病院

そうなんです。
なんか僕、ずっと1人でいるみたいな気がして、
すごく不安になるんです。

「なるほど、あなたは1人じゃありませんよ。
なあに、風邪のようなものです。最近すごく多いんですよ、あなたみたいな患者さん。」

そうなんですね。
流行っているんですか?

「ええ、私が子どもの頃で言うところの、肺炎のようなものですよ。まあ、昔と違ってあなたのそれはちゃんと治療できますからね。亡くなられる方なんて滅多にいらっしゃいませんよ。安心して大丈夫です。」

鼻の頭にズレた、ガラス瓶のようなメガネを正しい位置に戻し、医者はそのまま、続けた。

「まあ手術で治される方もいるんですけどね、僕はオススメしません。今のあなたの気持ちも大切なあなたの一部ですから。それに治りますし。まだあなたはお若いから、ほら、なんて言うんですかね。一緒に付き合っていける方が僕は素敵だと思うんです。」

そういうとボールペンを三度カチカチカチと鳴らして、カルテにペンを走らせた。

ちなみに、どれくらいで治るんですかね…。
いまは夜も眠れなくて、辛いんです。

「そうですねえ。早い方ですと、1ヶ月もしないうちにケロッと治って元気になる方もいらっしゃいますよ。遅いかたでも、半年以内には治るんじゃないですかね。」

なるほど…。それなら安心です。

「ただ、治療がもういらないな。という風になるまでの間は、一ヶ月に一回、必ずこちらに来ていただかないと困るんですけどね。汚い話、この病院もギリギリでして、今からお貸しする治療機械がなくなっちゃうと、病院がなくなっちゃうんですよ。ははっ。」

はぁ。そんな大事なもの奪ったりしませんよ。
僕はこの病気が治ったらそれで十分なんです。

「いやいや、疑ってるわけじゃないんですよ。でも、一度そういう事件があったものでしたから、必ずこの機械とお薬を処方する時は言うようにしてるんです。悩まれている方にこんなお話するのも酷な話ですよね。すみません。」

そう言って医者はまた、鼻の頭を撫でるようにしてメガネを元の位置に戻した。

それで、せっかく治療していただいて申し訳ないのですが、お薬って、その、どれくらいの金額ですかね?

「ああ、そんなご心配なさらないでください。大体一回の治療で7000円から10000円くらいですかね。少し高いのですが、機械の貸出料金ですので、そこは勘弁してください。」

まあ、それくらいなら。

医者はペンを置いた。

「それじゃあ、今日はこれくらいで大丈夫です。来月になったらまた、どんな具合か教えてください。あ、お薬と機械は受付でもらってくださいね。」

はい、ありがとうございました。

荷物カゴにいれたコートとバッグを手に取り、立ち上がろうとした時に、医者は忘れていたことを思い出したかのように、僕を呼び止めた。

「あーごめんごめん、お兄さん。機械の説明しないとだよね。これがサンプル。」

段々と馴れ馴れしくなってくる医者の態度を、僕は少し不満に思った。

カーテンの奥にいた看護師さんが、医者の左手に四角い機械を乗せる。

「ボタンは全部で4つ。これが電源。操作音とか出るのが嫌だったら、このボタンを押してね。逆にこのボタンを押すと音が出るようになるから。」

はあ、それ以外の操作はどうするんですか?

「あ、そっかそっか。それも言わないとだね。基本的に電源ボタンを押すと、画面に全部出てくるようになってるから。それで、画面は全部タッチパネルになってるからさ、そこで操作ができるようになってますよ。」

なるほど。

「それで、症状が出たら電源をつけて、この四角いやつ、指でポンって触れてみて下さい。そしたら、あなたの周りのお友達や、この病院とか、連絡できるようになってますから。電話でも、メールみたいに文字でのやり取りもできます。不安になったりしないように、相手の方があなたのメッセージを読んだかわかるようになってますから。」

「誰にも連絡ができなくて、不安な気持ちが溢れ出したら、この青いやつを触ったら、右上のここを指で触ってください。そしたらあなたの気持ちを打ち込んで吐き出せるようになってます。文字数には制限があるんですけどね。ははっ」

わかりました。

「わからないことがあったら、また連絡してください。来ていただいても大丈夫ですよ。」

ありがとうございます。

「じゃあ、受付で精算を待ってくださいね。治療はこれで以上になります。お大事に。」

ありがとうございました。

受付の前に並べられた青緑の椅子のカバーは、ところどころ剥がれかけていたが、そんなことを気にする人なんて1人もいなかった。

受付の椅子に座っているひとはみんな、さっき見たサンプルと同じような機械を必死に眺めるように俯いていた。

本当に僕と同じような患者さんがたくさんいるんだ。と思った。そう思ったら少し気持ちが軽くなった気がした。

少しも緊張感のない声で僕の名前が呼ばれる。
「9806円になります。」
「こちらおつりの194円と、お薬となります。こちらの貸し出し機器は今すぐに使えるようになっていますので、病院を出たら試しに電源をつけて見てください。用法を守って使いすぎないようにしてください。」

はい。

「それではお大事に。」

僕はゆっくりと歩き出し、病院を後にした。

片手に収まる程度の四角い機械に電源をつけてみた。

ーようこそー

僕の病気が治った気がした。


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