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14:または、もう孤独じゃない!

 バイト前に絶対ご飯食べようと決めて、それからゆっくり風呂に入って、ゆっくり本を読んで、「レイニーデイ・イン・ニューヨーク」の続きをティモシー・シャラメが気に食わなくなるまで見て、ゆっくりコーヒーを飲んで、「あー楽しかった」ってそのままバイトに行く。この食べる事を避けながらその周りをぐるぐる回っている様子は、神を直接的に描かずにその周辺を描くことで間接的に神を描き出そうとするハイデガーのいう詩の否定神学みたいだし、精神分析的には人間が生育段階で去勢されて享楽を失うこととか、もしくは男の子が母親との時間を父の介入によって邪魔されることで対抗心を抱き、その一生涯母の代理を求め続けるエディプスコンプレックスにも似てる。男はファルスをいずれ失うんじゃないかという不安を抱き、女はファルスを得たいという願望を抱くというファルスと非ファルスの話を以前友達にしたところ、「それって差別的じゃない?」と言われて、それまではそんな事思いもしなかったものの、その時初めてそのとおりだと思った。結局のところ、フロイトもガチの分裂症患者のことを嫌って隔離したし、精神分析では、いまだに脱構築以前の専制君主主義がまかり通っているので差別的だと非難されるのも無理はない。
 そんなことはともかく、僕はこういう風に、その時々で食べることを避けている。本当は食べたい。飽きるほど食べたい。だから本当の願望を避ける。好きな人と上手く喋れないのと同じように。もし避けることこそが本当の願望だとすれば、僕は本当の意味でのデブだ。デリダ、じゃない。デブだ。でも時間通りにホームにやってきた人を置き去りにして走り出す電車、あれは何なのだろう。本当は乗せたいのだろうか。車掌さんだって置き去りにしながら丁寧に頭なんか下げちゃって。つまるところあれは究極のツンデレなのだろうか。Somethin' Elseのオータムリーヴスだってマイルスが最初のテーマでものすごいツンデレ行為をかましてるし、ジャミロクワイの「Let me tell ya」も「やめてや」に聴こえてくるし、ケルアックはオンザロードを3週間で書いたと嘘をついたし、「裸のランチ」を書いた記憶がないと言ったバロウズも、「私を会員にするようなクラブには入りたくない」と言ったグルーチョマルクスも、「気の弱い選考員が倒れたりなんかしたら都政が混乱しますので、都知事閣下と東京都民のために、もらっといてやる」と言った田中慎弥も、テレビの取材を断るラーメン屋も、やっぱりみんながみんなツンデレなのだろうか。みんな!エスパーだよ!というのはかなり精神分析的なドラマだったのだろうか。僕は街を歩きながら、明らかに援助交際をしてる女の子とか、派手な格好をしたホストとかをみると、ついついラカンのいう享楽のことを思い出してしまう。彼ら彼女らの多くは精一杯のお洒落をする。必要以上のお洒落というのは、大袈裟な照れ隠しみたいなものだし、人がお洒落をし始める時、それは都合が悪くなった時だ。ドレス「コード」というのは領土を意味する言葉で、領土からの逸脱には少なからざる恥じらいがつきものだ。彼ら彼女らも例に漏れず享楽を得たがっていて、また素晴らしいことに、一方で彼ら彼女らは願望に対して実に素直なのだ。僕も含めたこの国の人たちの多くは、奥ゆかしさを履き違えた悲しい人種なので、こういう存在は希望であり脱領土化のための逸脱だ。浅田彰で言うところのスキゾ・キッズ。僕は日頃レジ打ちとかをやっているが、そういうスキゾじみたキッズの相手をすることも珍しくない。ある子供は「どーーぞ」とか言いながら商品を乱雑に持ってくるのだが、僕はそこで「どーーぞ、じゃなくてね、お願いします、だろうが舐めてんなよこのガキ親の顔見せろや」と言いたいところを我慢して会計する。そういう子供に限って売り場に陳列されている「押すと鳴くニワトリ」を、ものすごい熱量でもって鳴らしまくる。その段階で僕にしてみれば笑いをこらえるのに必死で接客どころではない。僕の友達には、ストリッパー風の踊りが得意なのがいるが、彼はまさに管理体制に対する分裂症者(スキゾフレニア)だ。彼には普通の会話ができない時がある。僕が「ラーメン食べないなぁ」というと、彼ははこう返してくる。「ラーメンもお前のこと食べたいと思ってるで」と。これじゃまるでカットアップもしくはフォールドインだ。浅田彰は、あらゆるポップカルチャーが広告化してパラノドライブに帰属されてしまうことを懸念したが、この「AはBを食べたいと思っている」から「BもAのことを食べたいと思っている」へ、という既存の文脈や論理展開をぶち壊しにする運動はシュルレアリスムだし、パラノドライブには到底回収し得ない。便器を出品するのなんかよりよっぽど面白い。時代が時代ならブライオン・ガイシンにでも弟子入りしていればよかったのに。


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