レディー・シンデレラ
舞台は寂れた塔の中の一室、テーブルと簡素な白いベッドが端にあるだけの、狭いレンガ造りの部屋。格子も戸もないむき出しの小さな窓の外は雨が降っている。
シンデレラ:(薄汚れた白いうさぎのぬいぐるみに話しかけて)ねえ、シャルロット。あの人はいつ帰るかしら?
シンデレラ:……。(シャルロットの首をゆっくり傾けさせて)そうね……。今日も帰ってこないわね。
シンデレラ:シャルロット。私考えてしまうの。どうしてこうなってしまったのって……。
シンデレラ:(シャルロットをベッドに置き、急に立ち上がり、斜め上を虚ろに見上げる)私は幸せにるはずだった! なれたはずなのよ!
シンデレラ:(下を向いて地団駄)あの忌々しい将軍……。奴さえ謀反を起こさなければ、私は今、王妃だったわ!
シンデレラ: (急に向き直ってシャルロットにしがみつく)黄金の玉座から下ろされた私は、この塔に閉じ込められ、召し使いも話相手もいない! 一人きりで、あの老いぼれた汚ならしいお義母様の面倒を見なきゃいけない!
シンデレラ:(涙ぐんで声がかすれる)灰かぶりになるのと、ボケた老婆の下の世話をするのの、どっちが幸せかしら……? 知れたもんじゃないわよね……、おおシャルロット……!
シンデレラ:私の唯一の味方だったあの人は、今じゃあの卑怯な偽物の王の家来よ。今も最前線に行かされてることでしょう。いつ死ぬかわからない日々ですもの。従軍娼婦にうつつを抜かすのも、多目にみてあげなくちゃ……、ね……? そうよね?
シンデレラ:(シャルロットを抱きしめ、顔を埋める)あの人には娼婦がいる……。お義母様はボケていて、淋しく感じることもない……。なら私は……? 私の淋しさは誰が埋めてくれる!?
シンデレラ:(シャルロットから顔を離して、向き合う)そうだったわ。私はあの人、王子様と結婚したときから一人だったわ。所詮は卑しい女……。いくら王子に見初められても、王宮の誰も私と打ち解けてはくれなかった……! ある人は遠巻きに避け、ある人は陰で嘲笑い、お義母様だって外面では可愛がる振りをして、陰では辛くあたり……。
シンデレラ:(涙ぐんで)あの人、王子様にそんなことを打ち明けても、「気のせいだ。僕の親しい人達がそんなことをするなんて……。僕を信じられないのか? 僕も王になって色々大変なんだ。負担をかけさせないおくれ」と……。
シンデレラ:そう、私はこの塔に入る前から、孤独で淋しかったのよ……。結局誰も同じよ! 私を本当に愛してくれる人等いなかった! 魔法にかけられる前も、その後も……。
シンデレラ:(泣き止みシャルロットの目を見る)私の全てを知っているのは、私を受け入れてくれるのは、お前だけよ、シャルロット……。嫁入りの前に着ていたボロ布で作ったぬいぐるみのうさぎのお前だけ……。
その時、部屋のドアの隙間から、ひらりと一通の手紙が落ちる。それを拾い上げ、封筒を破き、中身を読むシンデレラ。
シンデレラ:(急に呆けてしゃがみこむ)シャルロット、あの人が戦地で死んだって……。砲弾が直撃して、遺体も残ってないって……。
シンデレラ:(ひざまずいて、床に突っ伏する)はは……。あはははははは!!!
シンデレラ:笑っちゃう、お笑いだわ……。何が幸せよ! 家にも王宮にも塔にも、どこにだって私は帰れやしない!
シンデレラ、手紙を破きまくる。ドアからのすきま風で、紙切れがシャルロットに、張り付く。シャルロットに目がいくシンデレラ。はっとする。
シンデレラ:そうだわ……! なんでこんなこと、思い付かなかったのかしら…? その窓から飛び降りればいいのよ!
シンデレラ:この高さ。上手くいけば、怪我くらいですむかもしれない……。でも下手をすれば……。
シンデレラ:(シャルロットを拾い上げ、抱きしめ、窓へ向かう)そうね、こんなとこにいたって、死んでるのと同じだわ……。一か八か。どこまでもお前だけは一緒よ、シャルロット……! 私は幸せになるのよ! それがこの世界でも、たとえあの世でも!
シンデレラ、窓に足をかけ、シャルロットを抱きしめ、窓から飛び降りる。