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【エッセイ】 ハチ

33 はち20211006_18153861

「殺して」


玄関の扉を開けるのもかったるい位に疲れて帰ってきて、

「だだいまぁ~」

と力なく言ったら、僕の帰宅を待ち構えていた奥さんに言われた。


「だ……誰を?」


「ハチ」


8人かぁ…。


奥さんは自宅で何をしていたのだろう……。


どんな事をやらかすと、そんな組織と揉めれるんだよ。


大型免許と高圧ガス設備士の免許しかもっていない僕に、そんなアバンギャルドな事できねぇッスよぉ…と、腕をひっぱられるがままに廊下を歩き、リビングを通り、サンダルを履かされ、庭へだされた。


「あれ!」


奥さんが2階の軒下を指さすと、そこに幼児のこぶしぐらいの大きさのハチの巣があり、2.3匹がフワフワと飛んでいて、つつましく生活していた。


なんだ……ハチか……おおげさな……。


あんなもん、ほっときゃいいじゃん、面倒くさい。


「俺、素手じゃ無理だよ、手が届かないしさぁ」


諦めてもらおうと無難な言い訳を付いたのだが、「はい、これ」と僕に1ℓのペットボトルぐらいの大きさの缶を手渡してきた。


その缶のイラストにはノズルの先にビームみたいな物が放たれており、ハチを木っ端みじんに粉砕している。


なんか、かわいそうだな……。


「文治って言ってさぁ…戦わないで話し合いで解決してさぁ……、ハチだって分かってもらえると思うんだよねぇ…………進撃の巨人でマーレ人の訓練生のガビッて女の子……」


僕がウダウダとしゃべっていたら、横にいると思っていた奥さんがいつのまにかリビングの中に入っていた。


ガラガラビターン!


何かの決意表明でもしているのか、勢いよく扉を閉めている。
そして。

鍵もかけた。

えっ…なんで?


奥さんは腕組みをしながら、サディステッイックに鬼軍曹のような表情を僕に向けている。


なんで! なんでカギをかけたの?


僕は、目で彼女に問いかけた。


……何も答えてくれない。


『駆除をしくじる』→

『ダンナに一斉攻撃』→

『ダンナがリビングに逃げ込む』→

『ハチも一緒になだれ込む』→

『黒幕である自分に襲い掛かる』

という魂胆なのだと思う。


思慮深い人だな……、うちの奥さん


あごをクイッと動かし、サッサと始めちゃってという合図を送ってくる。


仕方なく、ハチ殺し器の包装をビリビリと引っぺがす。


普通の殺虫剤は上のノズルを押して出すタイプなのだが、この殺虫剤はピストルみたいになっている。


(銃に弾を込める、あの部分)を掌に包み、トリガーに指をかけた。


↑なんて、言うの?あの部分。


いっぱしのヒットマンぽくなってきたな。


試しに、物置に向かって打ってみた。


バボォーーと、自分の想像をはるかに超えるほどの煙が発射された!


腕に圧がかかり、反対方向に少し持ってかれた。


まるで、カメハメ派を放った気分になった。


取説をみたら、8メートル先のハチもやっつけるザマス、と書いてある。


すげぇ……。


これさえあれば、僕は…なんだって出来る。


銀行強盗だって! ハイジャックだって! 国家転覆なんて楽勝よ!


窓の向こうの奥さんが、口をパクパクさせている。


『さぁ! そのエモノを使って、やっておやりぃぃ!』

とでも言っているのだろうか。


よおし! やるぞぉ! イヒヒヒヒヒ!


僕は、質素にひっそりと、平和に暮らしている、ハチの巣に向かって……


noteは優しいサイトです。
暴力的な表現が多数ございますので、ここの部分は割愛させて頂きます。


ハァハァハァ……。


僕は、ハチ殺しパズーカーのトリガーから指を離した。


カラカラカラーン。


たくさんのハチの死骸の横に落ちる、ハチ殺しバズーカ砲。


し…仕方なかったんだ……。


息をハァハァと切らしながら、立ち尽くす。


「お…終わったよぉ」


リビングに向かって言ったら、そこに奥さんはいなかった。


「ねぇ…カギ開けてぇ…」


「………」


何も帰ってこない、感謝の言葉も、慈悲な態度も。


そこにはない。


「ねぇ……開けてってばぁ……」


奥さんはなんで僕を、見届けてくれなかったのだろう。


なんで、リビングに招き入れてくれないのだろう。


理由が、分からない。

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