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日本列島チーズ工房リレー第4回  ハル フロマジュリ・カフェ

千葉県いすみ市にはチーズ工房が6軒

    2023年4月26日 千葉県いすみ市のチーズ工房を訪問させていただきました。
    日本でも有数の生乳生産量を誇る千葉県は、日本酪農の発祥の地で、いすみ市だけで6軒のチーズ工房があります。小さな町にこれだけのチーズ工房が集中しているのは、全国でもあまりないとのことです。房総半島の南東部に位置し、東は太平洋で日本有数の漁港、西は山々や水田、畑が広がる自然豊かなエリアです。今回は2軒を訪問させていただきました。

チーズ職人の吉見真宏さん

    最初に訪れたのはハル フロマジュリ・カフェです。
    東京方面から高速を降り、しばらく山道を下ります。県道から田んぼの中の畦道に入り1分ほど車を走らせると、のどかな里山の中に静かにたたずむチーズ工房が現れました。
    カフェと名の付く通り、チーズ工房に素敵なカフェが併設されています。
オーナー職人の吉見真宏さんが同じいすみに古くからある高秀牧場チーズ工房にて、およそ6年間チーズ製造の責任者として勤務されたのち独立してつくった工房です。

優しい笑顔の吉見さん

    伺った日は休業日で、吉見さんが奥から出迎えてくれました。
    外壁、ドア、窓枠、内装に至るまですべてナチュラルな天然素材でできているカフェは、周りと馴染んで、建物の中ではなく、まるで自然そのものの中にいるような気持ちになりました。窓の外は目の前に四季折々の里山の風景が広がります。
    週末には県内のみならず近隣からも多くのかたが訪れる、知る人ぞ知る人気のカフェです。
    お休みの日にお話しを聞かせていただける感謝をお伝えし、1時間ほどお話をさせていただきました。

趣あるカフェの入り口
落ち着いた雰囲気の清潔な店内 目の前に四季折々の自然の風景が広がります

ハル フロマジュリ・カフェとして独立

    高秀牧場ミルク工房には2012年から勤務されていました。
    チーズ工房を立ち上げ、2014年からは連続してコンテストで賞をとるほどになられていましたが、当初からご自分のチーズ工房をつくりたいという思いがあり、いずれ独立するということを伝えて勤務されていたとのことです。
    2017年に次にチーズ製造を担うかたが入ってこられ、引継ぎを終えたタイミングの2018年春に退職されました。その後数カ月の準備期間を経て7月に独立開業されました。
    なお原料乳はすべて高秀牧場から仕入れています。

なぜカフェに?

    出来上がったチーズをその場で食べていただける場所をつくることで、より多くの方にチーズを広めてゆきたいと考えました。
    カフェの内装やメニューはすべて奥様のアイディアです。
    珪藻土の壁や3回塗りの外壁など、できるところはすべてお二人で手作りしました。運営もお二人だけでされています。
    今ではカフェのほうが有名になってしまい、チーズ工房にあるカフェというより、カフェでチーズもつくっているんだと言われますと笑っていらっしゃいました。

カフェの人気メニュー

  • 4種のチーズプレート

  • 看板チーズのハルを丸ごと乗せたそば粉のガレット

  • フロマージュブランと生クリームを合わせた「フォンテーヌ・ブロー」を 包んだ いちごのクレープ(季節でフルーツは変わります) 

 お料理は出来立ての美味しいチーズをたっぷりと使い、身体に優しい自然素材だけでつくっています。一品一品に吉見さんと奥様のこだわりがぎゅっと詰まっています。
 この日は休業日でいただけなくて残念でした。次回はOPENしている日に絶対伺いたい!と思いました。
カフェの営業日 金、土、日、月

4種のチーズを製造

①ハル

酵母タイプ       

 吉見さんがフランスのロカマドゥールが好きで、それをお手本に牛乳でつくりました。
 35gの小さなコイン型のチーズで滑らかな舌触り、口どけよくほのかな甘みがあります。
 工房の名前を冠しているチーズです。

②フロマージュブラン

フレッシュタイプ          

 驚くほどなめらかなテクスチャーで、柔らかい酸味のフレッシュタイプのチーズです。
 メープルシロップ、蜂蜜、ジャムと合わせて極上のデザートになります。

③スープル

セミハードタイプ          

 外皮はジオトリカムをメインに仕上げています。もっちりした触感で、歯ごたえよく、ミルクをぎゅっと濃縮した風味が口の中いっぱいに広がります。優しく、かつ濃厚で後を引く美味しさです。

④ブルー

青かびタイプ        

 中は真っ白な生地に青かびの層が美しく入っています。しっかりした塩味と青かびの刺激、豊かなミルク風味のバランスが非常に良いです。ワインにはもちろん和の食材ともよく合い、ご飯に乗せても美味しくいただけるとのことでした。
 それぞれのチーズで工夫されていることも伺いました。
 スープルは香りを優しくするため、ウォッシュをかけずにジオトリカムのみで仕上げる、
 ブルーは高秀時代のものより塩味を増したことで風味が豊かになった、
 フロマージュブランは軽くホイップすることで、酸味がやわらぎ、もっちりとした食感になるというお話しでした。

4種のチーズが整然と並ぶショーケース 包装紙も真っ白でシンプルです

チーズ製造スケジュール

月曜日 ハル (朝、午後、翌日、翌々日と4回に分けた作業。
ひとつの作業時間は短いので合間にカフェの仕事をすることができる)
火曜日 ブルー (ほぼ1日つきっきりのためカフェは休業)
木曜日 スープル (ほぼ1日つきっきりのためカフェは休業)
金曜日 フロマージュブラン(夕方~翌日の夕方にかけて数回に分けて作業)

 チーズ製造とカフェの仕事の時間を上手にやりくりされていらっしゃることがわかりました。まさに奥様との二人三脚です。
 合計で月に500リットルのミルクでチーズをつくっています。
 製造量としては少ないが、チーズつくりはひとりですべて行っているので、これで適量とおっしゃっていました。
 人手が欲しいと思うことはありませんか?とお聞きしましたが、そもそも近くにバイトをしてくれるような学生は少ないだろうこと、忙しい時もあればそうでない時間もあるので、安定的な雇用ができないなどの理由で今は人を雇うことは考えていないとのことでした。

ハルの名の由来

 ハルはアイヌの言葉で大地からの恵みという意味。
 チーズの仕事で勤めていた北海道でチーズ工房をつくりたいという当初の思いから名付けました。

チーズ職人としてのストーリー

 学生時代にフランス語を学び、本間るみ子先生の「チーズで巡るフランスの旅」の本に出会い、読んでいくうちにチーズにどんどんはまっていったとのことです。
 フェルミエの愛宕店に何度も通い、いろいろなチーズを買って食べたということで、当時はかなり勇気がいる行動であったとのことでした(笑)そうして、チーズをもっと知りたい、チーズに関わってゆきたい、チーズをつくりたいという思いにも繋がっていったとのことでした。

 大学では一般的な就職活動はせず、卒業後はアルバイトをしながら、観光visaでフランスを3か月旅されました。チーズ工房を数か所訪ね、とにかくチーズをよく食べていたとのことでした。好きなことを模索する吉見さんを見守ってくれたご両親に感謝ですねとお伝えしたところ、そうですねと笑顔でおっしゃっていました。

 その後ワーキングホリデーのvisaで1年間フランスに滞在、そのうちの半年をオーヴェルニュ地方のヴァルブレという小さな村にあるサンネクテール製造農家で過ごされました。帰国後、北海道の共働学舎新得農場でチーズ製造の研修を2カ月半、その後は東京日本橋三越のチーズ・オン ザ テーブルでチーズのカットマンとして働いていらっしゃったとのことです。
 その頃、当時からここで働かないかと声がかかっていた、サンネクテールの製造農家に戻るつもりで、フランスの就労visaを申請していたところ、共働学舎の宮嶋代表からザ・ウィンザーホテル洞爺での新たなチーズの仕事のお話がありました。結局フランス行きはやめて、2007年北海道洞爺湖のホテルでのチーズの仕事に就かれました。今思うとその時の決断は正解だったとおっしゃっていました。

 ザ・ウィンザーホテル洞爺での2年半の間、洞爺湖サミット、エルヴェ・モンスでの研修、レストランでのチーズサーヴィスなど幅広く経験されました。ご苦労も多く、特にレストランは不慣れな仕事ではありましたが、この時のホテルマンとしての経験が今のカフェ営業にも役立っているのではとおっしゃっていました。

 ザ・ウィンザーホテル洞爺で働きながら、チーズ工房を北海道でつくることを模索されていましたが、出身地の千葉にもチーズ工房はあるという話を聞き、いすみを訪ね、自然豊かな美しい土地に魅せられたとのことです。

 その後は前述のとおり、2010年に高秀牧場に酪農スタッフとして就職、2012年にチーズ工房を立ち上げられました。その後わずか2年でチーズコンテストで賞をとるほどになりましたが、2018年春に工房を後進に引き継ぎ、長年の念願であったご自分のチーズ工房として、ハル フロマジュリ・カフェを7月に立ち上げ、今に至っています。

 なおハルではコンテストの参加は考えていないとのことです。理由のひとつとして、チーズに賞の冠をつけて呼ぶのでなく、チーズそのものを見てほしいという考えだからとのことでした。もちろんコンテスト自体を否定するものではないともおっしゃっていました。

 静かで控えめな物腰の吉見さんですが、20代からずっと変わらぬチーズへの強い気持ちと意志、そして努力が、今のハル フロマジュリ・カフェに繋がっているということを感じました。コンテストに参加しないということは、我々としたら少し寂しいですが、チーズに冠をつけず、チーズそのものを見たいというお考えは尊重すべきものと思いました。そしてこれから未来に向けて、日本のチーズの発展をどのようにしたらよいのかということも改めて考えさせられました。

これからの夢

 まずこれからもずっと美味しいチーズを追究してゆきたい。
 そしていつか山羊を飼って、山羊のミルクでチーズをつくりたい。

 シンプルな言葉に吉見さんのまっすぐな意志を感じました。
 その日購入したチーズはどれもお人柄を表すような、繊細かつ力強い、ずっと食べ続けたいと感じる素晴らしいチーズでした。

購入したチーズたち

 いつかきっと吉見さんのつくった山羊のミルクのチーズがいただけることを楽しみにしています。

ハル フロマジュリ・カフェ


千葉県いすみ市山田332   
0470-62-5610
金、土、日、月曜日 10時半~17時営業
火、水、木曜日 定休

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