見出し画像

クールスカヤ駅(3号線・青い地下鉄)

5月15日にモスクワ地下鉄86年となり、記事を書きました。

その時は、モスクワ地下鉄の各駅の様子を伝えることができませんでしたが、徐々にモスクワ地下鉄の様子を伝えています。モスクワ地下鉄は、現在272駅あるため、気長にお付き合いいただけると嬉しいです。すでにすべての駅の写真を撮り終えましたが、モノレールとМЦКという地上を走る電車の駅の写真を撮るのを辞めました。そのため、232駅になります。
また、素人写真なので、写りが悪いですが、気になる駅情報がありましたら、コロナ終息後にモスクワ旅行に来ていただき、実際に見ていただけると嬉しいです。

1938年3月13日に、クールスカヤ駅(3号線・青い地下鉄)がオープンしました。

第二次世界大戦中は爆弾シェルターとしても使っていました。クールスカヤ駅に限らず、いくつかのモスクワ地下鉄の駅は、同じように使われました。

画像2


画像3

クールスカヤ駅は、照明が暗く、乗り換え客が多いので、写真を撮るのが難しいです。

地下鉄は、5号線・茶色の地下鉄、10号線・黄緑の地下鉄と3路線ありますが、この他にターミナル駅のクールスク駅があります。
そのため、乗り換え客が多いのです。

画像4


画像5


画像6

ロビーの柱の彫刻もなかなか素敵です。

画像1


クールスカヤ駅で下車をすると、プロコフィエフとマルシャークが住んでいた家があり、そこには、プレートがあります。歩いていたら、偶然見つけました。以前に、NHKの番組でプロコフィエフの家として、この建物が紹介されていましたが、それを偶然に見つけることができた時は嬉しかったです。

博物館とかにはなっていないので、中に入ることはできません。

画像7

「森は生きている」を書いたマルシャークのプレートです。1938年から1964年までここに住んでいました。

画像8


作曲家のプロコフィエフのプレートです。1936年から1941年までここに住んでいました。

画像9

マルシャークとプロコフィエフは、1938年から41年までの同時期に同じ建物に住んでいたことになります。


また、駅から少し歩きますが、プロコフィエフの名の音楽学校もあります。

音楽学校にはプロコフィエフの銅像もあります。

画像11


この音楽学校に行くまでに、教会や、古い建物などもあります。

画像11


画像12


プロコフィエフ関連の詳しい場所は、たびこふれの記事に書きました。


【過去記事】

8月16日は、ビリービンの誕生日です。



最後までお読みいただきありがとうございます。 有料記事は、全文を読むことができるように設定しているものもあります。 無料記事に対するサポートもありがたいです。