞ。」
わざと照れ顔をするタクトに苦笑するレスター。

「まあ、相手が単純な奴で助かったよ。本当はああいう応酬は好きじゃないんだけどね…。」
それはタクトの本心だった。貴族の社交界ではあのような応酬なぞもはや定番と言えるぐらいいつも見られる光景で、お陰で自分もいつしかそれらへの対応の術を身に付けていた。相手の言葉や一挙一動、細かい表情の変化などありとあらゆる情報を観察してその性格、行動を読み取って対応する…。それを元に常に相手を懲らしめてきたが、そうする度に物言えぬ空虚感を感じてしまう。

「その割には結構ノリノリだったと思うが?」「そりゃ向こうは容赦なく仕掛けてくるからね。自分の身も守れないと話にならないよ。」
まだ社交界に慣れてない頃、自分の甘さでひどい目にあったことをタクトは思い出す。
「それでもさあ、やっぱオレは誰と争うことなくのんびり気ままの生き方がいいよ。殴る手が痛いこともあるし、可愛い子と遊ぶのが一番性に合うのさ、オレは。」
レスターは自分を見てにかっと笑うタクトのことを測りかねていたが、思い返してみると、入学以来タクトは誰かに対して感情的になることなど一度もなく、些細な事で他人を非難することもなかった。不真面目だが逆に言えば大らかとも取れ、大抵の物事を許して流す態度の裏には、生い立ちによる辛い経験が隠れているのかもしれない。まだ理解できない部分こそあるものの、根は悪くない奴だと思える。そのさぼり具合を除けばの話だが。

「…とにかく、今回は無事切り抜けたが、次回はもう少し真面目にしてくれると助かるぞ、タクト。」「…あっ、レスターやっと名前呼んでくれたね。これでもう一蓮托生?」「言ってろ。」

レスターと冗談交じりに談笑することに、タクトは女の子との交流以外の楽しみを感じた気がした。…だが貴族界隈で培ってきた能力がなければ、先ほどの模擬戦に勝てず、今このひと時が得られなかったかも知れないと思うと、心中複雑にならざるを得なかった。

(方法こそ問題あるけど、父さんも同じく守るべきもののために今の教育指針をやっているんだよ)

ふと長兄の言葉が浮かび、物言えぬ苦い感情が、タクトの心をしみる。

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楽しい時間が流れるのはいつも速い。いつしか士官学校の卒業時期が来て、タクトには大佐の階級が与えられた。成績トップである、今や親友のレスターを差し置いて大佐とは、マイヤーズ家の名前は本当に便利だと、タクトは失笑せずにはいられなかった。いつものように家の庭のあずまやで、彼はポータブルパネルを見ては、物思いにふけっていた。

「またここで考え事かい、タクト?」「リオ兄さん…。」「まずは大佐就任おめでとう。聞けばもう既に艦隊推薦の書簡も届いてるじゃないか。」「ああ、ご丁寧に『これを機にぜひともマイヤーズ伯爵への口添えも…』とも書いてあったよ、まったく父さん様様だねぇ。」

皮肉を言いながら手に持ったパネルを長兄に渡し、長兄はメールで送られた推薦書簡を読んでいく。
「へえ、まさかの近衛艦隊の司令か、大出世じゃない。」「よしてくれよ、柄じゃないのにさ。」「ははは…、それで、タクトはどうする?このまま推薦を受けるかい?」「う~ん、どうしようかなあ…。」
一見わざと深刻そうに考えてるように装ってるみたいな表情を出しているが、長年の付き合いなだけに長兄はその悩みが本物であることを知っている。環境に順応するための掴み処のないタクトの顔の下には、いつだって年相応の悩む少年の表情が隠されているのだから。

「…タクト、最後にチェスを一局やらないかい?正式に就任したら、何かと忙しくなると思うから。」「あっ、いいねぇ。ぜひやろうっ。」
秋の季節に入り、赤や黄色に染められた落ち葉が優しい風と共に揺れ落ちては、庭の地面を染めていく。その風に乗って、コトコトとチェスを動かす声が響く。

「…推薦のこと、まだ父さんには報告してないのかい?」「そうだよ、言ったらきっとまた色々と口うるさくなるから。」「ははは、…けれど、推薦も報告もいつかは必ず報告しなければならないよ?」「分かってるさ。それぐらい…。」
暫く無言のまま、互いのチェスを指す声だけが響く。

「…いっそのこと、推薦蹴ってどこかへ高飛びするのはどうだい?」
「あ、いいねぇそれ。本当に出来ればどれほど良いのか…。」
再び沈黙。実際、それが出来ることに越したことは無い。だが心残りがある。もし自分が高飛びでもしたら、本来これから自分が担当すべき家業の業務の担い手が無くなり、家は少なからず混乱に入るだろう。それはまだいい、それ以上に母のことが心配だった。ただでさえ次兄のことで心労が溜まっている母を、このまま置いて出て行くなどどうなるか、想像するだけでも辛くなってくる。

「…そういえば、私の友人がクリオム星系の辺境駐留艦隊とパイプを持っていてね。」「え…。」「今そこの司令が退役することになってて、埋め合わせを探しているところなんだ。」「兄さん…?」
いきなりの話に戸惑うタクトの手が止まる。そんな彼を、兄はわざとらしい表情で語りだす。
「次の家族会議では、私はこう言います。タクト・マイヤーズは、愚かにも近衛艦隊の推薦を蹴り、その辺境艦隊へ就任することになった。そんな馬鹿げた選択をするタクトに、家業を継ぐ権利は無く、罰として勘当同然の扱いを受けて家から離れるべき、と。」「ちょっと待ってよ兄さん、それだと」「なお、彼が担当すべき家業の業務は既に私が対応済み、以降は私と次兄が引継ぐ。」
先ほどまで戸惑うばかりのタクトの顔が、さらに驚愕な表情へとなっていく。

「兄さん、いったいいつの間に…。」「君が士官学校に入った時期からかな、早期で対応したから案外楽にできたのが幸いだね。」「けれど良いのかい?オレが離れるとこっちの業務や嫌味は全部兄さんに…。」「前にも言ったでしょ?オレは守りたいもののために好きでやっているのさ。」「に、兄さん…君は…。」
その言葉にタクトの目が見開く、兄が守りたいものがなんなのか気付いたのだから。そんな彼を見て、長兄はただいつもの優しい笑顔を見せる。

「タクト、君は良い子だ。この堅苦しい家庭に生まれて様々なことを見てきたからこそ、他人には無い思いやりと物事を受け入れる心を持っている。そんな君は、外での生活こそ相応しい。」「けれど…」「ちなみに、さっきのは母さんの言葉だよ。」「えっ。」「随分と前から、母さんと君のことについて相談してたんだ。もちろん、私もまったく同じ考えだよ。そうそう、母さんはこうも言ってたよ、家から出ると決めたのなら、覚悟をして二度と振り返らず、ただ前だけ向いて歩くように、とね。」
自分のために色々と対応してもらった長兄に、そして何よりもそれが母の言葉だということに、タクトの心を強く打った。

「昔言ってたよね、カルのことは私に責任がある。だから彼と母さんのことは私がなんとかする、君は何も心配することはないさ。」「兄さん…」「ほらほら、チェスの手が止まってるよ?」
そう言われてタクトは呆然と再びチェスの駒を動いたら、
「チェック…メイ、ト…。」
「おや、いつの間に追い詰められていたね?おめでとうタクト、私からの初勝利だよ?強くなったね。」
タクトの肩を軽く叩く長兄。
「ここまで成長した君なら安心して外へ送り出すことができる。昔から思ってたんだ、君には私達にはない特別な才能をもっている。今こそまだ経験もなく頼りないかもしれないが、いつかきっと、君は誰にも届かない場所へと行くと信じてるよ。」

今のタクトの胸中は、今までに無い複雑な心境に満ちていた。窮屈でくだらない闘争に満ちたこの環境で成長したことを、時々強く嫌悪し、愚痴ることもしばしばあった。けれどそれと同時に、自分は自分が思った以上に愛されていた。感慨なんて言葉では、今の気持ちは語りきれないだろう。

「兄さん…ありがとう…。」
沸き上がる気持ちを堪えては、タクトの心は兄と母への感謝に満ちていた。

「最後に一つだけ…。もし、今の君に幸せを感じているのなら、君にも大切な人を見つけ出して欲しい。守りたい誰かを幸せにすることは、自分も同じぐらい幸せになれることを、君にも知ってほしいから。今の私が感じてる気持ちのようにね。」

兄が優しくタクトの肩に手をかける。今感じる幸せを彼に伝えるように。
「さあ行こう、まずは母さんのところへ挨拶、だね。」


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「…そしてその男の子は、兄や母の好意に押され、辺境でのんびりすることができたとさ。」

ざざぁと風が芝生と大樹を揺らぎ、髪を抑えてはタクトを優しく撫でるミルフィーユの表情はただ穏やかで、静かにタクトの話を聞いていた。

「そうだったんですか…。その男の子も、色々と大変だったんですね。」
「別に気にするほどもないよ。それに、男の子は寧ろ感謝しているのさ。そのような過去があったおかげで、彼は真に守りたいものを見つけたのだから。」
「守りたい、もの…?」
ふとタクトの指が、ゆるりとミルフィーユの頬に触れる。

「ある日その男の子は、大事な仲間である六人の天使達と出会いました。」
「その天使達の中に、まるで太陽のように元気な女の子がいました。…その女の子は強運に振り回されながらも、決して屈せずにいつも前向きに生きていて、強運がもたらすアクシデントは、精彩に欠けた男の子の世界を面白く彩ってくれた。けれどそれ以上に何よりも…」
タクトはミルフィーユの膝枕からゆっくりと起き上がり、その大きな掌で宝物を扱うように優しく彼女の頬を包む。

「最初は他の子に疑問を抱かれながらも、その女の子だけは、明るく純粋な笑顔で接してくれた。幼い頃から権力闘争に飽き飽きした男の子の心は、その温かい微笑みに癒されて…そして、」

凶運が自分を傷つけることを恐れて逃げるミルフィーユへの告白が去来する。
「その子は根なし草の彼に、大切な人を思う愛の気持ちを与えてくれた。」

シャトルでミルフィーユを追う時の、彼女の心の叫びが思い浮かぶ。
「一人で考えることに慣れた彼に、二人で考える大事さを伝えてくれた。」

自分を忘れた彼女の目を見て、心が引き裂かれそうな気持ちが想起される。
「そしてその子が自分にとってどれほど大事なのか教えてくれた。」

タクトの親指がミルフィーユの頬を愛しく撫でさする。まるで今の気持ちを直に伝えたいように。目の前の彼女の存在を何度も確かめたいように。
「そんな優しい彼女に男の子の心は次第に惹かれて…、この子の側にいて、幸せな笑顔にしてあげて、その微笑みをずっとずっと見つめていきたいと思った。それが、あの男の子にとって本当に守りたいただ一つの宝物だから…。」
タクトの言葉の温もりが、掌の温度と共にミルフィーユの心を暖めてゆく。少し照れながらも、彼女もまた、幸せそうな声で答える。

「その女の子も、男の子に出会えてとても幸せですよ。その子の強運を嫌わずに、ありのまま全て受け入れて、いつも笑えるよう優しく接してくれて…。そんな彼と一緒にいられることが、今の女の子にとって、一番の幸せです…。」
「ミルフィー…。」
ざわざわと優しい風が木を鳴らしながら二人を包み、タクトとミルフィーユの唇が重なる。

愛を確かめるための、軽く触れ合うキス。けれどそれは熱情的なキスよりも幸福が伝わる口付けだった。やげて二人はゆっくりと離れて、互いを見つめ合っては頬を朱に染めて小さく微笑む。

「ごめん、ミルフィー。つまらない話に付き合ってもらって。」「ううん、寧ろ教えてくれてとても嬉しいです。なんだか初めて、タクトさんと対等になった気がしますから。」
屈託の無い笑顔を見せるミルフィーユの言葉に、タクトは安堵する。これからの人生は二人で歩む長い道のり。悩みを心に隠すよりも、互いに分かち合って生きてゆくこそが伴侶というもの。かつてミルフィーユの強運ともに受け入れると言ったように、タクトもまた初めて、彼女とは本当の意味で一緒になった気がした。

「そろそろ戻ろう、ミルフィー。式場の流れなど、コーディネーターと詳しく打ち合わせしなければいけないしね。」
「はい、行きましょうかっ。」
ミルフィーユらしい陽気な返事を聞いては、二人とも立ち上がって歩いてゆく。

「タクトさん。」「うん?」「あたしはこういうこと良く分からないし、何か言える立場じゃないかも知れませんけど…きっとご家族は皆、タクトさんのことを誇りに思ってると信じてますよっ。」
ミルフィーユの満面な笑顔を見て、ああ、また彼女に救われたと、だからこそ彼女と共にいたいと、彼女への気持ちを再確認し、感慨と幸福感を感じたタクトは初めて長兄の、守りたい誰かを幸せにすることは、自分も同じぐらい幸せになれるということを、ようやく理解できた気がした。

「ありがとう…。」
その気持ちを表すように、彼女の腰に手を回してはそっと抱き寄せ、ミルフィーユも身を委ねるように寄り添った。桜の枝で愛を謳う小鳥達のように。

これからの人生が、平穏なままなのか険しく変化するのかは知ることが出来ない。けれど一つだけ確かなのは、どのような事が起こっても、それを常に二人で受け止め、二人で前を向いて歩むことになるだろう。心の中で既に誓い合った永遠と共に。

 ----(下)へ続く


後書き
タクミル前提に、タクトの心情をメインに据えたお話の前編でした。メディアミックスものの常ですが、作中のキャラは時折出演される媒体、ひいては書き手、担当によって少なからず性格や設定のズレが生じます。そしてゲームにおけるタクトは、ゲームジャンルの性質上、可能な限り設定を簡素にするよう、別媒体での設定は殆ど明言されてなく、その一つが、水野氏による名門貴族の三男設定ですね。

最初はこの設定を使うかどうか随分と悩みました。この設定だと比較的重いシリアスものになりますし、暗い部分を苦手とする方もいるからです。水野氏も小説の後書きで謝ってましたね(笑)。ただ、物語にドラマ性や深みを出すためには、やはりこの設定が一番使いやすく、ヒロインとの関係性とが意外としっくりくるものだと思います。実際、色々と想像を掻き立てることができましたから。水野氏は単に設定上の方便だと言ってましたが、お陰で色々と妄想することもできました。ただ、キャラ原案者にとっては、こういう重いのはあまり苦手なのではとも考えられますから、可能な限り重くならないように注意を払い、挿絵もコミカルさを出すようにしています。旨くできてるかどうかは分かりませんが…。

余談ですが貴族三男という設定、恐らく他にも同じ考えを持つ方がいると思いますが、一番ドラマ性が出てくるのはやはりミントではないでしょうか。同じ権力者の親を持つタクトとミント、似たもの同士で互いに親への思いを吐露し、そして惹かれてゆく…。これだけでもかなりのドラマが書けそうですね♪こう見ると親和性が高いものですから、ギャルゲーでは確かに使ってはいけない設定ですね、各ヒロインは可能な限り平均的で公平に扱わなければならないですし、プレイヤー的にも簡素な設定の方が感情移入しやすいですから。その逆パターンとして、プレイヤー視点から離れたGAIIは、性格にかなりの加味がされたとも言えますね、半分は現実の都合もありますが…。

この小説に出てくるオリキャラは、可能な限り名前を呼ぶことを避け、顔の描写も最低限に留まっています。二人の兄さんだけは区別するために名前を付けたものの、当初の構想は全員名前を付けないままに書きたかった。これはオリキャラがあまり前に出さず、かつ読者それぞれの想像を壊さないためのものです。それでもちと前に出せすぎる感じは否めませんが。それと、技量不足のため目を隠す演出が逆にのっぺらぼうに見えなくもないかもしれませんねw
ちなみに、長兄テナリオはラム酒のロン・サカパ センテナリオから。次兄カルディは同じくラム酒のバカルディ スペリオールから。

反省点としては、単に書きたいネタを書き出しただけで、ちと各イベント間に一貫性がない感がしますね。今回の話は『タクトという人の背景の補完』であり、特定のテーマがなく、あくまでタクトの過去がどんなものかというドキュメンタリーな感じのエピソード故なのかもしれません。それ故に展開の起伏がなく、多少面白味がないのも欠点でしょうか。

また、タクトの背景補完と言っても、あまりに加味しすぎるのは人によっては苦手かも知れませんので、今回はある意味実験的な意味で書いており、ドラマ性はかなり控えめにしたせいで面白みも減った感がしなくもないですね。

一応、書きたいポイントとしては次のようになってます。

一、窮屈な家庭環境と貴族界隈の闘争による反動から、
①大抵のことはそれよりもマシと感じて許せるおおらかな性格の説明
②色んな事が起こるミルフィーユといるのが楽しい理由の説明
③闘争環境による高い観察力等の説明
④女性好きの説明

二、兄弟や母の家族関係からの、
①幼い頃からのチェス好きの理由
②設定上の家督争いの説明
③社交スキル、ソーイングスキルの説明

このうち、一の①、②は言葉だけの説明になってるのが残念でした。言葉よりも何かの出来事(イベント)でするのが一番説得力が出るものですが、内容が冗長になりかねないので中々難しいものですね。

また、実はオリキャラを前面に出せないこと、暗くしないことは意外ときつい制約になってました。これは二の②で特に響いてます。本来なら争っているところの描写も入れておいた方が分かりやすいのですが、重すぎて逆に面白味を損なうためにあえて記述のみで済ませてますが、それによって多少説得力が足りない気もしますね。二次創作だからもっとフリーダムにしても良いのでは?とも思ってますが、ちょっとした変な拘りだと思ってください。

さらに余談ですが、貴族同士のやりとりを言われると、自分は真っ先に"エマ"のようなイギリス貴族のやりとりを連想していまいますね。それっぽく貴族間のやりとりも描写したかったのですが、オリキャラだらけになってしまいますので諦めましたw

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