チェチェンからウクライナ、軍事化する世界

チェチェンニュース#476


 チェチェンからウクライナ、軍事化する世界

 (大富亮)


 ウクライナが大変なことになっている。2月末からのロシア軍の軍事侵攻に よって、ウクライナの町々が火に包まれ、今日はとうとうザポロジエ原発がロシ ア軍に砲撃され、火災が起きたというニュースが伝わっている。さいわい鎮火は したが、すでに原発はロシア軍に制圧されているという。

 ウクライナ戦争によって、始めてプーチン政権の危険性に気がついた人も多 い。チェチェンニュースの読者は、ほとんど1990年代からのチェチェン戦争 を知っているので、今回の事態を見れば、やはりチェチェンと類似していること を感じると思う。今、ウクライナでは住宅の入ったビルも、大学も、ロシア軍に よるミサイル攻撃にさらされている。

■チェチェン戦争のいきさつ

 少し振り返ってみよう。1991年のソ連崩壊によって、ソ連邦の構成共和国 は独立し、それぞれが主権国家になった。その一つがウクライナやベラルーシ共 和国であり、ロシア連邦だ。しかしその後、ロシア連邦の一部であったチェチェ ン共和国が独立を宣言したために、1994年からロシア軍が侵攻を開始した。

 チェチェン側はゲリラ戦によってロシア軍を撃退し、1996年にロシアとの 間にハサブユルト和平合意を結んだ。チェチェンの独立問題は棚上げされること になったが、合意の期限前の1999年に、再びロシア軍の侵攻が始まり、今度 は大統領マスハドフも暗殺されるなどしてチェチェン独立派が崩れ、ロシアの傀 儡であるカディロフが今もチェチェンを支配している。

 この間に、20万人以上のチェチェンの市民がロシア軍の侵攻の犠牲になった ことは特筆しておきたい。

 第二次チェチェン戦争によって、一気に権力の座についたのが、ウラジーミ ル・プーチンだった。1999年末に大統領となり、それ以来23年近く、ロシ アの最高権力者である。このチェチェン戦争のあと、プーチンは2008年に ジョージア、そして2022年のウクライナ侵攻を行っている。

■現実の脅威と、観念の脅威

 プーチンの意図がどこにあるのかはわからない。よく言われるのは、軍事同 盟・NATOの東方拡大によって、ロシアは危険にさらされている。また、ウク ライナにいるというネオナチ勢力が、住民を虐殺しているために、平和を維持す るために派兵をしなければならないという理由だ。

 よく似たことはチェチェン戦争の時にも言われていた。チェチェンの一部の武 装勢力が、ロシア各地の都市で連続爆破テロを行ったとされ、「奴らを便所に追 いつめる」とプーチンが言い、ロシア軍をが軍事侵攻を開始した。私はリアルタ イムでそういった情報に接していた。今と同じく、真偽の判断のつかない情報が 乱れ飛ぶ中で、ずいぶん困ったことを覚えている。

 しかし、万一そんなテロリストがチェチェンにいたとしても、必要なのは犯罪 捜査であって、一般市民の頭上に爆弾を降らせたり、難民の車列を機銃掃射した りすることではない。今、ロシア軍がやっているのはそういうことである。ウク ライナの場合は、原発攻撃や、ロシアの核準備体制の強化という恫喝まで加わっ ているわけで、このウクライナ侵略は原発災害や核戦争に直結する世界的な問題 になってしまった。世界第三位の巨大原発基地であるザポロジエが爆破されてし まったら、世界が汚染されてしまう。 または、緊張の高まるあまり、核保有国 の間での偶発的な核戦争だって、ありうるのではないか? 

 いま、すごく恐ろしい状況にある。世界が生き残るために、ウクライナとロシ アの停戦交渉を全力で推進しなければならない。私たちも、インターネットでは もちろん、行ける人は路上に出て、プーチンがこの戦争をやめるように、デモや スタンディング、集会に参加して、声を上げていこう。

 どんな紛争でも、片方が完全に正しく、もう片方が完全な悪だということはな いだろう。背景を知れば、見えてくるものは変わってくる。軍事同盟である NATOの東方への拡大が、ロシアにとって大きな脅威であり、アメリカがウク ライナに影響力を持とうとしたことが、ロシアを刺激し、今回の侵略につながっ たという意見もある。

 それもある程度、理解できる。だが、ロシア人の大多数がそういう風に考え て、ウクライナ戦争を支持しているかどうかには疑問がある。今、ロシアの都市 では警察による弾圧にも耐えて、さまざまな抗議行動が行われている。

 たとえば、「ロシアにとってのNATOの脅威」というものと、「チェチェン にとってのロシアの脅威」や、「ウクライナにとってのロシアの脅威」を比べて みてはどうだろう。チェチェンやウクライナ、東ヨーロッパ圏の国々に住む人に とってのロシア軍は、数十万人の人々が実際に死んできた現実の脅威である。一 方で「NATOの脅威」は、少なくともロシアの人々を殺してはおらず、言って みれば観念上にある脅威である。もちろん、それもありがたいものではないが。

 おそらくプーチン政権の中枢部にとっては、NATOは観念ではなく「現実の 脅威」であり、実際にそういう考えをスプートニクやRTなどの対外メディアを 使って宣伝している。情報として読んでいる人はそれなりにいると思う。ただ、 それを自分の考えに組み込むのは考えものではないだろうか。いまロシアが行っ ていることは、どんな尺度からも容認できない侵略で、あまりにも不合理な行動 だ。その中心人物の思考を詮索してみても、それはロシアの人々を代表するもの ではなく、政敵とメディアを弾圧してきた独裁者の、独善的な思考の帰結という 部分が大きい。

■軍事化する世界

 いろいろな意味で、第一次、第二次のチェチェン戦争が、今のウクライナ侵攻 へと向かう曲がり角だったのではないかと思う。ソ連が崩壊した頃、自由な社会 がやってくると、多くの人が期待した。ある時期までのエリツィンは変革を主導 したし、西側も多くの支援をした(うまくはいかなかった)。しかしチェチェン ―ジョージア―ウクライナと、好戦的な政策はそのたびに大規模化してきた。

 もちろん、こう書いたからと言って、同じ時期にアメリカや有志連合がアフガ ンを攻撃したり、イラク戦争を侵略したことに目をつぶるつもりはない。犠牲者 の数で言えばそちらの方が多い。

 ここに来て、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツまでもがウクライナへの 軍事援助を拡大している。岸田政権も自衛隊の防弾チョッキをウクライナに供与 しようとしている。防弾チョッキもりっぱな武器である。

 また数日前、ウクライナ大使館は日本語のツイッターで、ウクライナへの義勇 兵を募集すると発表し、元自衛隊員を中心に、70人程度の応募があったという。

 ウクライナを助けるために、私たちは武器を送ったり、義勇兵を送ったりする べきなのだろうか。ロシアから見れば、それは日本が戦争の当事国になることで はないだろうか。それにもし、このような義勇兵の募集が日本で許されるなら、 ロシア大使館が同じことをしても、誰も文句が言えない。(ウクライナ大使館の ツイッターは、その後削除された)

 私たちは、どうしてもウクライナ侵略をやめさせなければならない。しかし、 武器や義勇兵によってではないはずだ。結局それは、人々の命と引き換えに、武 器産業を儲けさせるだけだ。ウクライナ戦争が起きた直後の2月27日、ドイツ のショルツ首相は、2022年度から軍事費を日本円で12兆円増やすという、 大幅な追加を決めた。このニュースに、ドイツの武器産業は小躍りしたことだろ う。ドイツの人々の福祉に宛てられるはずの税金が、銃に替えられる。その構図 は日本も同じである。安倍元首相にいたっては、軍備強化どころか米国との核兵 器の共有まで言い出している。

 チェチェンでは、第一次の戦争で独立派が辛くも勝利したあとも、社会に武器 があふれ、武装勢力が群雄割拠して新政府を翻弄し、結局ロシアの二度目の介入 を招いてしまった。武器によって得られる勝利は、一時的なものでしかない。

■街へ出て声を上げよう

 今、街に出てウクライナ戦争に反対している人々は、平和を求めているので あって、戦火に火を注ぎたいわけではない。たぶん日本製の武器の輸出も願って いないだろう。ただ平和的な手段によって、ウクライナ戦争を終わらせることが 必要だ。ロシアにも、戦争に反対する多くの人がいる。

 この間の日本中での反戦活動の盛り上がりをみて、平和や正義を求める人々 が、思ったよりずっと多くいることを感じた。より多くの人々がこれに加わって ほしい。私たちが声を上げることには、無限の可能性がある。それと同時に、ウ クライナ危機に乗じて武器輸出が行われたり、各国で軍事費が増大し、社会が軍 事化していくことに対しても、最大限の警戒を訴えたいと思う。


各地での抗議アクションの一覧:
https://note.com/chechennews/n/n3796e99df2ed

安倍氏、核共有にふれ「世界の現実、議論タブー視ならぬ」フジ番組
2022年2月27日、朝日新聞 
https://www.asahi.com/articles/ASQ2W5605Q2WUTFK00G.html

「義勇兵」に日本人約70人志願 ウクライナ大使館、投稿は削除
2022年3月2日、共同通信 https://www.tokyo-np.co.jp/article/163202

ドイツが劇的な政策転換 「プーチンの戦争」きっかけに
2022年2月28日、BBC News Japan https://www.bbc.com/japanese/60551920

政府、ウクライナに防弾チョッキ供与へ 異例の提供、追加支援も検討
3/4(金)、毎日新聞 https://news.yahoo.co.jp/articles /e1d6a9e35c968761ee7bce0684fd8d8b692e8279

【緊急】紛争当事国ウクライナへの武器供与に反対します
2022年3月4日、杉原こうじのブログ https://kosugihara.exblog.jp/241381367/


====================================
▼ご感想をお聞かせ下さい。 ootomi@mist.ocn.ne.jp
              https://twitter.com/chechennews

▼チェチェンニュースは、ロシアによる対チェチェン軍事侵攻と占領に反対し、 平和的解決を求める立場から発行している無料のメルマガです。2001年から発行 しています。

▼チェチェンニュースへのカンパをおねがいします。

〈郵便振替口座番号 00130-8-742287 チェチェンニュース編集室〉
〈ゆうちょ銀行 019店 当座 0742287 チェチェンニュースヘンシュウシツ〉

▼新規購読・購読停止はこちらから:
https://list.jca.apc.org/manage/listinfo/chechennews
Gmail以外のメールをおすすめします。登録しても届かない場合があります。

▼発行部数:1063部 ▼発行人:大富亮
====================================

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?