リセルヴァ没案


「リセルヴァよ、愛しいわが娘よ。忘れるな、わが家族の誇りを。忘れるな、我々が刻まれてきた屈辱を。再び…一族に……栄光を………------。」

掠れ行く過去の声と共に、リセルヴァは目覚めた。仄暗い自室の中で。
「…あの時の夢か…。」
まだ覚めたばかりなのに、意識は意外とはっきりしていた。強い衝動と共に。
「暫く見てなかったのに、なぜ今になって…。…いや、今だからか。」

ブラマンジュ家の令嬢。実力に見合わない財力で成り上がっている拝金主義者どもの仲間。あいつに会ってから、昔の忌々しい記憶はまるで染み渡る墨の様に、ゆっくりと、けれど確実に心の奥底から広がってくる。
小さく舌打ちしながら、彼女はすばやく、しかし優雅に服を着替えていく。たとえ落ちぶれた時期があっても、幼い頃から身についてきた癖が、誇りが失うことはない。

服を整え、鏡にある自分の姿を見ながら、遥か過去のことがその瞳の奥から映り出されてきた----。
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かつて名門貴族であったキアンティ家は、初代トランスバール皇王の時代からその政権を支えてきた家系。その確かな実力と誇りで正々堂々と営んできたが、その正直さは今の陰謀渦巻く貴族界でやっていくには難しく、幾度の闘争に巻き込まれて、今は財力も人脈も失い、彼女の代では、本星から離れた辺境の星で僅かな乏しい領地しか持たないほど落ちぶれていた。だが、それでも過去の誉れは今も彼らの中で息づいていた。
「ふふ、今日もとても綺麗よ、リセルヴァ。」
たとえ多少身がやつれても、いつも優しく接してくれる母。
「今日も鍛錬に励んでいるな、リセルヴァ、それでこそ我が自慢の娘だ。」
多少厳しいが、その眼差しには常に慈愛に満ちていた父。
生活は厳しいものだが、幼い頃からリセルヴァは両親の愛に包まれ、キアンティ家の誇り高さと共に育てられてきた。

「いいかリセルヴァ、こういう時だからこそ、自分の誇りを失われてはいけない。君には素晴らしい才能がある。いつか必ず、再び本星中央まで、いや、皇国の頂点まで上り詰める、選ばれし者だと、私は信じているぞ…っ。」
生まれてから言い続けられた父の言葉は、妄執にも近い確固たる信念として、彼女の行動の根底に根差し続けていた。その貧困ささえも、己の気質を掻き立てるものとし、強きプライドとなって彼女を支える。
「落ちぶれなど如何ほどのものかっ、私は必ず己自身の力で、キアンティ家に再び栄光を取り戻してやるっ!」

その誇りと共に幼い頃から鍛え上げられた実力は、実際凄まじかった。父のサポートとして、乏しい領地から利用価値を見出し、小規模でありながら外資を誘い込み、ゆっくりながらもキアンティ家は徐々にかつての活気を取り戻した。
だが、まっすぐ過ぎる木は煽り風にいともたやすく折られるものだった。
「なっ、なんだこの数億もの負債は!?」
それはある日の夜、家族会議で父と共に使用人から財務報告を受けた際の出来事だった。リセルヴァの叫びが響き、報告書を見て青ざめた父はただ俯いていた。

「これはいったいどういうことだっ!ちゃんと説明しろ!」
「お、落ち着いてください…、お嬢様…っ。騙されたんです…、私達の領地の開発提携をしていたスメアリ(Smeary)社が実はペーパーカンパニーで、提携用のサイン入り資料等を利用して偽造文書を作り、土地の所有権と我が家の財産を、取調べという名目で全て巻き上げられて…。そして違約金が全部こちらに回され、もはや私達に残されているのはこの家のみ…。」


「くっ…!いったいどこの誰だ!そのような奸計で私達を陥れたのは!」
「わ、分かりません!勿論すぐに調べたのですが、相手が中々狡猾で、証拠も何も残ってません!どうやらどこかの大手貴族と手をつるんでるようで、役員もみな大金による賄賂や、マイとかなんとかのプレッシャーを受けていて、まともに調査も弁護もできず…。」
「こんな…こんなことが…っ、キアンティ家は、ようやく栄光を取り戻し始めたのに…っ!誇りある我が家が、金や権力で人々を言いくるめるような卑劣な奴らに…っ!」


ワナワナと震える彼女の肩に、父の意外にも平穏な手が置かれる。
「大丈夫だ、リセルヴァ…。」
「父上…っ?だけど、こんな巨額の負債を、いったいどうすれば…っ」
「大丈夫だ、とにかく今は休め、私が必ずなんとかしてみせる。」
予想以上に落ち着いていた父の態度に戸惑いながらも、その夜は憤慨しながらもおとなしく寝床に着いた。今思えば、あの時から気づくべきだったのかもしれない、父の覚悟を。
数日後、両親は資金調達のために出かけることになり、出発前の二人の表情は穏やかで、そんな彼らに戸惑う彼女を優しく抱きしめた。

「リセルヴァよ、愛しいわが娘よ。忘れるな、わが家族の誇りを。忘れるな、我々が刻まれてきた屈辱を。上って上り詰めて、再び一族に栄光をもたらすんだ。君ならきっとできる、君は我々が愛した、選ばれしものなのだから…!」
肩を掴む父の手は力強く、自分を見つめる眼差しは、威厳と慈愛に満ちた、いつもどおりの父の目だった。

--------訃報がリセルヴァの元に届いたのは、翌日の朝だった。

車の衝突事故。市街地へ向かう途中、飲酒運転していた別の車が、両親の車に激しく衝突し、大炎上して両方とも即死亡の大惨事だった…というのが鑑定結果だが、リセルヴァは勿論そうでないことは知っていた。程なくして、両親が兼ねてよりかけていた巨額の保険金がおりてきたからだ。

そのお陰で、キアンティ家は破産という最悪のシナリオは避けれた…はずだった。保険会社が、様々な理由を付けて保険のグレードを下げ、そして訳も分からぬ手数料をかけられ、彼女の元に届いた金額は負債を賄うにはあと一歩足りなかった。やがて唯一残された家も差し押さえられ、リセルヴァは全てを失ってしまった。
家を離れる日、彼女は屋敷の前で佇んでいた。両親と過ごした日々が、舐めてきた辛酸が、誇りと屈辱が頭の中を去来する。この星の赤い三日月は、まるでそんな彼女をあざ笑うかのように空に浮かんでいた。
許せない。実力も無く、ただ金だけでものを良い、両親の命を代えて得たものを貪る輩が。卑劣な手段と権力を笠に威張る腐敗貴族どもが。そのような状況に甘んじている人々が。不満と怒りが、まるで煮えたぎる油の如く熾烈に燃え盛る心に注がれる。

彼女は屋敷を焼き払った。思い出を、誇りを他人に蹂躙させないために。そして全てを捨て、一から立ち上がって行く決意を表すために。炎と赤き月明かりが照らす彼女の様相は、さながら地獄の猟犬のようだった。


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「…遅いぞリセルヴァ、そろそろ作戦会議の時間だ。」
回想から戻り、自室を出た彼女に、同じヘル・ハウンズ隊のレッドアイが話しかけた。彼女が出てくるのを待っていたようだ。

「ふん、言われなくても分かっている。…それにしても珍しいな、あんたが迎えに来るなんて。」
「カミュに言われただけだ…。」
リセルヴァは軽く鼻を鳴らし、淡々とする彼の態度を見て、ふと彼らとの出会いを思い出す。


------全てを失って数ヶ月間、リセルヴァは傭兵として食い扶持を繋いでいた。幸い父から多少銃器のレクチャーもされており、簡単な仕事をこなすには特に問題はなかった。
プライドの高い彼女にはおおよそ似合わない仕事だが、あの日以来、彼女の心で燃え盛る炎は、自身も驚くほどに技術、精神面で彼女を前へと推し進めていた。たとえ傭兵に身を費やしても、皇国の頂点に上りつめれるのであればどんな辛酸でも耐え忍んでみせる。

ある日、街の酒場でくつろいでいた彼女の元に、二人の傭兵が彼女に声をかけた。それが、当時まだ二人しかいないヘル・ハウンズ隊のカミュ、そしてレッドアイだった。彼女の噂を聞き、その素質を見込まれて、入隊することになった。当初はただの道楽のつもりだったが、意識はしてないものの、隊のメンバーとの連携は思った以上に良好で、いつのまにか長く居座り、今に至る。


そして、今やまさか黒き月のロスとテクノロジーを手に入れた廃太子エオニアの元で働くという、思いもよらない金星を得ることになるとは…。好機がいよいよ訪れたのだ。今の状況を利用し、いつかは雇い主のエオニアの上まで上り詰めて、必ずキアンティ家に再び栄光を取り戻してみせる…!
「どうした、急ぐんじゃなかったのか?行くぞ。」


つかつかと先行するリセルヴァを見て、レッドアイもまた同じく、あの日の事を思い出していた。…キアンティ家からの依頼、事故として見せかけるための偽装工作…。カミュの遊び心で彼女を入隊させたことに対しては、特に感慨も罪悪感もなかったが、彼女の背中を見るたびに、いつも初めて出会ったあの日を思い出す。けれど所詮、意味のないものだと一笑に付し、彼女に続いて歩き出した。


かくして猟犬は、今日も誇りという名の業火で身を焦がしながら、獲物へと走り続ける。いつか野望が成就するその時まで-------。

終わり


後記:
ヘル・ハウンズ隊のバックグラウンド小説の構想は、結構前からありましたが、いざ書いてみると、それぞれの設定がしっかりしていて、かなりすんなりと物語が出来上がりました。こうしてみると、原作の設定の良さが改めて感じられます。恐らく水野氏も、本当はこのあたりもっと詳しく書く予定でしたでしょう。
ヘル・ハウンズ隊のメンバーでも、リセルヴァが一番書きやすかったので先に彼の話を書きましたが…。ところが途中で「廃太子の帰還」を読んで、10年以上も経てまさかの男性だったと初めて気付きましたw
物語の深みを増すために、オリジナル設定で恐縮ながらも色々んなところでネタを仕込んでました。例えばSmearyは、とある単語のアナグラムで、同じメンバーのレッドアイとちょっと絡んでみたり。…でもこれってリセルヴァ×レッドアイになってしまったり?w
最初は、元名門貴族が真偽不明なところもあって、当初は本当に名門貴族だったものと、実は両親の妄想によるものだったり、ペテン師だったりという、2つのプロットを考えてましたが、ゲームでの態度を見る限り、傲慢でありながらも誇り自体は本物だと感じるし、後者ではあまり合理的な話の構築ができないので、結局は最初のプロットにしました。このあたりは、機会があれば他の方が考えた話も聞いてみたいですね。
残りのメンバーで大よその構図があるのは、レッドアイとベルモットでしょうか。一番やりづらいのがギネスですねw 多分作ったら彼らしいバカバカしい話になると思いますが、今は彼だけまだネタが浮かんでこない…。もし思いつかなかったらごめんw

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