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 Flipper's Guitarの「Groove Tube」を聴きながらパスタを茹でる。初めて聴いたときこそほとんどカスリもしないほどハマらなかったものの、今ではすっかり聴きまくっている。この音楽に優れている点は、リスナーを置き去りにしてしまうところだ。大成功したテーブルクロス引きみたいに。テーブルクロスが音楽で、食器が僕らだ。しかもタチの悪いことに、ほとんどのリスナーは置き去りにされたことに気が付かない。やたらとトロくてダサい渋谷系として切り捨ててしまう。御縁が無かったということで。
 駄々をこねる子供のような、気だるくて甘すぎる(だらしなくあ~ま〜い〜)、というかむしろ酸っぱい味さえする小山田圭吾の歌声は、人によっては嫌悪感すら覚えさせる。グミを食った後に口の中がちょっと痛くなるのと同じ感覚だ。僕は嫌いではない。彼の歌声を聴いたことがない人に、これは実は女の子だの、実は中学生の時にレコーディングしたものだのと、あること無いこと吹き込んだうえで聴かせてみてもギリギリ納得させられるくらいには特殊な声をしている。
 中には僕にもイマイチかっこよさがわからない曲もある。「恋とマシンガン」「バスルームで髪を切る100の方法」「星の彼方へ」「クラウディー」「カメラ!カメラ!カメラ!」などはまだしがみついていられるが、「スライド」なんかは本当にわからない。若くて景気のよい二人の未熟な願望をこれでもかというほどに詰め込んだような代物なので、理解できないのも無理はない。変な言い方をするなら、近親相姦で生まれた子供が高確率で障害を持っているのと似ている。

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 大学のほうが忙しいと書かなくなって、練習とバイトばっかりになってくると書きたくなってくる。後者のほうが楽しいかもしれない。読んだり書いたりする喜びは、要は素材の味みたいなもので、やればやるほど美味しくなってくる。そしてそれが稚拙なものであるにせよ、尊い時間であるという確かな感触を得ることが出来る。金は一銭も出ないけどね。一方でソーシャルメディアの上を陸に打ち上げられた魚みたいに跳ね回っているキラキラした多くのものは、塩分糖分果糖ぶどう糖液糖なのでいとも簡単に我々の喜びの神経をぶち壊しにしてしまう。労働とキラキラの間の反復横跳びで忙殺されているうちに人は文字通り馬鹿になってしまうので恐ろしい。ところで、このキラキラの中にいることで脳内に溢れ出る快楽物質は、新品のiPhoneを開封する時に出るそれと全く同じなのではないかという下衆の勘繰りが学のない僕にはある。僕みたいに自分はそれほど馬鹿じゃないと高をくくっている人でさえ、いつでもコロっと馬鹿になり得る、もしくは別になってもいいと思い始める可能性がある。でも単純な五感だけで人生が完結するなら物語も哲学も何もあったものじゃないので、必ず人は目を覚ましてその問題に立ち返るはずだ。じゃあみんないずれ馬鹿じゃなくなるのか?そしてもう一つ、ここでの最も大きな問題は、馬鹿とそうじゃない人には優劣がつけられないということだ。そしてもう少し踏み込むと、優と劣には優劣がつけられないのだ。こんな文章を書いている僕が一番馬鹿かもしれない(笑)。

 11時に起きて卒業試験に必要な宣材写真のスタジオの予約をし、ビュロー菊池チャンネルを垂れ流しにしながらエマニュエルバッハの無伴奏フルートソナタを1時間ほどさらう。菊地成孔のおふざけは見ていて飽きない。本当に彼はナチュラルに1日中ふざけてるのだろう。健康で文化的な最低限度の生活を送っている(らしい)我々日本人はこういう人種を大切にしなければならない、と思う。スパンクハッピーでの相方的存在である小田朋美も「ねぇブスブスー」とか言って菊地成孔の肩を叩いたりしてるので好きだ。「スペインの宇宙食」で読む限り岩澤瞳もだいぶトんでる人みたいだったので好きだ。でも小田朋美の方が顔は好みだ。
 14時からバイトなのでそれまでに昼食を済ませる。たまに行くラーメンに入る。入るとテーブル席に座っていた10人前後の高校生たちの視線が一斉に僕に集まる。僕は少しイラつく。しかし高校生たちからすると、小柄で奇妙な顔をした何を考えているのかわからない兄ちゃんが入って来たので、訝しげな視線を投げかけるのも無理はない。高校生というのはその性質上、鳩に似ている。ハトとヒト。1文字違いなのは必ずしも偶然ではない。陰謀論者的な側面を一切持たない人でもこれには唸らされると思う。
 券売機でいつものを発券して店員に渡す。いつもの体格の良い店員は荒っぽい手つきで僕の手から券をひったくると、厨房に戻っていく。彼の幼少期に相当に傷ついた経験があるなら僕はそれを知りたい。そういう経験があるとしか思えない。きっと彼を必要以上に攻撃的にならざるを得なくしてしまった、なにかしらの出来事があったに違いない。数分後、さっきの店員がラーメンを持ってくる。カウンター席ではなく、壁に向うように座るテーブル席だったので、後ろから「お待たせいたしましたー」と声がする。僕は左側から後ろを振り向こうとする。そしたら「逆でーす」という声がする。僕のイライラメーターは上限を優に超える。これがスピードメーターならとっくにスピード違反で罰金刑を食らっている。彼は悪い意味での期待を裏切らない。毎回毎回なにかしらの爆弾を落としてくる。菊地成孔のおふざけと同じくらいの頻度。もういっそのこと彼の幼少期のトラウマを綴ったものを店の壁に貼っつけておいてでもすれば良いのだと思ったが、そんなことをすると彼にしてみれば仕事どころではない。まあでもラーメンを食いに来ているのだからそのことはもう忘れよう。店員と客との立場が逆転したいびつな関係がたまにはあっていい。これは見方次第では甘酸っぱい恋愛だ。それで世の中の理不尽が1ミリほど解消されるのなら文句はない。

 今日は14時から20時まで、そして別のところで22時から25時までのバイトがあった。師走を目前に控えたこの就職氷河期世代的なムーヴメント。クリスマスや年末にもこんなことをやっているのかもしれないと思うと、楽しくなって口角が上がってくる。今は全部終わって自室でこれをタイプしている。ハイエイタス・カイヨーテの「Nakamarra」を聴きながら。この曲には特定の二人のイメージが染みついている。明日は予定が何もない。ブライダルの演奏の準備をやって、バッハさらって、本を読んで、よく眠ろう。

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