見出し画像

涙の代償

 チャットレディを始めて2か月。手探り状態ではあったものの、何かしらの手応えを感じていた私は、昼時間帯のログインを週2回のペースでこなしていた。常連さんも徐々に増え、自分なりにこの世界を楽しめる様になっていた。何より、ホステスの仕事で培った話術がそのまま生かせるのが有難かった。アダルト目的で入った男性も、ノンアダで終了させるパターンが大半だった。

「トークだけなら、必ず満足させられる」

 そんな自信が芽生え始めた時、予想外の言葉を浴びせられる事になる。夕方18時。いつもの時間帯ではないが、気の向くままにログインしてみた。待機してから、すぐにチャイム音が鳴った。初めましての会員だった。挨拶をすると、文字が返ってきた。

”通りすがりの者ですが、宜しくお願いします”

 随分と紳士的な方だなぁと思った。そして、文字を追うごとに、この男性が大層頭の切れる人物であることが分かった。大学教授や研究者気質の、面倒臭い部類だと感じた。専門用語や難しい言葉が次々に並べられる。男性は2時間を費やしてアウトした。これが、A氏と私の初めての出会いだった。

 その翌日、時間が出来たので、昼間・12時にログインしてみた。10秒経たないうちに、チャイム音が鳴った。前日のA氏だった。驚いた。その理由は、前の日にお話して即翌日インする程、盛り上がった実感が無かったからだ。本来であれば、常連が出来たと喜ぶべきところかもしれない。だが、A氏は相当クセのある男性だった。

「桃さんはさぁ、本当にイエスと思ってないのに、ウンウンうなずいてるでしょ。ホステスさんみたいで気持ち悪いよ。」

 ことごとく否定された。「トーク力なら負けない」そんな自信が、ガタガタと崩れていった。A氏の世界は、”妥協”という文字が無い。1mmでも違和感がある発言をすれば、直ちに沈黙が訪れ、怒られる。辛かった。

 そんな私の気持ちとは裏腹に、A氏は2~3回に1度の確率でログインして来るようになった。平均2時間もの滞在時間。彼の名前が出てくる度に身体がこわばっている自分が居た。アダルトを要求されているわけでもない、単なる会話だけ。「下着が見たい」と言われる方が何倍も楽だ。終わる度にどっと疲れる自分が居た。

 そんな状態が続いて3か月目、暑い夏の日だったと思う。毎回の緊迫したムードが耐えられなくなった私は、堰を切った様にA氏とのチャット中に泣き出してしまった。想定外の出来事だった。止まらなかった。逃げたかった、この場から今すぐに。
 がむしゃらに泣いた。パーティチャットだった為、のぞきで入った男性に化粧がボロボロに落ちた姿を見られてしまっていた。事務所の監視スタッフにも気づかれているかもしれない。そんな事も気にならない程に、ぐしゃぐしゃになった自分が居た。それでも、これがA氏と話す最後になると思うと開放感で心が楽になっていた。アウトするまで1時間。泣き続けていた。

「あの時はさぁ~、お嬢がぴーぴー泣くもんだから・・・『えッ!俺が悪いの?!』ってなっちゃったよなぁ~」
「”俺”が悪いんですよッ‼ あんなひどい顔、他の人に見られちゃったし。営業妨害した分、責任取って下さいねッ"(-""-)"

 一週間後、何事も無かったかの様にA氏は登場した。「涙」の威力は多大だったようだ。確かにお遊び気分のチャット中に泣く女なんて、稀だろう。彼に与えたインパクトは相当だったらしい。不器用だけれど、ちょっとずつ歩み寄ってくれる様になった。


”通りすがりの者ですが、宜しくお願いします”

 深夜にいやいやロングチャットしていた時、ランキングが気になって毎日インしていた時、チャットが嫌になって遠ざかっていた時、いつもA氏がふらりと現れては私を平穏な場所へ導いてくれる。チャットの世界は一期一会だ。出会っては、消えて忘れる世界。それでも、忘れられない存在になりたい・・・それが私の理想なのだとあの涙が教えてくれたのかもしれない。

 私がnoteを始めて最初に書きたかったのはA氏の事でした。嫌な思いをする事も多いかもしれないけれど、あなたを求めてる人は必ずいる‼ というストーリーでした(*^-^*)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?