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1-4 下僕、女主人に甘える ~小説「女主人と下僕」~敗戦奴隷に堕ちた若者のエロ出世譚~


「何年もマーヤに哀れなほど恋している」「それはそれは可哀そうなぐらいだ」と街中の人々にいいように噂されていたディミトリであったが、ディミトリ当人は、その状況に割合満足していた。

ディミトリははじめから身分違いのマーヤをどうかしようというような大それた事は考えようともしなかった。

ただ、マーヤが来る度に、マーヤがなにかと自分を褒めてくれる度に、体中から甘いさざなみのような喜びが湧き上がって来る。

それで十分であった。

たとえばある日の事である。

2階のザレンの書斎で、ザレンと歓談した後、帰り支度をしたマーヤが、ディミトリが茶を計るカウンターに挨拶に来た。

白い柔らかい素材のブラウスの中で、またマーヤのおおきな双丘がふるるんと揺れ、しかしマーヤはすこし怪訝な難しい表情を作った。

「...ディミトリさん?ちょっといい?1、2分カウンターを離れられる?裏の方に来て欲しいの」マーヤの特有のわずかにかすれた声が囁く。

「...えっ...?も、もちろんでさあ、な、なんで」
またディミトリの心臓がさざめく。
(いつもなら挨拶の後はすぐ帰るだけなのに。どうしたんだろう?)

マーヤは何も言わずさっさと歩いていくので、ディミトリは慌てて、マーヤの白く光るふくらはぎと筋張った腱を見つめながら付いていく。

誰も見ていない廊下の行き止まりに来たことを確認すると、マーヤは小さなハンドバックから、銀色の小さな軟膏とハンカチを取り出した。

「これを」

そしてマーヤがそっとディミトリの腕に手を伸ばして、ディミトリの右腕の数センチに引っ掻くように切れた傷を、触れるか触れない程度に触った。

「そこ、血が出てますから。この軟膏を塗るといいわ」

マーヤは銀色の小さな缶を開けてディミトリに手渡そうとする。

ディミトリは、緊張で肩で息をしながらも、マーヤの差し出した缶をわざと受け取らずに、マーヤの目を甘い瞳でチラと見る。

(この行き止まりの廊下のここなら、今なら、誰も、見ていない)

そして一瞬息を止めたようにしながら、思い切って、だがそろそろと、傷のついた腕をマーヤに突き出した。

「えっ」

マーヤはちょっと吃驚したような顔で、しばらくディミトリを見つめたが、優しく微笑んで、軟膏に白い指をくい、と突っ込んで、もう片方の白い手でディミトリの浅黒い手首をこわごわそっと掴み、軟膏の付いた指をディミトリの肌にぺとりと当てて、そろーり、ぬるうり、と丁寧に丁寧に塗りのばす。

ディミトリの胸いっぱいに甘いさざめきが湧きたった。

「ディミトリさん...痛く、ない?」

「いえ、ち、ちっとも...くすぐったい位で」

「そう」

マーヤも真っ赤になって微笑した。

この数年間で、ディミトリがマーヤに仕掛けた一番図々しいことといったら、せいぜいこんなものであった。

ーーー

そもそもディミトリは自分のような、いかつい見た目の男が、綺麗な若い女に本気でもてるとは到底思っていないので、はじめから何の期待もしていない。

ディミトリはマーヤ以外の綺麗な若い女性にこんなに親切にされたことなど、ほぼ皆無である。

それでいて、ディミトリは、若い男としては稀有なことに、自分が若い女にもてないことはたいして気に病んでいなかった。

というのは、ディミトリ、まずは、鍛冶屋の旦那やら、兵士やら、パン捏ね職人やら、いかつい男達にバンバン肩を叩かれて口々にしきりに素晴らしい身体だと…ここには書かないがやや下品な匂わせ方で…褒められる。

そして不思議なことに、確かに、一部の、茶を買いに来る大年増の脂ぎった上流婦人連中は、若い娘達のようにディミトリを怖がったり嫌がったりせず、むしろ妙に優しく、下手するといくぶん性的なニュアンスを込めて、ディミトリのことを可愛がって声を掛けてくれる事があるのだ。

と、いうわけで、ごくごく一部の種類の女にならば、たまには俺でも気に入られることはきっとあるのでないか...このまま真面目に働いていれば、たぶん、自分の身分に見合った程度の、そのひとは特別美人でもなく、結構な年増かもしれないけれども、でもきっとやさしい性根の女が、いつか現れて、俺を誘ってくれて、なんとなく所帯を持つことならいつかきっと出来るんじゃなかろうか、というような漠然とした自信...?...はあったのである。

要するにディミトリはとことん野心に欠けた穏やかな男だった。自然の中ですくすく育った田舎者出身にありがちな、ひたすらに運命を受け入れ満足するタイプの男だった。

…ある男が焚きつける前までは。

次回↓


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